頂き物 | ナノ


 山積みになっていた報告書の確認を終え、朔弥は大きく溜め息をついた。
 ここ数日、妖怪退治の要請が続いたこともあり、溜まりに溜まった執務に朝から掛かりきりになっていた。一息ついたところで昼を大きく回っていたことにようやく気付く。おそらく克悠や咲良も似たような状況だろうと考えて、克悠の決裁が必要な書類を纏めて室を出る。

「あ、朔弥!」

 室を出てすぐのことだった。廊下の先から咲良が朔弥の姿を見つけて駆け寄ってきた。

「良かった! 今呼びに行こうと思ってたんだ」

「そうでしたか。奇遇ですね」

 頷きを返す朔弥に、咲良は笑みを返しながら首を傾げた。

「朔弥も仕事終わったんでしょ?」

「はい。姉様も?」

「もっちろん! 私にかかればあれくらいの量は楽勝楽勝……っと」

 言葉半ばで響いたお腹の音。一瞬沈黙した咲良は苦笑しながらお腹をさすった。

「さすがにお昼抜くと辛いよねえ。あ、朔弥もお昼まだでしょ?」

「はい」

「じゃ、克悠も呼んで何か軽く食べよっか。さすがに夕飯まで保たないもんねえ」

「そうですね」

 頷いて、朔弥は咲良と並んで歩き出した。

「っとと、危ない危ない」

 他愛のない話をしながら歩いていると、いつの間にか克悠の室を通り過ぎるところだった。互いに顔を見合わせ苦笑し、咲良が声を張り上げた。

「克悠居るー?」

 返ってくる声は無い。首を傾げた咲良は「入るよー」と声を掛けて襖を開けた。

「あー……」

「あら」

 襖の向こうにあった光景に咲良は苦笑し、朔弥は目を丸くする。
 机上に積み重なった書類。決裁済みのそれらに挟まれるような形で、克悠が机に突っ伏していた。
 一瞬焦った朔弥は、しかしかすかに聞こえる寝息に困り顔で小さく息を吐いた。

「疲れてたんだねー。まあ無理もないか」

「ええ。ここ数日働き詰めでしたから……体を壊さないか私も気になってました」

「これは食事の前に睡眠が良さそうだね」

 起こすのも忍びないしと続け、そうっと机の上の書類の束を片付ける咲良。それを手伝いながら朔弥は口を開いた。

「けれど、きちんと布団で休んだ方が良いのではないですか?」

「それもそっか。うーん……一旦起こす?」

「気持ちよく眠っているところを起こすのは気が引けますが……克悠の為にもそれが良いかと」

 声を潜めた会話で、二人はそう結論付ける。
 振り返れば、決して楽な体勢ではないだろうにすやすやと眠る克悠の姿。起こすと決めたものの、やはり躊躇いがあった。
 そんな朔弥の葛藤を知ってか知らずか、咲良は遠慮なく克悠の肩を揺すって起こす。

「ほらほら起きるよ克悠ー」

「う……」

「あ、あのもう少し優しく起こしてあげた方が」

「大丈夫大丈夫。克悠ー?」

 容赦なく揺さぶられる克悠を少し哀れに思いながらも、結局朔弥はそれ以上止めなかった。ゆっくりと克悠が目を開けたというのも理由の一つだが、咲良らしいと思ったのもまた事実。
 他愛のない会話や遠慮のないやり取り。そんな日常が、何だかとても愛おしかった。

「あれ……咲良に……朔弥? 何で……」

 ようやく身を起こし、半分寝ぼけ眼で咲良と朔弥を見やる克悠に視線を向け、朔弥はゆっくりと口を開いた。

「おはようございます、克悠」

 労いと感謝が伝わればいい。そう願いながら――。







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