恋人が、できました。

彼は、とても優しい人です。
困っている人を見たら放っておけなくて、頼られたらその人のために全力で応える。

私は、彼のそんなところが大好きです。

そんな優しい「いい人」な彼が、困ってしまったとき、誰かに頼りたいとき、真っ先に頭に浮かぶのが"私"であったらいいと。

おこがましいけれど、そう思うのです。





「名前、お待たせ!堪忍な」
『全然、部活お疲れさん』


登場早々、財前がー、なんて口を尖らせて愚痴を吐く謙也くんは、きっと部活終わって急いで来てくれたんやろう。ラケット入れるバッグは半開きやし、スニーカーのかかとは潰しとる。そない焦らんでもよかったんに、とは思いながらも、急いでくれたことにホンの少し喜んどる自分も居る。

今日は放課後に図書委員の当番がある。何がきっかけやったかは忘れたけど、そないな話をしたら謙也くんから一緒に帰ろうのお誘い。思えば、付き合うてから一緒に帰るなんて初めてやったから、朝からソワソワしっぱなしで友達にも散々からかわれた。くそう。


「ほな行こか!連れていきたいとこあんねん」
『ホンマ?どこ?』
「それは着いてからのお楽しみっちゅー話や」
『ええ〜、ケチー』


わざとらしく、さっきの謙也くんの真似して口を尖らせてみたら、謙也くんが笑うた。図書室で友達と話しとっただけの私と違うて、みっちり部活頑張って疲れとるはずやのに、そんなん全然感じさせへんからスゴい。

隣に並んで、どっちからともなく手を繋ぐ。謙也くんの手はマメだらけでゴツゴツしとって、大きくて温かい。あれ、そういや手首掴まれたことはあっても、こないして繋ぐんも初めてな気がしてきた。意識した途端に、何やこそばゆい。


「着いたで!ここや」
『ここって‥‥公園?』
「おう、俺のとっておきの場所やねん」


到着したんは、学校から程近いとこにある公園。駅と反対方向にあるそこはよく静かな住宅地の中にあって、小さい子が喜びそうな遊具もあるけど、もう陽が大きく傾いた夕方では人影もあらへんかった。

片隅にあるベンチに、二人で腰を下ろす。公園内に運動場があるお陰で開けた空は、オレンジと青が混ざって昼から夜に変わる瞬間。繋いだまんまの手は少し汗ばんできた気もするけど、不快には感じひん。


「部活の後とかな、ようここ来んねん」
『そうなんや‥部活のみんなで?』
「一人で。アレ失敗やったなーとか、あのギャグウケへんかったなーとか反省会したりして」


ダッサいねんけどな、と乾いた笑い交じりに言う謙也くん。口許こそ笑っとるけど、その横顔はどっか切ない。きっと、謙也くんがいつもみたく元気で明るく居るためには、こういう場所が必要なんやろう。心を落ち着けて、自分と向き合える場所が。

そないな大事なとこに連れてきてくれた意味を、探してみたけれど上手いこと見つけられへんと、ただ繋いだ指先に小さく力を込める。それを合図にしたかのように、謙也くんの明るい髪が私の肩に寄せられた。毛先がこそばゆいけど、それよりも、近い。私、汗臭ないかな、なんて緊張してまう。


『け、謙也くん‥?』
「名前に知っててもらいたかってん、ここ」
『‥うん、教えてくれて嬉しい。おおきに」
「はは、名前ならそう言うてくれると思てたわ」


おおきに、と肩に頭を乗せたまんま謙也くんが言う。少しだけ、謙也くんがいつもの様子に戻ってきたような気がしたら、この体勢にも少しだけ緊張がとけてきた。空いた手で、視界の隅にある金色の髪を小さく撫でてみたら、謙也くんはまた少し体重をこちらに預けてくる。温かい体温が、更に近付く。

ふと、空を見上げたら、オレンジが濃紺に溶けてなくなる寸前。この体勢でどのくらいの時間が経ったんか分からへんけど、ずっとこのまんまでもええかも、なんて。‥そらもちろん家には帰らなアカンねんけど。


「‥っと、暗なってきたし、そろそろ帰ろか」
『うん、おおきに‥あと、謙也くん、』
「ん?何や、名前」
『何かあったらいつでも言うてね?私で良ければ、やけど』


肩から謙也くんの頭が離れて、体温が離れる。今の時間、謙也くんから何か聞いたわけでも、こっちから尋ねたわけでもあらへんけど、きっといつも優しい謙也くんは、力を抜いてもたれ掛かれるところが欲しかったんやろうと思う。また、もたれ掛かりたなった時には、私が。肩を貸すくらいしかできへんけど。

私の言葉に、謙也くんは目を真ん丸くした。かと思うたら、次の瞬間には繋いでへん方の腕を肩に回されて、私は謙也くんの腕の中に居った。シャツ越しの体温が、さっきよりも強く伝わってくる。


「おおきに‥名前も大概"ええ奴"やんな」
『謙也くんほどちゃうよ、せやけど』
「‥‥?」
『‥謙也くんみたいになれたらええなぁ、とは思う』


耳に届く謙也くんの声は優しくて心地良うて、瞼を閉じてその余韻に浸る。"ええ人"の代名詞っちゅうくらい底抜けに優しい謙也くんが、私には眩しく見えるから。謙也くんから言わせると私も"ええ人"らしいけど、まだまだ足元にも及ばへん。


「‥‥アカン」
『え、何が?』
「名前は、"ええ奴"になったらアカン」
『えー、何でなん?』
「何でも!とにかく、名前はそのまんまでええねん」


肩に回されとる腕に、更に力が込められる。私がええ人になったらアカンっちゅう謙也くんの意図はよう分からんけど、私は私で、謙也くんや周りの友達にだけでも"ええ人"になれるように頑張ろうと思う。

胸に秘めた決意の印に、顔を上げて謙也くんの頬に唇を寄せる。謙也くんは一瞬驚いた顔をして、それからお返しにと言わんばかりに私の頬に唇を落とした。ああ、やっぱり彼は。


『謙也くんはホンマ、カッコええひとやね』










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