さようならのその先


※出産の描写があります(微グロ)
死ぬけど転生しちゃう峯さん
何があっても大丈夫な方はどうぞ!



彼が、峯義孝が、死んだ。

妊娠しているのがわかったのは、それからすぐのことだった。幸いなことに、しばらく働かなくても生活していける貯えがあった。
皮肉だった。彼がヤクザでなければ、きっと屋上から転落して死ぬこともなかった。だけど、ヤクザの彼のもとで働かせてもらったから、私は今も生きていけるし、お腹の子を授かることができた。

白峯会の役員たちは警察から事情聴取を受けたけど、平社員だった私は、そういった調べを受けることはなかった。
そして、彼の死の間際まで一緒にいた人が事の顛末を話してくれた。私にはスケールが大きすぎて、よくわからなかった。組織にとって許されないことをして、そのけじめのために死んだのだと知って、彼らしいと思った。


彼にとって、私は恋人なのか、愛人なのか。それとも大勢の部下の一人にすぎないのか。ついにわからずじまいだった。
私にとって彼はかけがえのない存在で、愛していた。そんな彼を突然失って、たくさん泣いた。情緒不安定になって、一時期は真剣に自殺まで考えた。
それでも時間の経過とともに心の傷は癒えて、これから母親になるのに泣いている場合ではないと気づかされた。母親学級やマタニティヨガに通うようになって友達もできて、それなりに充実した毎日を過ごした。


予定日を超過して数日が経って、ついに先生から計画分娩に移行しましょうと指示があった。できることなら自然に産みたかったけれど、指示に従うしかない。早速入院して、翌日に促進剤を投与することになった。



「うっ…ん…」

その日の深夜、腹部の痛みで目が覚めた。額にうっすらと汗をかいていた。偽の陣痛の存在を聞いていた私は、これがそうなのだろうと思い込んでいた。でも、それから一時間ほど経って、規則的な痛みに変わっていった。

「あれっ」

ナースコールを押しても、音が出ない。いくら夜中でも、こんなことがあるわけない。何かがおかしかった。重たい体を起こして廊下に出ると、そこは明かりすらついていなくて、しんと静まり返っていた。

「誰かいませんかー!」

何度か叫んでも一向に返事はなく、不気味なくらい静かだった。隣の病室を覗いても誰もいなくて、あったのは空のベッドだけだった。昼間は人がいたはずなのに、私以外の人間が消えてしまったのではという感覚に陥った。

院内を徘徊しているうちに痛みが増して、立っていることも辛くなってきた。ふらふら歩きながら自室のベッドに戻った。
お金を払って入院しているのに、必要な介助を受けられないなんてひどすぎる。初産婦を放置する病院が病院と言えるだろうか。段々と怒りがこみ上げてきたけど、それをぶつける先がなくて、じっと黙って痛みに耐えた。


「痛っ…痛い…」

痛みを感じ始めて、数時間が経っていた。何もかも初めてな私は、自分がどういう状況なのかを理解できなかった。確かにわかったことは、痛みが徐々に強くなって、間隔も短くなっているということ。たぶん、順調に進んでいるんだろう。
だけど、このまま一人でこの子を産むんだと思うと、不安で心細かった。

「義孝…」

もういない人の名前を呼ぶ。生きていたら、彼はここにいてくれただろうか。そんなことを考えてもどうしようもないのに、心から愛していた彼のことを思うと、気分が紛れる気がした。


突然、生温かい水が、ばしゃばしゃと流れ出た。もうすぐだ。あともう少しで会える。そんな気がした。

「はあ……はぁっ…」

子宮口がどのくらい開いているのかも、いきむタイミングもわからない。だけど、どんなに痛くても、極力息を止めないように努力した。産道を通る時は赤ちゃんも苦しいのだと何度も母親学級で習ったから、酸素を送るイメージで、ふうふうと唸った。


「あーーっ…」

破水してからどのくらい時間が経ったのか、痛みの間隔がほとんどなくなっていた。もう痛いと口に出すこともしんどくて、ひたすら呻き続けていた。

「うぅっ!!」

股間に何かが挟まった。はっはっと浅い呼吸を繰り返して、力を入れたくなる衝動を堪える。恐る恐る手を伸ばすと、丸い形をした頭に触れた。一番大きなところが出たとわかって、ふうっと息をついた。
お腹に軽く力を込めると、小さな体がするんと抜けた。その瞬間、大きな産声が部屋中に響いて、涙が出た。

