貴方がくれるもの


大吾さんとデートの途中、新しくオープンした生活雑貨のお店に立ち寄った。珍しい文房具や化粧品、ダイエット器具やちょっとした電化製品まで、とにかく品揃えが豊富で、売り物を見ているだけで面白い。

大吾さんがレジに並んでいる間、近くのアクセサリー売り場で腕時計を探していると、中心に設置されたガラスケースが目にとまった。シルバー、ピンクゴールド、ホワイトゴールド。たくさんの種類の指輪が並んでいて、きらきら光るそれらに見入ってしまう。

「きれい…」
「そうだな。ペアで買おうか」
「わっ!?大吾さん!見てただけで、そんなつもりじゃ…」

突然背後から現れた大吾さんに驚いて、私は声が裏返ってしまう。

「こういうものを買ってもいいだろ」
「そうだけど、でも」

照れ臭そうに笑う大吾さんを前にして戸惑っていると、女性の店員が声をかけてきて、あれよあれよという間にお会計が完了してしまった。

「大吾さん、ありがとう。すごく嬉しい」
「ああ。出来上がりが楽しみだ」

サイズの調整や文字の刻印のため、指輪が完成するまで一週間程度かかるそうだ。おねだりしたみたいで恥ずかしかったけど、大好きな大吾さんと同じものを身につけられることが嬉しくて、帰り道は足取りが軽かった。

大吾さんはきっと仕事柄、ペアリングなんてチャラチャラしたものをつけられない。それでも私のために買ってくれたと思うと、とても幸せな気持ちになった。





届いたばかりの指輪をつけて、私は上機嫌で家を出た。右手で何かを持ったり触ったりするたびに、薬指に光るそれを眺めて愉悦に浸った。

今日は、大吾さんと人気のレストランのビュッフェを食べに行くことになっている。行列が絶えないお店だけど奇跡的に予約が取れて、それを興奮気味に話していた大吾さんを思い出す。
気合いが入ってかなり早く到着してしまった私は、街をぶらぶらして時間を潰した。喫茶店に入ろうか迷ったけど、ビュッフェのためにお腹を空かせてきたので我慢した。公園のベンチに腰掛けて一息ついていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「驚いたよ。遥ちゃんは歌が上手いんだな」
「おじさんにコツを教わったおかげかなぁ?今度行く時は大吾さんも一緒に行こうね!」

小学生高学年くらいだろうか?幼い女の子と親しげに手を繋いで歩く大吾さんは、顔を綻ばせていた。大吾さんに妹はいないし、親戚に小さい子がいるという話も聞いたことがない。一体、 あの女の子は誰なのか。

街を歩く人々に紛れているものの、十メートル程の間隔を保って彼らを追跡する私は、ストーカーそのものだった。
黒いスーツを着た体格の良い大吾さんと、年端もいかない女の子が並んでいる光景は異様で、次第に大吾さんが誘拐犯のように見えてくる。
あんなにべたべたくっついて喜んで、まるで『ロリコン』だ。人様に迷惑をかけない範囲なら、どういう性癖を持とうと自由だと思う。しかしそれが自分の彼氏なら、全く話が違ってくる。

大吾さんは女の子と手を繋いだまま、喫茶店へ入って行った。奥の席に案内されたようで、ここからでは中の様子がわからない。
数分間迷った末に、私は意を決してお店の扉を開けた。まだ待ち合わせの時間ではないけど、そんなことを考える余裕はなかった。
二人が座るテーブルを見つけて、少しずつ近寄っていくと、女の子の声が聞こえてきた。

「はい!大吾さん口開けて」
「遥ちゃん、こんな一度に入らないって…」
「いいからあーんして」
「あ…あーん」
「美味しい?」
「うん!ほいひいよ」

巨大なパフェの一部を食べさせてもらって、これ以上ないくらい破顔している。あんなに笑った大吾さんは初めて見た。普段の威厳や精悍さはどこにもなくて、別人のようだった。

「お、唯子!ちょうどいいところに」

口の周りにたくさん生クリームをつけたまま、大吾さんは私に向かって手を上げた。何か一言言いたくて、でも大吾さんを目の前にしたら何も台詞が思い浮かばなくて、二人がけのテーブルの前で無言になってしまう。すると、私に気がついた女性の店員が声をかけてきた。

