ため息と彼女の惰性


大きなものが一気に奥深くまで挿入されて、その衝撃に、かはっと息を吐いた。
最初は少しずつだと何度も言っているのに、またこれだ。思わず彼を叱った。彼は申し訳なさそうに謝ると、体内に入れたものをずるりと抜いた。
ああ、またやってしまった。

性に関しては淡白なほうだと思う。自慰は、思春期の頃に興味本位でした程度。男性が嫌いなわけではないが、性行為は苦手だ。ご飯を食べて、取り留めのない話をして、たまに外に出かける。一緒に楽しい時間を過ごせれば、それで満足だった。けれど健康な男性は体を求める。生き物としての本能だから、それを拒絶する私のほうが異質な存在なのだ。もちろん私なりに努力したが、余程鈍感な人間でない限り、義務感でそれをこなしていることは見抜かれてしまう。暮らしを共にする以上、趣向が一致することは重要な要素だ。私には難しいのかもしれない。

そんな私を気に入ってくれる特異な人物が現れた。彼との初めての性行為は失敗に終わった。私が緊張していたことと、彼の体格の良さもあり、挿入できなかった。初めて同士でもないのに、こんなことがあるだろうか。この時は気まずい思いをさせて申し訳なかった。たぶん今回も駄目だろうと思った。しかし彼は諦めなかった。結局、好意と優しさにほだされて同居に至った。彼を気の毒に思う。先ほどのこともそうだ。趣向に合う積極的な女性を見つけていれば、彼の性生活はもっと充実したものになっただろう。




いや、だめ、ゆっくり。
そんなことばかり言う私を宥めるように、彼は何度もキスをした。乳首を甘噛みされ、クリトリスに触れられ、少しずつ快感が高められていく。その間も、抽挿は止まることがない。いつまで経っても処女のような反応をする私を、彼は飽きもせず抱く。私の扱いは慣れたものだった。
「気持ち良いの、怖い……」
「大丈夫だ」
「あっあっあ、」
「唯子、一緒に……」
汗ばんだ肌が激しくぶつかる。余裕がなくなっていく彼が愛おしい。男性器を包み込んだ箇所が勝手に痙攣している。ほどなくして、低い呻き声が聞こえた。余韻に浸りながら、抱きしめてくる体にしがみつく。体重がかかるので長い時間はできないが、この瞬間が好きだ。
気をやることを、登りつめるとか絶頂するなどと表現することがある。私はそんな風に喜ばしい感じではなくて、脱力した体がシーツに沈み、そのまま落ちていく感覚だった。彼の体の重さもあいまって、そう感じるのかもしれない。

射精を終えた彼のものが抜かれる。濡れた陰部をティッシュで軽く拭った時、いつもと違う感覚を覚えた。
「……裂けた」
「何?」
裂けたのは粘膜ではなく皮膚の部分だ。ほんのわずかな裂傷で、出血や痛みはない。挿入前に自分で確かめた時は十分に潤っていたから、準備が足りなかったせいではない。そう伝えたが、彼は肩を落として謝罪した。
「そんなつもりはなかった。俺はただ、深く繋がりたくて」
「平気だから気にしないで」
おそらく、深い挿入を長時間していたせいなので彼のせいではあるが、申し訳なさそうな表情を見て、根本まで入れるのをやめようとは言えなかった。




傷の確認をするという理由で脚を開かされ、かなりの時間が経過した。うまく言いくるめられたのではという疑念が浮かび、脚を閉じようとした。彼はすかさず股の間に頭を入れ、閉じられないようにした。
「や、ちょっと……!」
行為の時以外に局部を見られるのは、精神的に堪えた。それも、すごく近い距離だ。傷のあるところには触れず、最も敏感な箇所に唇をつけた。優しくキスをして、唇で挟んだ。
「はぁ……だめっ待って」
これから行われる行為への期待と、強い快感への恐れで体が震えた。温かくて柔らかい舌が、クリトリスを包み込んだ。
「アッ……!んう、んん!!」
やわやわと優しくなぞられて、反射的に腰が浮く。舌先を尖らせて愛撫される。私の弱点は知り尽くされている。
「はっ!あっ!あぁ」
限界を迎えそうになると、舌が柔らかくなった。しばらくすると、硬くなった舌先がまた弱いところを往復した。寸前まで追い詰められてお預けされる。これを何度も繰り返されて私は悶絶した。
「義孝っ!も、いいから……!」
彼は、愛撫を続けたままで私の手を握った。
「嫌だ……もっとしていたい」
敏感なところの前で喋るので、そこに息が当たっている。それだけで刺激になって内腿に力が入った。

言葉が快感を高めると、何かで読んだことがある。気持ち良いとか綺麗だとか、肯定的な言葉が相手に快楽を自覚させ、行為に没頭することができると。被虐性欲、いわゆるMの気がある人は、羞恥や屈辱を与えられることで性的興奮を得るそうだ。加虐性欲、Sはその逆で、加虐や苦痛を与えることで性的興奮を得る。いっそのこと、私もどちらかになれれば良かった。
消極的な私に思うところはあるだろうが、彼は言葉責めのようなことはしない。それが辱めとなり、私の機嫌を損ねるとわかっているからだ。最中に言葉を交わすのは苦手な私にとって、最低限のやり取りで行為を平然と続けてくれるのはありがたかった。

「はぁ……はぁ……」
大きな体を屈めて、窮屈そうな姿勢で奉仕をする姿は艶かしかった。男性という生き物は、射精したら終わりではないのか。性交を終えたのに愛撫を続ける理由がわからなかった。
私が見ていることに気づくと、舌が速度を増した。強い快楽に仰け反って息を吐く。執拗な愛撫を受けて、局部がぐっしょり濡れているのを感じた。その時、空気を含んだ液体が、ぶちゅっと音を立てた。
「はは、俺のが出てきた」
排泄の時のような音の後、液体が肌を伝っていく感覚があった。そして彼が発した何気ない一言。一瞬で頬が紅潮していった。
「ばか、最低っ……ア!あぁあっ!」
ここまできてなお抵抗する私を更に開脚させると、クリトリスへの愛撫に加えて、ナカに指が差し込まれた。何度も焦らされた体はあっけなく限界を迎えて、甘い悦楽にのまれて落ちていった。




「唯子」
「ん……?」
「なるべく負担にならないようにするし、悦くなるよう努力する」
「急にどうしたのよ」
「嫌いにならないで」
そう言われて縋るように抱きしめられると、大事な部分が裂けたことも、恥ずかしい思いをしたこともどうでもよくなってしまう。
「ならないよ」
「本当に?」
「……義孝が好きだから」
「……」
突然黙り込んだので、様子を伺うために振り返ると、彼は目を伏せていた。そして小声で、勃ってきた、と呟いた。
「……もう今日はしないからね」
これまで感じたことのなかった名残惜しさのような気持ち。苦手だと思っていたけれど、彼とのセックスなら好きになれるかもしれない。いや、きっともう好きになっていると思う。胸元に回された腕を抱いて、背中に温もりを感じながら目を閉じた。


2022.12.19

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