日吉くんと迷子ちゃん
「あんた何してんだ」
にゃーっ
少年の声に驚いた猫がひと鳴きして去っていった。
日も落ちてきた夕暮れ時、日吉 若は愛読している月刊誌の発売日であることを思い出し、駅とは反対の方向へ歩いていた。
細い道と道が入り組んだこの辺は同じ学校のやつに会うことなく目的の本屋へ行くにも近い。
日吉からすればいつもの見慣れた道である。
今、目の前にいる不審者を除けば。
「す、すいませーん……」
あと2つほど角を曲がれば目的地というところでか細い声に呼び止められた。
しかしこの道は一本道で、対面から人がくれば分かるし、後ろにいてもやはり気配で気づける。
日吉は空耳かと足を踏み出そうとすると
「あ、あの〜ここっ上なんだけど!」
先程よりハッキリと聞こえる声にそのまま上を見ると塀と塀とが隣接している上に器用にちょこんとしゃがんだ少女がいた。
ここで冒頭の台詞というわけだ。
見上げた少女の隣にはぶち模様の猫がいたのだが日吉の声に驚いたのか、ただの気まぐれか
軽々と地面へと着地し、また塀と塀の細い道へと消えていった。
「うぅ……あの、お願いがあって」
「……」
「お、降りられなくなっちゃったんだよね」
うへへ……と笑う少女は高さに怯えているのか眉は頼りなく下がりよく見れば目元にはうっすら涙が浮かんでいる
「自分で上がったんじゃないのか」
「……猫をね、追いかけてたんだけど。気づいたらこんな高い塀まで登ってて」
「降りられなくなったと…」
「う……はい」
あ、こいつ馬鹿だ。と日吉は思った
しかし見捨てていくのも目覚めが悪い、日吉は仕方ないとため息をつきつつ少女の方へと近づいた
「で、具体的にはどうしてほしいんだ」
「あ、ありがとう! 手を少しだけ借りられたらなぁって」
「手?」
「んん、1回座って、ぴょんってしようかなって……でも怖いから手で少し補助お願ひ……っ!!」
「っ!!」
説明しながらもよろよろと塀に座ろうとしていた少女が体制を崩しそのまま前へ
ぐらりと揺れた
咄嗟のことに目をぎゅっと瞑った少女は、来るであろう衝撃に身を固くするが、想像していた痛みが来る気配はなく、なぜだか温かい
恐る恐る目を開くと同時に自身のすぐ近くで息を吐く音がした
「はぁ……っお前、馬鹿じゃないのか! いや馬鹿だったな、ったく…どうやったらあんな体制から落ちるのか心底意味がわからない」
少し目線をずらせば至近距離で合う目と目。
既のところで日吉は少女の体を抱き留めることに成功し、何とか怪我をせずに済んだのだ
「あ……ありがとう……」
「ふん、目の前で事故なんて起きたら目覚めが悪いからな」
目は口ほどに物を言う、と言うけれど彼の場合行動に彼自身の優しさが現れる。
文句を言いつつも少女を気遣うように優しく地面へと降ろすと
「今度から気をつけるんだな、特にこの辺はめったに人なんか通らないから落ちて怪我しても、助けなんかこないだろうからな」
そう言って去ろうとするが後ろから腕を掴まれた。もちろん犯人は先程助けた少女なのだが
「まだ何かあるのか、言っておくが俺は暇じゃないんだ。遊び相手ならよそで見つけろ」
「ううん、遊び相手は探してないんだけど君にもうひとつお願いがあって」
「……まさか道がわからない、とかじゃないだろうな」
「……!すごい!なんでわかったの?エスパー?」
「……」
冷ややかな目線と眉間には隠す気もなく、わかりやすくシワがよった日吉だったが
キラキラと目を輝かせる少女が目に入り本日何度目かのため息を吐いた
「俺はこの先の大通りにある本屋へ行くんだ。お前に構ってる暇はない」
「あ、ごめ……」
「だから着いてくるなら勝手にしろ」
「……うへへ、ありがとう!」
そう言うと今度こそ日吉は目的地である本屋までスタスタと歩き始めたのだった
後ろから追いかけてくる足音を時折確認しながら