2年生と迷子ちゃんの夏2018

夏特別編(少し未来のお話)



夏の風物詩といえばなんだろう。
その答えは人によって様々であり複数存在するものだろうが、日吉若のとっての風物詩は一つしかない。

夏の怪談。

これに限る、まぁ彼は春夏秋冬関係なくこの手の話題を好んでいるので風物詩とは少し違うような気もするが、やはり夏になると世間でも特集が組まれたり普段聞くことのない噂が広まったりと情報を手にしやすいと言う点ではこれほどピッタリな季節はないのだろう。

日が沈みあたりは暗くなり始めているものの昼間の暑さが無くなることはなく、ただ立っているだけでもじっとりと汗が出る。
普段ならばこの不快感を忌々しく思うが今はそれも気にならないほど気分は高揚している。
チカチカと点滅している街頭だけが彼らを照らし、目の前には古びて閉ざされた校門、あたりは人の気配がなくしーんとしていてそれがいっそうこの何とも言えない不気味さに拍車をかけ恐怖心や好奇心を刺激すると日吉はニヤリと口元を緩めた。


「うわ〜ふいんきありすぎじゃない......」
「名前さん、それを言うなら雰囲気ですよ、怖いなら俺の手でよければお貸ししますよ」
「いや、帰れよ」


せっかくのふいんき、もとい雰囲気を壊す苗字名前と鳳長太郎に嫌な顔を隠すことなく睨みつける日吉若だが、二人はどこ吹く風で気にした素振りもなく日吉の両脇を固める。


「やだ、だって噂の正体気になるし!夜の学校何てそう入れるものでもないし」
「お前そっちが本音だろ」
「まぁまぁ日吉。人数いたほうが便利だろうし、そんなこと言わないで行こうよ」
「チョタくんいいこと言った!ほらほら若くん、レッツらゴー」
「......ッチ」


あくまでマイペースを貫く名前に何かと彼女を甘やかす鳳、二人を見ているとイライラするが今は目の前にある廃校のほうが重要だと気を取り直した日吉は錆びた南京錠で閉ざされている校門によじ登った。
この廃校はもとは小学校だったらしい、近々取り壊しも決まっておりその前に肝試しでもしようぜと近所の学生が夜の学校に忍び込んだところそこではいくつもの不可解な出来事が起こった。そんなことが数回続き心霊スポットとして少しばかり有名になったのだ。その話を聞いた日吉はぜひとも見に行かねばと一人で計画していたのだが途中に好奇心旺盛な名前が加わり、女の子が夜に出歩くなんてと心配した鳳が加わり今に至る。

ふと名前を見ると校門に手を掛けたままどうやって登ろうかと首をかしげている。登るといっても小学校の校門などさして高いわけでもない、現に鳳は容易く乗り込んですでに反対側にいる。まぁ好奇心旺盛と言っても彼女はけして運動神経の良いほうではないのだ。鳳も苦戦している彼女に気づき声をかけようとするがそれよりも早く日吉が名前の手を掴み校門の上へと引っ張る


「わわっありがと若くん」
「とろい。お前塀の上に登ったりはできてただろう」
「うへへ、なんでだろうねぇ」
「名前さん今度は俺が手を貸すよ」
「チョタくんありがとー」


手伝ってもらいながらやっと敷地内に入った名前が最初に感じたのは湿り気を帯びた嫌な空気だ。たかだが校門一つ隔てているだけのはずなのに
まるでここだけ別の場所のように湿度が高い。それは他の二人も感じたらしく鳳がわずかに息をのんだのが分かった。名前と鳳が進めずにいる中、日吉だけは口元に笑みを浮かべ校舎へと足を踏み出した。瞳が輝いているように見えるのは気のせいではないだろう。今の日吉の大部分を占めているのは未知なる出来事への好奇心とこの世の理では解明できない不可思議なモノたちへの期待だけなのだから。

