『小春くん、これチェックお願いできる?』
「あら、もう出来たん?了解〜」


名前ちゃんは相変わらず仕事早いわねぇ、と語尾にハートマークをつけて褒めてくれる彼は、男子やっちゅうのに可愛げが過ぎる。書類を受け取る時でさえ、小指の先までピンと立っとるくらい。

放課後の生徒会室では、今度の生徒総会に向けて資料を作成中。さっきまでは役員みんなで準備しとってんけど、なんやかんや理由つけてみんな抜けてった結果、会計の小春くんと書記の私だけが残った。


「‥‥‥」
『‥‥‥』


私が作った資料に目を通す小春くん。その資料が印刷できれば今日の作業はおしまい。手持ち無沙汰やったから、ぼーっと小春くんを観察してみることにした。

ぱら、と資料をめくる手が、とても綺麗やっちゅうことに気付く。きちんと爪先までお手入れされとって、私の手よりもキラキラ輝いとる。そのくせ大きくて骨張っとって、男の人の手なんやなぁとも感じさせられる。目の前の人は確かに、当たり前に男子なんやけど、普段の雰囲気とのギャップが激しいから頭が混乱する。


「うん、完璧やと思うでぇ」
『‥あ、うん。おおきに、ほなこれで印刷するね』


流石やね、と目尻を細めて笑うんは、私の知ってるいつも通りの小春くん。せやのに、混乱したまんまの頭やと、彼の言葉に反応することさえぎこちなくなってまう。アカンアカン、小春くんに怪しまれてまうから、いつも通りにせな。

このまんま小春くんと向かい合うとったら、ボロが出てまいそうやった。慌てて席を立って、部屋の隅にある印刷機の前に立つ。急がな、小春くんも部活あるっちゅうのにゴメンね。顔は印刷機に向こうたまま、そう言うたけど小春くんからの返事はあらへんかった。


「‥ちょお待ち、これ両面とちゃうん?」
『うわっ、‥あ、ホンマや。忘れとった』


突然、小春くんの声が背後から聞こえて、思わず体がびくっと反応してまう。振り向かんでも、すぐ後ろに居るんが分かるくらいの距離。

背後から伸びてきた手は、慣れた手つきで印刷機を操作していく。さっきも見た、小春くんの手が目の前にある。部活しとるはずやのにあんまり日焼けしてへん白い肌は、近くで見てもやっぱり綺麗。


『おおきに、小春くんが気付いてくれへんかったら危ないとこやったわ』
「焦るとええことあらへんでぇ、落ち着いてやろな」


今日は蔵りんに部活休む言うてあるしぃ、と語尾を上げながら話してくれる小春くんはホンマ優しい。優しさは重々伝わっとるんやけど、何故か私の背後から退く様子があらへんから、彼が何を考えとるんかよう分からん。また、私の頭は処理不能で混乱する。

目の前の印刷機は、さっき小春くんが操作した通りに順調に印刷を進めていく。せやけど、私と小春くんだけは時間が止まったみたいに、その場にじっと立ち尽くしとった。


『‥あの、小春、くん?』
「ん?どないしたん、名前ちゃん」
『ま、まだ印刷かかりそうやし‥とりあえず座らへん?』


あんまりにも小春くんが微動だにせぇへんから、痺れを切らして声を掛けてみたけど、至って普段どおりの声色で返事が返ってきた。いや、普段の可愛らしい感じよりは少し低いけど、不機嫌っちゅうわけでもなく、むしろ何や楽しそうな声色にも聞こえる。

それでも、私の提案は小春くんには届かんかったようやった。それどころか、印刷機に置いとった私の手に、小春くんのあの綺麗な手が重ねられて、やわやわと握られる。思った通り大きい手は、思った以上にまめができとって、意外と硬い感触。


「名前ちゃんがな、あんまり熱ぅく見つめてきよるから、うちドキドキしてもうてん」


小春くんが喋る度に、その吐息が耳を掠めてぞくぞくする。印刷機の動作音なんて気にならへんくらい、自分の心臓が煩い。可愛らしい口調は普段のまんま、せやのにこの距離感と体格差はどないしたって男の子にしか感じられへん。

さっき見とったこと、小春くんにバレてたと思うたら急に恥ずかしなる。指先が絡め取られて更に強く握られたら、小春くんの体温が指先から伝わってきた。私の体温も、きっと伝わっとるんやろう。


『あの‥ご、ごめんね、じろじろ見てもうて‥』
「謝らんでええよ、ただ‥期待してまう男も居るから気ぃつけや?」
『期待、って‥?』
「俺に興味持ってくれとるんかなぁ、ってな」


さっきまでよりとびきり低く囁いて、耳元にリップ音が響く。それと、印刷機から印刷を終えた機械音が鳴ったんは、ほとんど同時やった。その音を合図に、小春くんの手や体から解放される。

印刷機の前から動けへん私を余所に、小春くんはテキパキと大量の印刷物を取り上げて、机の上に並べる。さ、早よホチキス止めてお終いにしまひょ、やなんて。その切り替えの早さは見習いたいけど、生憎今すぐには体得できひん。


「んもぅ、名前ちゃんもこっち来てや〜」
『‥あ、ごめん。やるやる』


アカンアカン、今はとにかくこの山盛りの資料たちをどうにかせんと。頭から余計なことを振り払うて、慌てて作業に向かう。目先のことに集中しとけば、きっとさっきのことも忘れると信じて、ホチキス止めにこれでもかっちゅうくらい没頭した。

そないな私を見とった小春くんの口角が少し上がっとったことなんて、私には知る由もあらへんかった。










思わば思わるる
(小春くん、手ぇ綺麗やんね)(そう?ほな繋いで帰ろか)



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不意に男を見せる小春ちゃんが書きたかった(願望)


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