「お連れ様ですね。お席を準備しますので、少々お待ちください」
「いえ、全然知らない人です」
「な!?ちょっ、唯子!唯子ー!」

早歩きで出入り口へ引き返す途中、大吾さんの声が店中に響いて、店内でくつろぐ人たちの視線が一斉に集まる。それによって私はますます動揺してしまい、小走りでその場を去った。





数十分前に休憩していた公園まで走り、ベンチに座って乱れた息を整えた。私の姿を見た大吾さんは、明らかに何かを言おうとしていた。色々なことが起きて混乱したからといって、話も聞かずに逃げてしまったことを後悔した。
たぶん、いや、きっと大吾さんを怒らせてしまった。どうしようーー。


「はあ、はあ…。唯子、足早いんだなぁ」
「大吾さん」

息を切らした大吾さんがこちらへ向かってきて、誰もいない静かな公園に革靴と砂利の擦れる音が響く。

「何を勘違いしたかわからんが、あの子は遥ちゃんといって、桐生さんの娘さんなんだ」
「桐生さんって、大吾さんの兄貴分の?」
「そうだ。用事ができた桐生さんの代わりに買い物に付き合ったんだ」

大吾さんが差し出した携帯の画面に、桐生さんという男性と、あの女の子が写っていた。

「じゃあ、大吾さんは小さい女の子が好きなわけじゃないの?」
「当たり前だろ…」
「ああ…そっか」

勝手に色々な想像をしていた自分が馬鹿みたいで、恥ずかしくて申し訳ない気持ちになる。あらぬ疑いをかけられた大吾さんは焦っているけど、怒った様子は一切なくて、私は胸を撫で下ろした。

「遥ちゃんのことは気にしなくて大丈夫だ。あの後すぐに桐生さんが迎えに来たから」
「ごめんなさい。私…」
「いや…こんな見た目だし誤解されても仕方ない。俺こそ先に言っておくべきだった」

大吾さんには何も非がないのに、私の心情を察してか、申し訳なく感じているみたいだっだ。私の隣に座って、大吾さんは話し続ける。

「しかし、恥ずかしいところを見られたな」
「大吾さんがすごい笑顔で、ちょっとびっくりしちゃった」
「はは…。俺と唯子に娘がいたらこんな感じかなと思ったら、頬が緩んじまった」

今は恋人という関係だけど、いつか大吾さんと結婚できたらいいなーー。
普段からそんなことを考えていた私は、その発言に驚いて口が半開きになってしまった。具体的に将来の話をしたことがなかったから、子供がいたらなんて考えたこともなくて、頭がついていかない。だけどそれを想像すると幸せすぎて、気持ち悪いくらい口角が上がった。

「あ…悪い。変なこと言って」
「ううん、そんなこと…」

走ったせいで熱くなったらしく、大吾さんは窮屈そうなネクタイとシャツのボタンを外した。その時、首元で何かが光って、私は目が釘付けになった。手を伸ばして襟をそっと開くと、銀色のチェーンの先で指輪が揺れていた。それは、私が右手につけている指輪と同じものだった。

「大吾さん、指輪」
「ああ、いいだろこれ。ネックレスにしたくてチェーンを買ったんだ」

遥ちゃんの買い物に付き合う途中で、良さそうなお店を見つけたらしい。自分で選ぶのは緊張したけど、遥ちゃんに協力してもらったんだと話す大吾さんは、すごく満足気だった。

「ごめんな。普通のカップルみたいにお揃いにできなくて」
「大吾さん」
「形は違くても、一緒だからな」
「大吾さん…大好きっ」

嬉しいことの連続でどうにかなりそうで、私は勢いよく大吾さんに抱きついた。大吾さんは驚きながら、両腕で私の体を受け止めてくれた。ここが人目のない公園でよかったと思った。

「唯子…待っててくれ」

大吾さんは真剣な眼差しで私を見つめて、頬にキスをした。『次はプラチナの指輪を贈るから』と囁かれて、私は背中に回した腕に力を込めた。


2018.5.18
タイトル:コペンハーゲンの庭で

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