裏門から忍び込んだ三人が向かったのは校舎の反対側にある教員用の玄関だ。入口の扉が壊れているらしく校舎の中にはそこから入るしかないと下調べをしていた日吉が説明しながら二人を誘導する。各々で持ってきていた懐中電灯で辺りを照らしつつ建物沿い進んでいくと目的の玄関にはすぐにたどり着き、日吉が扉の確認をしている間、手持ち無沙汰な名前は何気なしに辺りを見ていると少し暗がりにも慣れてきた目で数十メートル先に何かがあることに気がついた。よくよく目を凝らしているとそれが何なのかわかると同時に驚いてとっさに隣にいる鳳の腕にしがみついてしまう


「わっ!?どうしたんですか」
「あそこ......っ人いる」
「人?」


名前の言葉に日吉も一度扉から離れ彼女の目線の先に目を凝らす。確かに人影があるように見えるが一向に動く気配のないそれに鳳はほっと息を吐き自分に縋っている彼女を安心させるように笑みを浮かべた


「たぶん置物ですよ」
「ほあ……な、なるほど」
「ん?あれは……二宮金次郎じゃないか?」
「え、それって日吉が話してくれた話の一つの……」


それはこの学校に行く前に日吉から聞いていた不可思議な話のひとつ。学校には昔から首のない二宮金次郎像があって、学校のどこかにある頭部が夜な夜な身体を求めてさまよっている、というものだ。
長太郎は名前の手を握り、日吉とともにゆっくりと二宮金次郎像のほうへと近づき懐中電灯で照らす、ずいぶん年期の入った像らしく所々に傷や破損のあるそれは話に聞いていた通り首がない。ただ頭部のない二宮金次郎像があるだけだった。もちろんそれだけでも十分不気味で、繋いだ手の平から彼女がかすかに震えていることに気がついた鳳はぎゅっと先ほどよりも強めに手を握った。そのことに安心した名前は硬くなっていた肩の力を抜きもう一度二宮金次郎像を見る


「さまよってる首と遭遇したらどうしよね……」
「んー逃げるしかないんじゃないですか?」
「えーでもすっごい早いかもだ……若くん?」


先ほどから黙り込んで像を見ていた日吉だが、おもむろに土台に登り二宮金次郎像の無くなってしまった首の部分をじーと眺めると今度は飛び降りて周りをきょろきょろと見始めるとすぐ近くにある池に視線を定めた


「どうしたの日吉」
「ああ、あったな」
「え!まさか首!?」
「そのまさかだ」
「「え」」


日吉の言葉に慌てて池のほうへ視線を向ける二人に、見やすいよう日吉が懐中電灯をある一点に向ける。そこには濁った水で分かりずらいが日吉の言ったように二宮金次郎像の頭部が沈んでいて、思いもよらぬ光景に名前も鳳もぽかーんとしてしまう。


「周りや表面があんなに汚れて日焼けしてるのに折れた首のところは綺麗だったからな。まぁ劣化してたし肝試しに来た連中がふざけて壊したのを面白おかしく怪談にしたってとこだな」
「「……」」
「たくっ、くだらないな」
「す、すごいね若くん!」
「は?」
「うん!日吉、名探偵みたいだよ」


あらましを推測する日吉に羨望の眼差しを向ける二人にとたんに照れてしまい、別に大したことじゃないだろ!お前らがビビりすぎなんだとつい口調が荒く早口になってしまうが日吉のこの手の態度には慣れてきた二人はニコニコとしているだけで。さらに日吉は照れてしまうのだった。
少し場が和んだところで気を取り直して校舎の中へ向かった三人は真っ暗な廊下を歩いていく。ところどころ割れた窓や壊れて外れている扉が恐怖心を煽り、名前は上の階に行くほど体が重く感じる気がして足が遅くなってしまう。そんな名前を心配して声をかけてくれる鳳とめんどくさそうにしながらも気遣ってくれる日吉に背中を押され一通り校舎内を見て回った。


「うう……怖かった」
「お前はいちいちビビりすぎだろ何でついてきたんだよ」
「だって……肝試しなんて青春ぽいじゃん」
「意味が分からないな」
「はは、名前さんて、青春とか学生らしいって言葉よく使いますよね」
「うん、好き……っていうか憧れててるというか」


