春によく似た人でした


京の街で新選組の名を耳にしない日はない。彼らの剣を褒め称える者もいれば、壬生浪と陰口を叩く者もいた。評判の良し悪しはひとまずとして、共通しているのは誰もが新選組に関心を抱いていることだった。

知人から、新選組で働かないかと持ちかけられたのが半年前のことだ。近場で働き口を探していた私には願ってもない話だったが、当時は喜びより驚きのほうが大きかった。主な仕事は組の幹部の食事を作ることで、日によって洗濯や清掃もする。いたって普通の家事手伝いだ。
剣とは縁のない家の娘が、剣客が集う場に仕えるのに、初めは少なからず不安があった。幹部が強面ばかりということも恐怖心に拍車をかけた。しかし、働き始めて数日が経過すると緊張感は薄れていった。皆、粗暴な一面はあれど、優しく接してくれる人ばかりで、年の近い隊士は気さくに話しかけてくれることもあった。
忙しいながらも充実した毎日を過ごすうちに、私はある人に興味を持つようになった。その人とは、不在の局長に変わって組織を取り仕切る、副長の土方歳三だ。屯所を訪れるのは仕事のためであって、遊びに来ているのではない。そのことは百も承知なのに、彼の姿を見た日は気持ちが舞い上がって仕方なかった。

街の中心部から外れた場所にある屯所は、緑に囲まれて落ち着いた雰囲気だ。休養日にあたる今日は隊士の姿もまばらだった。門番をする隊士に挨拶をして、屯所に繋がる門をくぐった。今朝、家の庭掃除をしていた時、炊事場に手ぬぐいを忘れたことを思い出して取りに来た。本当は手ぬぐいなんて口実にすぎず、土方さんの姿を一目見れるかもしれないという邪な気持ちがあった。
炊事場で手ぬぐいを回収し、来た道と違う方向を進んで中庭に出た。日頃の鍛錬や入隊試験の時に使われるこの場所は、怒号も悲鳴もなく静寂に包まれていた。いつ戦いの機会が訪れてもいいように、隊士たちは日々厳しい鍛錬に明け暮れている。時には休息することも鍛錬の一環なのだと、どこかの隊の隊長が力説していたのを思い出した。不埒な思いを抱いてやってきた自分が恥ずかしく思えた。

庭を一瞥して廊下に視線を戻すと、誰かが縁側に腰掛けているのが見えた。幹部にはそれぞれ個室があり、ここに寝泊まりしている者もいる。静かな空間を歩くうちに、私は屯所の中に一人きりという錯覚に陥っていた。

「田中くん」

名前を呼ばれて、反射的に身を硬くした。すぐに声の主が憧れの人だとわかって、慌てて会釈をした。土方さんは私を田中くんと呼ぶ。それは、一部の隊士や他の手伝いの女性に対しても同じだ。日頃、友人から名前で呼ばれているので変な感じがするけど、私はこの呼ばれ方が嫌ではなかった。彼なりに親しみを持ってそうしているのだと都合よく解釈していた。

「今日は休みのはずだが、何か用事でも?」
「はい。忘れ物をしたんです」

風呂敷を持つ手と反対の手で手ぬぐいを掲げた。ひらひらと揺れるそれを見て、土方さんは首を傾げていた。今になって、彼が浅葱色の羽織を身につけていないことに気がついた。あの特徴的な模様がないと随分と雰囲気が変わると思った。落ち着いた色味の着物がよく似合っていた。休養日だからなのか、土方さんの表情は普段より穏やかに感じられた。

「そうか」

そう言ったきり、土方さんは忘れ物に触れることはなかった。わざわざそれを回収しに来たのかと聞かれれば答えに詰まるだろうから、会話が終了してよかったと思った。土方さんは空を見上げて深呼吸をした。私も真似をして首を傾けた。雲一つない、さわやかな秋晴れの空だった。

「天気が良いな」
「暖かいですね」

言葉を発したのが同時だった。一瞬の沈黙の後、土方さんは目を細めて笑った。柔らかい頬笑みに見惚れていると、彼は何かを思い出したように立ち上がった。

「少し時間あるかな」





何か不始末を起こしただろうか。土方さんの後に続きながら、私は数日前の記憶を辿った。最後に炊事場を使った時、変わった出来事は何もなかったように思う。

「土方さん、」
「見せたいものがある」

土方さんは悠々とした足取りで炊事場を通り過ぎて、裏庭へ降りた。井戸の側に畳二畳分ほどの大きさの畑があった。そこは、青々とした葉が一面に広がって地面が見えないほどだった。農作に関して素人の私でも、その葉の形には見覚えがあった。

