『侑士、お誕生日おめでとう!』
「おおきにな、名前、あとケンヤも」
「俺はついでかい!まぁええわ、おめでとさんユーシ!」


謙也の手の中で、スパークリングワインのコルクが景気の良い音を立てる。二人はまだ未成年だからもちろんノンアルコールなんだけど、シャンパングラスに注いだらそれっぽく見えるから良しってことで。

グラスを合わせて、ワインを一口。19歳って響き、自分もかつてその時があったはずなのに何だか他人事みたいに感じるのは、もう自分がいい大人になったからだということにしておこう。


「今日の夕飯も美味そうやなぁ」
『ふふ、ちょっとだけ頑張ってみたよ』
「ん、このサラダめっちゃ美味いで!」
「‥ええから自分はもうちょいゆっくり食えや」


今日は侑士のお誕生日、パーティーをしよう!というのは謙也の提案。パーティーって言っても普段の夕飯にワインとケーキがプラスされただけの簡素なものだけど、その代わりケーキはちょっと奮発してみたりして。

一口一口を味わって食べる侑士と、食べるスピードの速さをとことん追求する謙也。同じ血が流れててもこんなに性格が違うものなのだと、毎日のように思わされる食卓の風景。


「ふー、ご馳走さん!」
『じゃあケーキ食べよっか、二人ともコーヒーで良い?』
「ああ、ブラックで頼むわ」
「俺も俺も、名前おおきに」
『はいはい、テレビでも見てて』


3つのマグカップをカウンターに並べてコーヒーを注いだら、部屋中に香ばしい香りが漂う。パーティーとは名ばかりな、いつも通りの光景にも見えるけど、それでも誕生日という特別な日を3人でお祝いできるのって嬉しい。

本当なら、侑士には友達に祝ってもらう予定があったかもしれないし、そんな予定は元からなかったかもしれない。どちらであったとしても、今こうして祝わせてくれている事実だけで、気持ちが満たされるってもので。


『じゃーん!お誕生日と言えばやっぱり苺のショートケーキでしょ!』
「うぉー!めっちゃ美味そうやん!」
「あ、これ隣駅のデパ地下のやつちゃう?」
『そうそう、侑士食べたことある?』
「食うたことはあらへんけど、いつも店の前通る度気になっててん」
『ここの美味しいんだよ〜さ、食べよ!』


4号のホールケーキにナイフを適当に入れて、だいたい3等分。どっちの方が大きいとか、無駄な言い争いはもうやめていただくとして。しかし、お皿によそい分けたところで、私は大きなミスをしでかしてしまったことに気付いた。


『ろうそく立てるの忘れてた‥‥!』
「ん?ああ、ええって、そんなん」


カラフルなろうそく達は、本当ならホールケーキの上を彩りよく飾るはずだったのに、今となっては私の手の中で寂しげに佇むだけ。

落胆する私に、気にするなと言わんばかりに頭をぽんぽん撫でて、優しく微笑む侑士。主役にそう言わざるを得なくさせてしまうなんて、年上のくせに本当に面目ない。


「せやなぁ‥ほな、代わりにお祝いしてや」
『代わりに、って‥?』
「ほら、ここに‥な?」


そう言って、面白そうに口角を上げた侑士が自分の頬を指差す。そのジェスチャーはつまり、私が侑士の頬にキスすることを意味している‥ということを理解してしまったけれど、実際にできるかと言ったら別な話。

頬を差し出して、私からの"お祝い"を要求する侑士。謙也は、そんな従兄の姿に呆れ顔をしているけど、今はケーキの方が大事なようで。‥おかしいな、いつもならこのあたりで謙也が侑士にツッコんで止めさせてくれるはずなんだけど。


「悪いなぁ名前、休戦協定やねん」
『は?』
「誕生日くらいはユーシのアホに付き合うたってや」
「アホにアホ言われたないけど‥ま、そういうこっちゃ」


私の心の内を読んだのか、謙也が淡い期待をぶち壊していく。従兄弟たちの間で日頃どんな協定が結ばれているのかなんて知りたくもないけど、今日はとりあえず助け舟は出ないらしい。

つまり、だ。私にはもう、侑士の要求を受け入れるしか道が残されていないということになる。もう、どうにでもなればいい。


『‥じゃあ、目、瞑ってて』
「はいはい、照れ屋さんやなぁ名前は」


くすくす、と低い声で笑う侑士の頬に、唇を寄せる。軽く触れたつもりだったのに、離す時にちゅ、と小さく出た音が私の羞恥心を煽る。慌てて距離をとれば、おおきに、とまた微笑む侑士。

思えば、今まで侑士から頬や唇にキスされたことはあるけれど、自分からしたことなんて、侑士だけじゃなく他の誰にだってない。どうして、侑士はこんなに恥ずかしいことを、いとも簡単にやってのけるんだろう。お願いされてするだけでも恥ずかしいというのに。


「ええ誕生日やわ、おおきにな」


何気なく呟かれた侑士のその言葉に、嬉しさと少しの恥ずかしさを感じながら、目の前のケーキを口に含んだ。











(名前の唇、めっちゃやわいで)(ええなぁ、俺も誕生日楽しみにしとこ)(‥恥ずかしいからやめてください)



ーーー

ちゃっかりヒロインの初めてをいただく侑士。笑


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