今まで友達とこういうイベント事出来たこと無いから……と眉を下げてうへへと笑う名前に、鳳は微笑ましそうに彼女を見る。彼女の今までを思えば友達とワイワイ騒ぐということ自体が楽しいのだろう。いつもの日吉なら面白半分でついてくるなと怒っているところだが彼女の笑顔を見てしまえばそんなことを言う気にもなれず、やれやれといった風に溜息を吐いた。結局のところ日吉も彼女には甘いのだ。

最後に中庭を見てみようと再び校舎の外に出た三人は薄暗い校庭をぐるりと見てみるがやはり何もなく、名前と鳳はほっとした気持ちで、日吉は残念な思いで学校を出ようと歩き出した。しかし中庭と教員用玄関をつなぐ外に面した渡り廊下の端に複数のドラム缶があり名前はそれが妙に気になってしまった。鳳と繋いでいた手を離しそちらに近づく名前に続くようにドラム缶に近づく二人だが当然そこでも何かが起こるわけもなく何となしにドラム缶の中身をのぞき込む


「んーやっぱり何にもないよね」
「ああ、とんだ期待外れだったな」
「でも、何事もなくてほっとしたけどね」


そんな軽口を交わしあいながら鳳が名前につられて近くにあるドラム缶の中をのぞき込む。
ただただ黒く空っぽなドラム缶は特に何があるわけでもないが、なんだか不安感や恐怖心を感じてしまい、これじゃぁ日吉にビビりといわれても仕方ないよね、なんて苦笑いをこぼす。そう言えば先ほどから聞こえていた二人の声がしないなと顔を上げるとことらを見て固まっている二人が見えて鳳も身を固くしてしまった


「え、ふ、二人ともどおしたの……」
「「……」」


何も言わない二人に、まるで油のささっていないブリキのように再びドラム缶へ目を向けた鳳は、そう言えば自分の覗き込んでいるドラム缶だけが他のものと違い色が赤いことに気がついた。いや、それだけじゃなく他のドラム缶は長い間放置され色が剥げたり、ここ最近の暑さのせいでかぴかぴに乾ききっているのにこのドラム缶の側面だけ水滴が……


「チョタくん!」
「……!!」


名前に呼ばれ我に返った鳳は先ほどまで呼吸することすら忘れていたんじゃないかと思うほどの息苦しさに空気を吸い込み、重かった思考を動かし始める。ドラム缶の側面はすでに水滴のいきを超え、空っぽのはずの中身が溢れ出しているかのように水が滴って地面に染みをつくっていく。よくよく見るとその染みは赤く、ドラム缶の色が剥がれて水に移っているのかと思ったが徐々に強くなる鉄の匂いと水とは思えないどろりとしたものにいやな汗が頬を伝う。
早くここから離れないと、と思うのになぜか足が動かない。鳳の足元に赤くどろりとした液体が広がってくる、あと数センチで足元が赤く染まる……そう思った瞬間腕を強い力で引かれ肩がはねた。見ると日吉が自分の腕を引っ張りドラム缶から離れることができた。