「男の子だ…」

体液と血液で濡れたままの体を抱きしめた。



母親学級で見た出産のビデオを思い出しながら、見よう見まねでへその緒を縛る。沐浴用の小さな湯船に張ったお湯で慎重に体を洗った。

「ふふ…義孝にそっくり」

目鼻立ちがはっきりしていて、とてもかわいい。ふっくらしたほっぺのすぐ上にある頬骨は、ほんの少し出っ張っている。男の子は母親に似るというけど、私に似ているところは見つけられなかった。


すっかりきれいになった体を拭いて、清潔なタオルで体を包むと、ぐっと赤ちゃんらしい格好になった。

「うん。これでいいかな……ん!?」

両腕に抱いていた体が突然重みを増して、驚いた私は、わが子を汚れたベッドの上に落としてしまった。

みるみるうちに手足が伸びて、髪の毛が生えて、顔つきも赤ちゃんのそれではなくなっていく。まるで、CGで作られた映像を見ているようだった。何が起こっているのか全然わからない。

「義…孝…?」

似ているなんてものじゃない。私の知っている義孝より若いけれど、はっきりと面影が残っている。それに、いつか写真で見た幼少期の姿そのものだった。


「唯子…?」

名前を呼ばれて、彼が死んだはずの峯義孝だと確信した。非現実的で、ありえない光景。だけど、そうとしか考えられなかった。ベッドから降りて、おぼつかない足取りで近づいてきた体を、両腕で支えた。
少年の姿になった義孝は、私よりも背が低かった。私の病衣の胸元部分をそっとはだけさせると、胸に顔をすり寄せて乳首を咥えた。出産直後に出るお乳を赤ちゃんに飲ませるようにと教わったのを、今頃になって思い出した。

「私から産まれてくるなんて、何考えてるの!?」

涙声で叫んでいた。二度と会えないと思っていたのに、こんな形で再会できたことが信じられなかった。嬉しくて、涙がぼろぼろこぼれた。

「色々、大変だったんだから…っ」

やっと胸から離れた彼の唇に、乳白色の液体が付着していて、それは私の体から出たものだと気がついた。

「すまなかった」
「義孝…義孝…愛してる」
「唯子、俺も愛してる。もう離れない」

そう言って私を抱きしめた彼も、涙を流していた。月明かりが差し込む病室で、互いの体を強く抱き合った。





それから一週間が経って、無事に退院した私は、彼を連れて自宅へ帰った。

「その肌着は着たくない。チクチクする」
「かわいくてつい買っちゃったけど、やっぱり素材で選ばないとだめね…」

日中は赤ちゃんの姿で、うんともすんとも言わない。それなのにどういうわけか、夜になると成長した少年の姿に変わる。そんな怪奇現象にも、数日一緒に過ごしたら慣れてしまった。肉体は一つしかないのに二人の義孝がいる、おかしな共同生活だった。

「義孝」
「なんだ」
「私…幸せだよ。あなたが息子になるとは思わなかったけど」

私が嬉しそうに話すのを聞きながら、彼は気難しい顔をした。あの眉間のしわは少年の頃からあったのかと思うと、笑いそうになった。

「俺は唯子のことを諦めてない」
「そうは言っても、法律上は親子だもの」
「法律なんてクソ食らえだ」
「汚い言葉を使うんじゃありません」
「…母さんがそう言うなら、仕方ないな」

義孝は茶化すように呟いて、ベッドに横になった。
彼の言い分は理解できる。愛し合っているのに結ばれないなんて、これ以上に残酷なことはない。私だって恋人になれるものなら、そうしたい。
だけどこれはきっと、彼が犯した罪への罰。感の鋭い彼はそれをわかっている。だから、私は一緒に生きていけるだけで幸せだった。

「愛してる、唯子」
「義孝…私も愛してる。もうおやすみ」

彼にはもう二度と辛い思いなんてさせない。誰よりも愛情を受けて、望まれて生まれてきたんだと教えてあげる。そして、私の一生をかけて愛すると誓う。それが、彼の恋人であり、母親の私にできることだから。


2018.6.27
タイトル:腹を空かせた夢喰い

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