「これは、さつまいもですか?」
「ご名答。五月に苗を植えてここまで育った」
「凄いですね。土方さんがお一人で?」
「ああ。試しに植えた割に上手くいった」

さつまいもは、芋の部分はもちろんのこと、生い茂った葉も、火を通せば美味しく食べられる。まだ掘り出してもいないのに、収穫したさつまいもで何を作ろうかと考えた。

「引き止めてしまったな」
「いえ……そんな」
「年甲斐もなく自慢したくてね」

土方さんは胸の前で組んだ腕を解いて頬を掻いた。その表情は照れているようで誇らしげにも見えて、一言では表せない複雑なものだった。立派に実った成果を誰かに見てもらいたい。きっとそれは私でなくても構わないだろう。組織を統制し、剣を振るう姿からは想像もできない彼の一面を、素顔を垣間みれたことに喜びを感じた。

「収穫を手伝ってもいいでしょうか」
「給金は出せないが構わないか?」
「はい。構いません」

土方さんは袖を捲り上げて、手早くたすき掛けをした。普段は着物に隠れている素肌が見えたことに動揺して、畑に視線を向けた。筋肉に覆われた太い腕が目に焼き付いて、心の臓がせわしなく動くのを感じた。

小型の鍬で周囲を掘った後、手で慎重に土を退けた。土方さんが作業をする隣で、私も同じように体を屈めた。

「なんだか不思議です。新選組の副長である方が……」
「こんな土いじりをしていることが?」

疑問に感じていたことを土方さんがそっくり口に出したので、私は即座に頷いていた。

「私は百姓の生まれでね。ガキの頃は毎日土を触っていた。時折懐かしくなるんだ」
「それでここに畑を?」

地面に目をやったまま、土方さんは頷いた。子供の頃の話を交えながら、淡々と作業を進めていく。その横顔は笑っているわけではなく、むしろ難しそうな表情をしているのに、不思議と楽しんでいるように見えた。
土方さんの真似をして掘り進めていくと、次々に鮮やかな赤紫色が覗いた。芋が折れないように、端の部分にかかった土を両手で丁寧に取り除いた。

「土方さん、こんなに大きいです!」

掘り出したさつまいもは私の顔よりも大きく、興奮して声が大きくなってしまった。

「ここは農作に適しているとは言えないが、さつまいもは痩せた土地でよく育つ」

裏庭は日当たりが良く、近くに井戸があっていつでも新鮮な水を撒くことができる。土が肥えていなくても、土方さんの知恵があれば他の作物も育てられるのではないか。安直な考えだけど、色々な野菜が実った畑を想像すると楽しかった。

「田中くん」

畑を見ていたはずの土方さんの顔が近くに迫ってこちらを向いていた。薄茶色の瞳に見つめられて、緊張のあまり顔を逸らしたくなってしまう。

「頬に土が」

少しだけ冷たい、土の付いていない手の甲が頬に触れた時だった。

「おう、二人で楽しそうやないか」
「総司」

一番隊隊長の沖田さんだった。沖田さんは土方さんと私を交互に見ると、おかしな光景を見たというように白い歯を見せて笑った。

「土が付いてしまいますよ」
「ちょうど退屈しとったとこや」

沖田さんは私の左側にしゃがむと、蔓が張っている箇所を掘り始めた。私はこの状況に戸惑いながらも、沖田さんと土方さんの間で芋掘りを続けた。幹部が二人して畑に向かっている姿は異様なものに違いない。土方さんは掘った芋を土の上に乗せると、ふうと一息ついて立ち上がった。

「芋を入れる籠を持ってくる」
「あ、それなら私が……」

しゃがんだ状態から立ち上がろうとして、動きを止めた。腰の辺りに筋肉が凝り固まった感覚と、鈍い痛みを覚えたからだ。掘ることに夢中になって長い時間同じ姿勢でいたのがまずかったらしい。

「田中くん?」
「な、なんでもありません」

土方さんは、中腰の姿勢で止まったままの私に近づいて手を取った。

「ゆっくり体重を預けて」

言われた通りに少しずつ重心を前に傾けた。最後は土方さんに寄りかかる格好になってしまったけど、ようやく中腰から元の姿勢に戻ることができた。

「あ……ありがとうございます」
「残りは総司に任せて休んでいなさい」
「はい」
「なんやお前ら、ワシを仲間はずれにしよって」

土方さんは籠を取りに、私は縁側に腰を下ろして一息ついた。結果的に二人とも畑から離れる形になって、確かにこれでは意図的にそうしたと思われても仕方ない。沖田さんはブツブツと文句を言いながら芋を掘り続けていた。年上の男の人が子供っぽい言動をしているのがおかしくて、こっそり笑った。

「邪魔が入って残念だ」

耳元で声を潜めて、土方さんは確かにそう言った。突然のことに驚いて顔を上げた時、彼は既に廊下を歩き出していた。

「なぁ唯子ちゃん、干し芋作るやろ?出来上がったら一番隊にぎょうさんくれや」
「そうですね……」

上の空で返事をして、遠ざかっていく背中を眺めた。土方さんはどんな食べ方が好きだろうかと、そればかりが気になった。


タイトル:夜半
2019.1.15

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