穏迫


あの後、教室へ戻ると同時に授業開始のベルが鳴り席へと戻った雅治は授業を受けつつも気になるのはやはり二つ隣にいる名前のことで……。彼女は雅治とは違い真面目に授業を受けているため視線に気づくこともなく前を向いている。すらすらとペンを動かしたまに顔にかかる髪を耳に掛ける様子にふと気づいてしまった。彼女がペンを持っている反対の手に痛々しい赤い線が入っていることに。

(引っかかれた痕?朝はあんなのなかったじゃろ……どこかに引っ掛けたとかか?)

彼女の白い肌がいっそうその赤を目立たせている。今は血こそ出ていないものの名前のことに関しては過敏である雅治は、次の休み時間に保健室へ連れていかねばと決め残りの時間も彼女の観察に勤しんだのだった。

終わりのベルがなると同時に立ち上がり名前の所へ向かおうとすると、それを阻むように多分クラスメイトである女子生徒が話しかけてくる。


「雅治〜1.2時限目サボってたっしょ!も〜ずるーい!!あたしも誘ってよね」
「……」

(なんじゃコイツ。誰じゃ……化粧しとるのかケバい、つーか馴れ馴れしいのぉ。誰の許可得て名前で呼んでるんじゃ、俺は今からーちゃんと呼ばれます。ちゃんのとこに行くんじゃ邪魔じゃき!)


苦い気持ちでたらたらと毒を吐く雅治の表情は無に近く、そのままかわそうと思ったが彼女が差し出してきたものを見て動きを止めた


「あと、これ〜!テニス部の人が雅治にって置いてったよぉ。代わりに受け取っといたんだから感謝しなさいよね」
「ほぉ、そりゃどーも……ところで誰が来たんじゃ」
「え?え〜と……ほら眼鏡かけた奴?柳生だっけ」


そんな質問されると思ってなかったのだろう。一瞬視線を逸らす彼女は笑顔で手をひらひらとさせ、あははテニス部って雅治以外覚えてないんだよね〜。なんて分かりやすいアプローチをする。その手は凶器としか思えないほど爪が長く、雅治の瞳は完全に冷めきっていた。


「ほぉ柳生がのぉ……適当言っとんじゃなか」
「へ?」
「受け取ったから感謝しろ?これを受け取ったんは苗字じゃろ、おまんはそれを奪ったっちゅーとこかの……分かりやすい点数稼ぎじゃのぉ」
「……ち、違うよ〜ほら苗字さんて今日来たばっかじゃん?雅治と接点も無いし、だから代わりに私が渡しとくって受け取ったの。優しさだって?」
「相手に怪我させるのが優しさか、笑わせんなよ」


雅治の静かな怒りに相手も気づいたのかバッチリとメイクの施された顔からつぅっと汗が流れる。


「とっとと失せんしゃい……あと、気安く名前で呼ばんでくれんかのぉ、名前も知らん奴に呼ばれるのは好かん」
「……っ」


最後にひと睨みすれば彼女は完全に怯んでその場に動かなくなってしまう。
そんな相手に一瞥もせず今度こそ名前の方へと向かう
名前は次の授業の準備をしており雅治が近づいて来ていることに気づいていないようだ。雅治はそのまま我が物顔で彼女の前の席に背もたれを前に名前の方を向いて座る


「のぉ、お前さん。その手痛くないんか」
「え……あ、うん」


突然話しかけられた名前はぱちぱちと数回瞬きをして雅治を見る。


「プリントありがとの」
「あれ?何で……」
「真田から聞いちょる。あ、真田っちゅうのはここに来た喋り方が古風なやつのことな」
「あ、うん。それはわかるよ」
「で、手平気かの」
「ふふ、うん。大丈夫だよありがとう」


雅治が己の手と、会ったばかりのクラスメイトに睨まれた事を心配しているのだろうと伝わり名前はふわりと微笑む。


「でも消毒もまだじゃろ。保健室行くぜよ」
「そこまでの怪我じゃないよお水で濯いだし」
「でものぉ」
「本当に大丈夫だから。ほら、もう授業が始まるよ?」
「プリッ」

予鈴のベルに雅治が座る席の主も戻っできたようで仕方なしに立ち上がる。


「そーいや名前行ってなかったの。仁王雅治じゃき、お前さんなら名前で呼んでもええよ」
「えーと……じゃぁ雅治くん。私は、朝したからいいかな?」
「おう、名前じゃろ」
「うん、よろしくね」


そうこうしてるうちに本鈴が鳴り雅治は席へ戻っていった。
ここが教室でなければ昔のあだ名で呼び、また彼女にも特別な呼び方をされたいが、ここで話すのははばかられる。
しかし彼女からのモーションも無いとなると、もしかして彼女は幼い日のことを覚えていないのかもしれないと雅治は考えた。もしそうなら悲しいが仕方ないとも思ってしまう。雅治自身も転校の多い幼少期を過ごしているためどれだけ大変かはわかる。
あの時のことをすべて覚えておいて欲しいなんて言うほど雅治も子供ではないのだ。


