幸せな体温


下腹部がずっしり重く、全身がだるい。おぼつかない足取りのまま壁伝いに歩いて、峯さんを出迎えた。緩慢な動きで飲み物とお菓子をテーブルに並べる私を見て、峯さんは怪訝な顔をしていたけど、すぐに様子が変だと察したらしい。少しでも元気に振る舞おうと、意味もなく笑ってみせると、座って休んでいろと言われてしまった。

ソファに体重を預けて、背もたれと腰の間にクッションを挟むと、少し気分が良くなった。ジャケットを脱いだ峯さんが私の隣に腰掛ける。

「ごめんね、峯さん」
「なぜ謝るんだ」
「だって…」

今まで家に遊びにきた時は、必ず私を抱いていたから。
男の人の気持ちはわからないけど、そういうことをしたくて来たのに『生理だから』と言われたら、心底がっかりするんじゃないかと思う。峯さんの表情を伺ってみたけど、例によって感情を読み取ることはできなかった。

「痛むか」
「うん。痛み止めは飲んだんだけど」
「横になったらほうが楽だろう」
「いいの、大丈夫」

仕事が忙しい峯さんが、私に会いにきてくれた。こんなに嬉しいことはない。久しぶりに会えたこともあって、できるだけ長い時間を一緒に過ごしたかった。

「峯さん、会いたかった」
「唯子…」

峯さんは両腕で私の体を抱きしめると、じっと動かなくなった。会えない間、峯さんも私と同じ気持ちだったんだと思うと嬉しかった。
私の髪の毛に、峯さんが鼻をくっつけた。至近距離でにおいを嗅がれて、どきどきする。

ふと、生活雑誌で読んだ記事を思い出した。生理用品をきちんと取替えていても、嗅覚が敏感な人はにおいを感じ取れるらしい。もし、峯さんにわかってしまったら…。
我に帰って、密着している胸を両手で押す。私に拒絶されたと感じたのか、峯さんは一瞬傷ついたような顔をした。

「ごめんなさい。におうかもしれないから、あんまりくっついちゃ駄目」
「ああ、そんなことか」
「あっ…ちょっと」

勘の鋭い峯さんでも、においまではわからなかったみたい。ほっとしたのもつかの間、私が止めるのもお構いなしに、峯さんは再び体を抱き寄せた。

「腰も痛いのか」

問いかけに頷くと、肩を抱いていた腕が腰に移動して、大きな手が腰のあたりをさする。しばらくそうしていると、峯さんの温度が腰全体に伝わって、痛みが和らいでいく気がした。

「峯さん、温かくて気持ちいい…」

私の反応に気を良くしたのか、峯さんの手が徐々に下がってきた。あえて何も言わないでいると、お尻に添えられた手が、お尻のお肉を揉むように動き出した。

「峯さんっ」
「どうした」
「そこ、お尻だけど…」
「…」

峯さんはおもむろに立ち上がると、今度は後ろから私を抱きしめた。髪をかき分けて、露わになったうなじにキスをする。唇と接している箇所が、とても熱い。

「んっ…もう、峯さんってば」
「なんだ」
「具合悪いのに、変な気分になっちゃう」
「唯子は、具合が悪いのに変な気分になれるのか?」
「それは…」

峯さんの良いように誘導されてしまった気がする。でも、峯さんの言う通り、変な気分になる私がおかしいのかも。恥ずかしくなって、赤くなった顔を伏せた。


「冗談だよ。さ、暖かくするんだ」

いつの間にか寝室から持ってきた毛布を、私の体に巻きつける。普通ならときめくシチュエーションだけど、無言の峯さんから有無を言わせない迫力を感じて、私はされるがままになっていた。

「こんなにぐるぐる巻きにしたら動けないよ…」
「それでいいんだ。もう寝るぞ」
「えっ?でも…わっ」

毛布で包まれた格好のまま運ばれて、ベッドへ寝かされた。立ちくらみがするとぼやいていたのを、ちゃんと覚えていたんだ。

「峯さんも寝るの?」
「俺が眠いんだ。だから唯子も寝てくれ」

峯さんは常に忙しい人だから、眠いというのは本当なんだろう。だけど、私を気遣ってくれていることが伝わってくる。

「峯さん、ありがとう」
「いや…俺は何も」

峯さんはベッドに横になると、私が寝ている方と反対側を向いてしまった。よく見ると耳が赤くなっている。なんてかわいい人だろう。きっと、お礼を言われることに慣れていないんだ。

お腹と腰が痛くて、気分も悪い。普通のデートができないのはすごく残念だけど、峯さんに心配してもらえるなら、こんな日も楽しい。
緩んでしまう口元を押さえながら、静かに寝息を立てる背中を、じっと眺めていた。



2018.4.30
タイトル:コペンハーゲンの庭で

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