会長はご乱心


※下品・キャラ壊れてます


仕事を終えて帰宅すると、毛足の長いラグの上で、大吾さんがいびきをかいていた。体にかかったタオルケットを捲ると、下着しか身につけていなかった。

「熊みたい…」

大きな体を丸めて眠る大吾さんに近づいて、寝顔を見つめる。手入れをしなくなった髭は数日でぼうぼうに伸びて、かっこよさが台無しだった。硬くて黒々としたそれを触っていると、少しずつ瞼が開いた。

「ん…唯子…いつ帰ったんだ?」
「ただいま、大吾さん。つい数分前だよ」

大吾さんが七日間の休暇に入って、今日で四日目。初日は『好きなだけ寝られて幸せ』なんて言っていた彼も、二日目には暇を持て余していた。
今まで週に一日休めるかどうかだったのに、突然まとまった休みをとれるなんて、組織の勤務体制はよくわからない。大吾さんから聞いた話によると、これは東城会の人員不足を解消するための計画の一部だそうだ。


一般的な会社と違って大々的な求人を出せないので、大量の人員を確保するのが難しい。それでも関東一の極道組織である東城会には、毎年多くの人間が入門する。
ところが、それから数ヶ月後に残るのはわずか数人という異常事態が発生している。まともに休める日がなかったり、厳しい上下関係に耐えられないというのが主な理由で、極道の理想と現実の差に落胆して組を去っていく人が後を絶たないそうだ。

途中で投げ出す半端者は、むしろ辞めてもらったほうが良い。
幹部会ではそんな意見も出たらしい。しかし、組員の高齢化が進む中で若い人材が育たなければ、組織は立ち行かなくなってしまう。現在の東城会にとって、労働環境の改善と組織体制の見直しが何よりの急務だった。

まずは幹部から率先して行うという考えから、組織の長である大吾さんが休暇を取得することになった。
ずっと家に篭っているのは、もしもの場合に備えてそうしているらしい。でも、会長が出て行かないといけない事件なんて滅多に起こらない。


私がお米を研いでいる間、大吾さんは今日一日がいかに暇だったかを語り出した。そんなに暇しているのなら、仕事から帰ってくる恋人のために夕飯の準備くらいしてほしい。
愚痴を言いたくなるのを堪えてとぎ汁を流した。普段料理をしない人にそんなことを望むのは、無茶だとわかってる。

「唯子、会社休んでくれよ」
「朝も言ったけど、忙しくて無理なの」
「毎日暇すぎて死にそうだ」
「仕方ないでしょ。今週の大吾さんは、休むのが仕事なんだから」

大吾さんが休暇中でも私が仕事を休めるなんてことはなく、同じような要求を何度も突っぱねて、その度に大吾さんはむくれていた。今回は怒っているというより悲しんでいるみたいで、眉尻を下げたまま私の目を見つめてきた。この顔にはめっぽう弱い。

「唯子は寂しくないのか?」
「私だって、大吾さんと一緒にいたいよ」
「そうだよな」

部屋着に着替えようとブラウスを脱ぐと、ご機嫌になった大吾さんが体を抱きしめた。顔が胸元まで下がってきたかと思うと、ブラジャーに鼻をくっつけてすんすん鳴らした。

「唯子と汗のにおいだ」
「やだ、髭が痛い」
「あ…悪い」

口先だけの謝罪でちっとも悪びれていない上に、顔が胸に埋まったままだ。下半身に伸びた手がスカートを捲ろうとしたので、とっさに裾を掴んで押さえた。

「もっと嗅ぎたい」
「じゃあ、大吾さんも嗅がせてくれる?」
「それはだめだ」
「なんで?」

なぜか数歩後ろに下がってから、大吾さんがいたずらっぽく笑った。

「唯子でオナニーしたんだ。ハメ撮りを見て興奮して…」
「大吾さんの馬鹿っ!」

昼寝に使われていた枕を拾って投げつけると、それを避けながら『唯子が怒った!』と叫んだ。私の行動に驚いているけど、明らかに面白がっている様子だった。

「とにかく、髭を剃ってきなさい」

卑猥な言葉を浴びせられて気が動転したせいか、命令口調になってしまった。意外にも気の抜けた返事をして洗面所に歩いていった。当の本人も、ぼうぼうになった髭は格好悪いと感じていたらしい。


「髭を整えたら、唯子のこと襲うからな」

電動髭剃りの音に混じって、ぶつぶつと呟く声が聞こえてきた。

「嫌。私はお腹がすいたの」
「じゃあ、夕飯の後でハメ撮りを見よう。絶対興奮するぞ」
「さっきから何なのそれ。冗談やめてよ」
「冗談じゃないぞ。パソコンを見てみろ」

大吾さんが休暇に入ってから、ずっと付けっ放しのパソコン。デスクトップにムービーの画面が開かれたままで、再生ボタンをクリックすると、大音量の嬌声が響いた。慌ててボリュームを下げて薄暗い画面に目を凝らすと、全裸の私がベッドの上で悶えて、卑猥な台詞を叫んでいた。時折大吾さんのあえぎ声も混じっている。

「なにこれ」

悪ふざけだと思っていたのに、本当にあるなんて。驚きのあまり、私はパソコンの前で固まった。こんな動画は絶対に削除しないといけない。だけどその前に。
どすどすと床を鳴らしながら洗面所に入った私を見て、大吾さんがうわっと野太い悲鳴をあげた。

「ひどい!大っ嫌い!」
「悪かった、出来心なんだ!一人で楽しみたくてつい。でもすげえ綺麗に撮れただろ」

髭剃りを放り投げて、怒りに震える私をなだめ始めた。全くブレがないから、あの動画は隠しカメラか何かで撮影したに違いない。出来心なんて言っているけど明らかに用意周到だし、立派な犯罪だった。

「……」
「ごめんなさい」

無言の圧力に耐えられなくなったのか、大吾さんは叱られた子供みたいに身を小さくして頭を下げた。

「今すぐ削除しないと許してあげない」
「まじか…」

あんな恥ずかしい姿を勝手に撮影されて怒っていたはずなのに、心の底から悲しそうな顔をした大吾さんが面白いと思ってしまった。行動は最低だし、本人には絶対に言わないけれど、おかずにされて悪い気はしない。咳払いをするふりをして、口元を隠してこっそり笑った。





次の日。チームで抱えていた仕事を片付けることができたので、午後は久しぶりに休みを取った。

あえて連絡せずに帰宅して、音を立てないように廊下を歩く。リビングに繋がるドアのガラス部分から室内を覗くと、大吾さんがお昼のニュース番組を見ていた。下着姿ではなく、シャツとスラックスという格好だった。
家の中でも服を着るように怒って、その時はぶつぶつと文句を言っていたのに。そして、例の動画も、渋々だけど完全に削除してくれた。
私よりも年上で、見た目も決してかわいくはない。だけど、嫌われたくない一心で素直に言うことを聞く姿がかわいくて、愛おしい。

部屋に入った私を見て、虚ろだった大吾さんの目が一瞬にして輝いた。飛びつくように抱きつかれて転倒しそうになりながら、さらさらの黒い髪を撫でた。


2018.7.9

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