(忘れてるんじゃったら思い出させればええし、思い出せなくてもーちゃんと呼ばれます。ちゃんに俺のそばにいてもらう方法なんて他にもあるしの)


諦める気はさらさらない雅治はこれからの事を考えながら授業をやり過ごした。



お昼休。言われた通りに集まった立海テニス部の面々は屋上で昼食を食べていた。


「へぇ、獅子楽と四天宝寺でマネージャー経験のある子か」
「あぁ、どちらの学校でも自分から名乗り出た訳では無いが評判は良かったそうだ」
「ふむ、即戦力になるのは有難いな」


話題はやはり苗字名前のことで、真田と柳はすでに賛成の色を見せ、幸村も興味を持ったようだ。
そこに昼食を食べるのに夢中だった丸井が会話に入ってくる。


「俺のクラスでも話題になってたぜぃ美人で優しそうってさ」
「確かに礼儀正しい生徒だったな」
「真田が言うならしっかりした子なんだね……で?どうして連れてこなかったんだい?」


幸村は雅治へと投げかける。穏やかな笑みとは違い鋭い視線にパンをもぐもぐしていた雅治はりんごジュースで口の中のものを飲み込みだるそうに答える。


「しょうがないじゃろ、教師に呼ばれとったんじゃから。転校初日なんて色々やることもあるんじゃろ」
「ですがもし、やっていただけるのであれば心強いですね。先日のマネージャーの方は3日で辞めてしまわれましたから」


隣で食べ終えた柳生がお弁当箱をしまいながら雅治のフォローをする。
立海テニス部、特にレギュラー陣は部長の幸村を筆頭とし顔がいい選手が多い。それゆえにミーハーな女子がマネージャーを志願してはその仕事量の多さに根をあげて辞めていく。今のところ最長でも4日間だ。
そのため彼らは新しいマネージャーを募集しているのだ。できれば先の合同練習に向けて即戦力になる人物を。

話し合いの結果、お願いはしてみるが強制はしない。もし受けてもらえたら1週間の仮入部を経てもう一度返事を聞こうということになった。いくら替えはいくらでもいるとはいえ、使えない人材にこれ以上時間をさきたくないと言うのが本音だからだ。

そうして放課後、雅治に苗字名前を連れてくるようにとの部長命令を残し話が終わると各々は委員会やら次の授業の準備などで解散となった。

放課後になるのはあっという間で、帰りのホームルームが終わると教室内には部活に行くもの、帰宅する者などでざわめき出す。
名前もまたその1人で、さっそく帰りに寄り道をしないかと誘われにこやかに身支度を済ませる。
すると先程までのざわめきとは違う黄色い声が聞こえる。見ると教室の入口に幸村がおりそれを見た女子達が密やかにキャッキャッしている。幸村はそんな女子の反応を気にしたふうもなくまっすぐと名前の方へ近づき


「やぁ、初めまして。苗字さんだよね」
「あ、はい」
「俺はテニス部部長の幸村です。今、時間大丈夫だよね?」


その一言で一緒に帰ろうと行っていたクラスメイト達はまた今度でいいよ!と名前をおいて帰ってしまった。その事に残念に思いながらはい……と答える名前の態度が多少ぶっきらぼうになってしまうのは仕方ないだろう。


「単刀直入に言うね、君にうちのマネージャーになってほしいんだ」
「……はぁ、マネージャーですか」
「あ、敬語じゃなくていいよ?俺も2年生だからね」
「あ、は……うん。で、えと、マネージャーだっけ」
「君、獅子楽や四天宝寺でもマネージャーをしていたんだって?うちは今ちょうど即戦力になるマネージャーを探しててね、君ほどに適任者はいないと思ってね。やってくれないかな?」


背景にキラキラとお花が見えそうなほど穏やかに笑っているのに有無を言わせぬ幸村の雰囲気にたじろいでしまう名前を庇うように雅治が間に入った


「おい幸村、名前が戸惑ってるぜよ……それに強制はしないじゃなかったかのぉ」
「はは、やだなぁちゃんと聞いてるじゃないか」
「おまんの疑問形は強制と同義語じゃろ」


ため息を吐きつつも幸村を抑えてくれる雅治に、少しばかりほっとした名前だが


「まずは仕事内容の説明からした方がいいじゃろ。まぁどこのテニス部も変わらんとは思うがの」
「ん?」
「あぁ、そうだね詳しくは蓮二が説明するからとりあえず部室に来てくれると嬉しいんだけど」
「本当は俺が連れいく係じゃったのに」


結局拒否権などはなからなかったらしい。
あれよあれよという間にテニス部の部室まで連れていかれた名前は気がつけば柳から一通り仕事を教わり今はボールの整理をしている。


「えぇ……どこから突っ込むべきかな、これ」


別にマネージャーをやること自体は問題ないと名前は思っていた。確かに自分は以前の学校でもマネージャーをやっていたし、放課後も特に決まった用事があるわけでもないから、と。
ただ、ここまで穏やかな強引さで招かれたのは初めてである。


「さ、流石立海テニス部……」


乾いた笑いを零し、与えられた仕事をこなしていく名前だった。




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