2日目
カーテンの隙間から朝日が差し込み私の瞼をきらきらと照らす。まだ寝ていたかったがこれじゃ無理だな、と諦め私はゆっくりと目を開いた。
ふぁあ……大きなあくびをしながらも身体を起こし伸びをひとつ
「んんーっ……えーと……今日は」
正直朝はそんなに得意ではないので働かない頭でぼんやりと今日の予定を組み立てる
バイトは夕方からだから、洗濯と掃除と……あ、シャンプーきらしてたな
ある程度今日の予定を決めてベッドから出ようと足を動かそうとしたところで隣にある障害に阻まれバランスを崩した
「……わ?!」
「う……っ!!?」
半分寝ぼけてへろへろだった私の身体は踏ん張ることもなく腰を曲げて前のめりに倒れると隣に居た人物の胸元へ体重をかける形になってしまい、未だに眠っていただろうその人は突然襲われた衝撃に短くうめき声をあげたのだった。
「………………お、はようさん?」
「オハヨウゴザイマス」
「なんやこれ、俺襲われてるん?」
「いや、あの……これは不可抗力と言いますか………………ごめんなさい」
無理矢理起こされた忍足くんは目の前にある光景に顔を覆う
「あかんわー侑士くん貞操の危機……もうお婿に行かれへん」
「いや、ちょっだから違うからね!」
「苗字さんをお嫁にもらうしかないわー」
「だからごめんて!違うんだよっ私朝弱くて……っちょっと寝ぼけてたからっ忍足くんにぶつかっちゃってね?!」
完全に覚醒した私はすぐさま態勢を正し忍足くんの誤解を解こうとあわあわと弁解する
未だに顔を覆った忍足くんの肩は小刻みに震えていて
えっ泣いちゃった??!!?!
そりゃ、お年頃である彼からすれば突然女の人が至近距離にいたら驚くよね……ど、どうしよう
「…………っくくく」
「ん?」
「あ、あかん……我慢できひんわ……っ」
小刻みに震えていたかと思うと体をくの字におり本格的に笑い出した忍足くんに、からかわれていたのだとようやく気づいた。
「なっ!!もーっ!!!」
「ははは……ふっ、ははっ」
「笑いすぎ!!私すごく焦ったんだからね?!泣かせちゃったかなって」
「ふはははっ……ご、ごめんて……いやー苗字さんがあんまりにも素直に反応してくれるもんやから」
「うっ……もう!もう!ほらっ、とっとと起きる!!」
昨日から訳あって居候している忍足侑士くん。
見た目も雰囲気も大人っぽい中学生(仮)の彼は落ち着いた喋り方をするけれど、中身はかなりお茶目だ
いや、中学生男子というのはこんな感じなのかもしれない。
ようやくベッドから出た私たちは忍足くんをひとまず洗面所へ向かわせ、今のうちにとっとと着替えてしまおうとクローゼットと向き合うのだった。
着替えをすませリビングへ行くと忍足くんも着替えを終えたところで、寝巻きはキチンと畳まれて隅へ置かれていた。
「顔洗ったら朝ごはん作っちゃうね、トーストなんだけど良かったかな?」
「おーきに、なんか手伝うか?」
「あはは大丈夫だよ、別に凝ったもの作る訳でもないし。昨日は忍足くんに作らせちゃったからね」
なんだか会話だけ聞いてたらそこそこ同棲してるカップルのようだけど、これは忍足くんの順応力の高さがもたらすものだろうな……昨日はバイトから帰ってくると、忍足くんは晩御飯を作って待っていてくれた。もちろん家に居るように言ったのは私なんだけど、実を言うと帰ったら忍足くんはもう居なくなってるんじゃないのか、なんて考えもあって……それでも構わないかなとも思ってた。
特に盗られて困るものはないし、ちゃんと帰る場所があるなら帰った方がいいだろうし。
ところが蓋を開けてみれば彼はちゃんと家に居て
「冷蔵庫の中身勝手につこたけど平気やろか?」
そんな風に少し申し訳なさそうにしつつも疲れて帰ってきた私を労ってくれた。昨晩のことを振り返りながら出来上がった朝食をテーブルへと運ぶ。メニューはトーストと目玉焼きにベーコン、ポテトサラダ。後はインスタントのスープとまぁごくごく普通なメニューだ。
一応、忍足くんの分は私のより量を多めにしてるけど足りたかな?
