温玉のせそぼろ丼


今日は新しく入居者が来る日。
いつもより少しだけ気合を入れてほうき掛けをし、入居予定の201号室もお掃除をする。定期的にしているのでそこまで汚れてはいないけど、やっぱり部屋の隅や窓枠には埃が溜まりやすいので念入りに。何でも私と同じ四天宝寺中学に転校してくるそうで、年も同じ3年生だからよろしくねと前もっておばあちゃんから聞いている。

そうしていつもより丁寧に掃除を終わらせ、それでも時間があるからと予習までしたと言うのに……新入居者が来る気配はない。
あれからゆうに3時間は過ぎている。
これは何かあったのかもしれないと相手の携帯へ電話をするが繋がらず、緊急連絡先である親御さんにかけてみる。


「あらあら、まだ行っとらんと?もう大阪には着いとるはずやけん……申し訳なかばいけど寮ん近うば探し出てもらゆると?」
「え、あの……っ」
「黒うてもじゃもじゃん背が高か男ばい。見つけたらくらわしてん構わんけん、よろしゅうお願いします」


熊本特有の方言にまくし立てられコチラが何か言う前に切られてしまった……恐るべし熊本女子。
正直このまま放っておきたいなんて一瞬思ってしまったけれど、もしかして迷ってるのかもしれないし慣れない土地で1人は大変だよね。
それに数ヵ月分の家賃は前もって頂いているし……


「情けは人の為ならず……だもんね」


私は靴を履き、まず近くを見てみようと寮を後にした。
すれ違いにならないよう、メモも置いて。

……しかしそんな必要はなかった。なぜなら目と鼻の先に私が捜索すべき人物がいたからだ。
寮を出てすぐにある自然豊かな公園の一角に野良猫3匹と戯れる黒いモジャモジャが1匹……邪魔になったためか何かの拍子で脱げたのかはわからないけど彼が履いていたであろう下駄が私の足元に落ちていた。

下駄って……お洒落男子か!
楽しそうに遊んでいる様子を見ていたらだんだん腹もたってきて……これでも一応心配してたんだけど、そもそも約束を守らず、あまつさえ公園で遊んでるってどーよ!?

この落ちてる下駄でも投げてやろうか……

まぁ、半分冗談だけど。とりあえず声をかえようと下駄を拾おうとしたが思いもよらぬ重さに驚いて一度下駄を置いた。私の知ってる下駄はカランコロンと音がして、木で出来てるやつなんだけど……


「お?そぎゃん所でなんしよるね?」
「あ、えと……ゴホン。青空寮の管理人の空閑です。千歳千里くんだよね?約束の時間になっても全然来ないから探してたんだよ」
「あぁ!すまんね、大阪には無事ついとったんだばってん、天気が良うて散歩しよったらむぞらしか猫ば見つけて夢中になっとった」
「むぞ?」
「可愛いて意味たい」


ニコッと笑いかける千歳くんの無邪気な顔に毒気を抜かれた私はとりあえず寮まで彼を連れ帰ることしたのだった。もちろんお説教付きで。


「約束した時間は守る!遅れる場合は連絡!これ常識だからね?全然こないから事故にあってるじゃとか迷子になってるじゃないのかとか心配したんだから!」
「ほんなこつすいまっせん、どうも時間に縛らるん得意じゃなか。せかせかしとると綺麗な青空やむぞらしか猫とか見過ごしてしまうやろ」
「別に急ぐ必要もないし、お散歩したりのんびりするのも悪いことじゃないよ?ただ、約束を破るのだっていい事ではないでしょ。」
「そうやなあ」
「だから連絡してほしいの。遅れる時やどうしても約束を守れない時は教えてくれれば安心するでしょ」
「わかった……ははっ、空閑さんお袋んごたるばい」
「ふくろ?」


とりあえず分かってくれてると信じてるけど。その後は建物の中をざっと説明しながら案内して、千歳くんの部屋である201号室へ連れていく。
テレビ、冷蔵庫、布団は元からこの部屋にあったもので千歳くんの荷物といえば持ち主よりも先に届いたダンボール3箱程度である。ちなみに備え付けの家電なども過去に入居していた人達の置き土産で、型こそ古いが今も現役で使えるものばかりだ。

何かあれば真下の管理人部屋まで来てねと言い残して自分の部屋へと戻った。

既に時間は19時になろうとしていて、私の正直な腹時計が大義の声を上げていた。
お腹はすいてるけど作るの面倒だなぁ……流石に今日は疲れてしまったため凝った料理する気にはなれず、冷蔵庫を開け中身を確認する。よし、今日はあれにしよう!

私は、玉ねぎ2つと冷凍庫に眠っていた余り物のひき肉、温泉卵、万能ねぎも取り出しさっそく調理を開始した。
玉ねぎは荒くみじん切りにしフライパンに火をつける、ひき肉を炒めそこに玉ねぎも投入して白だしとすりおろし生姜を入れると、部屋中に食欲をそそる匂いがして、私は窓を開けた。
少しスプーンで掬って味見をして、塩コショウで味を整える。あとは飴色になるまで炒めればオッケーかな。
その間に万能ねぎも刻んで……丼にご飯をよそって炒めたものを上に乗せて、万能ねぎを散らして、最後に温泉卵を落とせば出来上がり!
少し多めに作ったから残りは明日使おうかな。


「美味しそうな匂いがするて思うたら空閑さんやったん」
「わっ?!え、千歳くん?」


ふいに声を掛けられそちらを見ると窓から千歳くんが顔を出していた。
なんでも荷解きを終えて寮の周りを散策してたらしい。


「料理上手かばいなあ、テキパキしとってついつい見入っとったばい」
「え、見てたの?」
「楽しそうに料理ばしとってむぞらしかったと」
「いや、別に簡単なものしか作ってないし……と言うか人の部屋を覗いちゃダメでしょ」


手放して褒められているこの状況に私は慣れなくてついつい可愛くないことを言ってしまう。流石に千歳くんも帰るだろうと思ったが、彼はニコニコしたまままだそこにいて、何だが私の強がりも全部お見通しみたいに思ってしまう。


「え、えーと千歳くんも良かったら食べる……?」
「え」
「量ならあるし……作りすぎたから」
「でも悪かよ、女ん子ん部屋に入るんなマナー違反やし」


彼の言葉に少し驚いた。失礼かもしれないけどそういう事を気にするような人には思えなかったから、つい笑ってしまった。不思議そうに首を傾げる彼にまた面白いなぁと思ってしまう。約束を忘れて散歩や猫と遊んじゃう自由人かと思えば、女の子の部屋に入るのはマナー違反だと言う。


「大丈夫だよ、部屋の住人がいいよっていってるんだもん。それにご飯は1人で食べるより2人の方が美味しくなるよ」
「それならお邪魔させてもらうと」


そう言うと軽々と窓を跳ぶ千歳くんにまた驚かされる。そういえば1階とはいえ外からだと少し高い位置になるはずなのに普通に胸から上が覗いてるって凄いよね……背が高いってずるい。私だったら頭が見えるか見えないかといったところだ。
とりあえず……


「玄関から入ればか!」
「あははは、こっちん方が近かけんつい、下駄は脱いどるけんさ」


当たり前でしょ!やっぱりこの人、自由すぎる……。
それでも2人で食べた晩御飯は凄く美味しくて、片付けを手伝ってくれる千歳くんと並んで洗い物をしながら、おばあちゃん以外の人と並んで台所に立つの初めてだなぁなんてくすぐったい気持ちになったのだった。



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