「チョタくん大丈夫!?」
「う、うん……っ」
「いったん離れるぞ!」


日吉の言葉にうなずいた二人は駆け足で玄関へ向かおうとするが


「ひゃあ……っ!!?」


名前の悲鳴に二人が振り向くと赤いドラム缶から生白い腕が伸びていて名前の手を掴んでいる。
今にも泣きだしてしまいそうなほど真っ青になっている名前に咄嗟に反対の手を掴む鳳だが引く力が強く引き寄せることができない。焦る鳳に日吉も察したように名前の腕をつかむが二人がかりでも引っ張られそうになり心臓が跳ね上がる。すると日吉が思い出したように己のポケットから何かを投げつけた。それは反対側で名前の手を引く腕にぶつかり手が緩んだ。
そのタイミングを逃す二人ではなく名前を引き寄せるとその反動でドラム缶が倒れてしまう。そのまま見ずに走ればよかったのだが、三人は見てしまった、空っぽだったはずのドラム缶の中で何かがこちらを見ている姿を。本来眼球のある場所にそれはあらず、虚無を映し出しているような深い深い黒いものがじーーーーとこちらを睨んでいるのを。弾かれたように走り出す三人は玄関までの道を振り返ることなく走る。途中転びそうになる名前を鳳が手を繋ぎ日吉は背中を支える。運動部の二人に引っ張られるような形でもつれそうになる足を必死に動かしている名前は玄関を過ぎそのまま裏門まで走るぞと言う日吉の声に、うんと返しつつも目の端に移った光景に振り向いてしまう。それは後ろで支えてくれている日吉も同じで、視線の先にはあの二宮金次郎があった。
後ろを向いているし、すでに懐中電灯を構える事もしていないため暗がりでしっかりとは見えなかったが、確かにそこにはあるはずのない首のついた二宮金次郎があったのだ。ごくりと息をのむ音が聞こえたがそれは名前のものか日吉のものか、そんなことは気にしている場合ではなかった。速度の落ちた二人を心配するように鳳が声をかける。その瞬間、後ろを向いている二宮金次郎像の首だけがぐりんと三人のほうを見た。その瞳は暗がりでもはっきりとわかりほどまがまがしい赤で光っていて、名前の小さな叫び声に再び速度を上げた三人は校門をよじ登り、学校を後にしたのだった。


近くの公園まで来るとようやく足を止めた三人は、はぁ……と深く息を吐いた。
名前にいたってはいまだに息が切れていてむせながら短い呼吸を繰り返しており、その背中をさする鳳。


「大丈夫ですか名前さん」
「ごほっ……う、うん……はぁ〜」


やっと息の整い始めた名前は鳳にお礼を言いつつ近くのベンチにぐったりと座り込み、その隣に鳳も腰をおろす。日吉は学校のあるほうへ警戒していたが特に何かが追ってきたりなどはしていない様子に肩の力を抜き二人のほうへ戻った


「そう言えば若くん、何を投げたの?お塩?」
「あ?ああ、あれは釘だ」
「釘?」
「錆びた釘は魔除けにもなると聞いたからな、まぁ一応落ちてたの見つけたから拾っといたんだ」
「さすが日吉だね」


助かった安堵から笑いあう三人だが日吉の肩に手が置かれたことに再び場が凍る。


「……ウス」
「ふえ……か、樺地くん……?」
「よぉ、お前ら。こんな時間になにやってるんだ、あーん?」
「「跡部さん!」」


部長の登場に別の意味で驚いた鳳と日吉に、名前が脱力しつつもことの説明をする


「最近噂の学校に肝試しに行ってたんだよ」
「ん?あぁ、あの廃校か。なら残念だったな」
「へ?何が……」
「何がって、あそこは今日の昼で完全に取り壊されちまってもうなかっただろ」
「「「え」」」


跡部の一言で三人は目を見開きお互いの顔を見合う。その様子に眉を顰める跡部は
あの辺一帯は跡部グループが買い取った。更地になった写真もあるぞ、と樺地から写真を受け取り三人に見せるが、ますます困惑の色を浮かべる三人に跡部もさらに眉間にしわを寄せるのだった


「え……だって、私たちさっき」
「あーん?なんだ暑さで白昼夢でも見たのか」
「いや、そんなはずは……」
「ん?おい名前、その腕どうしたんだ」
「へ?」


いまだ唖然としている三人が跡部の言葉に名前の腕を見ると片方の手首が変色している、それにぎょっとして自分でも手をあげてまじまじ見るとそれは確かに手の形をしていて……。
そのまま跡部と樺地が乗ってきた車に乗せられ病院へと向かったが、変色の原因は強い圧迫による内出血と診断され、確かに自分たちはすでにないはずの学校に肝試しに行っていたのだという事実に鳥肌が止まらなかった。



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