一緒にテーブルにつき、いただきますをして食べ始める。
「今日はバイトはないん?」
昨日の朝はドタバタしてたから、心配……よりは少しからかい混じりな声で忍足くんが質問する
「ううん、あるけど夕方からだから」
「ほーん……ほなそれまでどないするん?」
「んー買い物行こうかなって。忍足くん色々必要なものあるでしょ」
「……ええん?」
私の答えにトーストを咀嚼していた忍足くんが私の方を見る。眉がかすかに下がり、その顔には遠慮が伺える
「いつまで居るか分からないんだしあるに越したことはないでしょ」
「苗字さんて受け入れんの早いなぁ……順応力高すぎやない?」
君に言われたくないよ!
「しょーがないでしょ、今目の前で起こってることを無視できるほど神経太くないんですー」
「せやかて、普通なら信じへんで?異世界から来たなんて」
そう、昨日の夜に話していたんだけど、どうやら忍足くんはこの世界の人間ではないらしい。
私がバイトに行ってる間に彼も色々調べたと言う。まずは自分の家の住所。しかし東京のどこにもそんな住所は存在していなかった。
それどころか通っている学校もなく、そのまま調べてみると東京や神奈川なんて大きな地名は同じでもさらに絞ってみると自分の知らない地名が多くあった。
他にも違和感を感じたのはテレビ。
知らない番組や見たことのないタレント、忍足くんの世界では大流行している本や雑誌もこの世界にはないのだ。
それらを合わせて考えた結果、彼はそもそも別の世界からトリップしてきた。と言う、本来なら信じられない事実である。
「そりゃね、正直まだ完全に信じてるわけじゃないけど……嘘をつく理由も見つからないでしょ?」
例えば訳ありで無一文になってしまったから厄介になりたいが警察には知らされたくない。とかでももう少しマシな理由をたてるだろうし、そもそも明らかに裕福とは言い難い女子大生のところには来ないだろう。
もっと言うと彼の容姿ならばもう少しマシなお宅にお邪魔できたのでは?なんて邪なことも考えてしまう。
「苗字さんを狙っとるストーカーかもしれんで?」
「それこそないでしょ?自分で言うのも悲しいけど特別容姿がいいわじゃないし、中身だって普通だし」
いくら女子大生と言うブランドがぶら下がっているとしても考えられない。そもそも、そういう理由で私の前に現れたんなら初めて出会った段階で私は彼に襲われているのだろうし……
「とりあえず!今日は必要な生活用品の調達……の前に洗濯と掃除を軽くします!」
「了解、ほなお手伝いしよか」
話も食事も終わった私たちはさっそく家事に取り掛かった。
そういえば食事の量足りたか聞き忘れちゃったな
いつもは一人でやっている家事も誰かとやるとあっという間に終わり、私たちはバスで20分くらいにあるショッピングモールへと来ていた。
「まずは布団を買いに行こう」
「え、布団買うん?」
冬用と夏用で掛け布団は2つあるが今うちには布団が一式しかない。一人暮らしなので当然なのだが、昨日はしょうがなく同じベッドで寝たけど、正直よろしくない。
いや、昨日だって本当はベッドを忍足くんに使ってもらって私は床で寝るつもりだったんだけど、そんなことはさせられない寝るなら俺が床で寝るわ、と言う忍足くんと軽く一悶着あったのだ。
「布団て安くないやろ……?」
「そうだけど、今のままはだめでしょ」
「俺は別にええけどなぁ」
「よくないです!」
「別にホンマに襲われても平気やで?」
「わーわー公共の場で何言うかな!?」
「いやいや、今の自分の方が注目集めてるで?」
「はっ!!」
忍足くんの言葉に周りを見ると確かに私の発した思いのほか大きな声のせいでちらちらと冷たい視線を感じる。
私は恥ずかしさから赤くなった頬を隠すように俯き忍足くんの手を引っ張り早足に目的の店へ向かった。