あららぎ(仮) | ナノ
01

自分の感覚を疑った。
あれだけうるさかった周りの音が消え、腹部のあたりがやけに熱い。いや、“やけに”なんて言葉では言い表せないほどの熱を感じた。
『なんで……』
「ふっ」
目の前で刀を握っているその人は、私の体にまっすぐ刺さった斬魄刀を、体の中身をえぐり取るようにかき乱した。
『う、ぁあぁあああああ』
ニナの右手にあった斬魄刀“暁”がゆっくり地面と落ちていく。同時に、体を貫いていた斬魄刀も勢いよく引き抜かれた。
さきほどの熱とは引き換えに、今度は熱も感じないほどの痛み。加えて血は一気に体内のそれがなくなりそうな勢いで流れた。
しかし、自分の体がどうだろうと、もういい、とニナは投げやりになっていた。
静かに地面へと落ちていく体を、支えようとする体力も、気力も、残ってはいなかった。
「さらばだニナ」
男は笑っていた。
その笑みは、もはやニナの知る人物ではなかった。ニナの知る人は、少なくともそんな、冷たい笑い方はしない。
『お……とう、さ……ま、』
倒れ際、それまでの記憶が流れるようによみがえった。短かったが、楽しく、幸せだった毎日。
その日常は嘘だったのだと、偽りのものだったのだと、確信した。
確信してももう、遅いのだけれど。
ニナは、自分の頬を、涙が流れていくのを感じた。悲しいのか、むなしいのか、怒りなのか。
わからないもういい疲れた。
遠くで声がするのも、誰かが手を握ってくれているのも、いろんな人の霊圧を感じているのも、意味はない。誰だっていい。
だって、尊敬していた父から、見放されたのだから。


*****
十三番隊には、ほとんどの隊士が足を踏み入れることのない部屋がある。
禁止とされている、というよりはむしろ、暗黙の了解のうちに入られなかったものが、いつのまにか入室禁止という認識になってしまった部屋である。
そうなってから、もう12年になる。
今では海燕と浮竹くらいしか、用もなく入る者はいなくなった。
海燕がその部屋の間で、静かにふすまを開ける。
6畳ほどの部屋の中央に布団が1枚敷かれていて、色白の女性が眠っている。水色の髪は長く伸び、色白の肌は、透き通ったような美しさだった。
「早く目を覚ませよ、ニナ」
聞こえているのか、聞こえていないのかはわからない。
ニナが意識を失ってから、浮竹の病状も悪化し始めている。十三番隊全体的に見ても、士気は下がっていた。
「お前の家族は、あいつだけじゃないだろ。俺たちだって、いつもお前の家族だ」
父に刀で貫かれ、そのまま目を覚ますことはない。その気持ちを考えると、胸が痛くなった。
その気持ちを一変するように、海燕が部屋の窓を少し開ける。
 するとすかさず、遠くから誰か。
「志波副隊長! 副隊長!」
1度呼べばわかるってのに。口には出さず、海燕はふすまを開けて部屋の外に出た。
そこへ、ダダダダ、という足音とともに、隊士が現れる。
「俺はここだ、」
「副隊長、実は、」
「ばか。あっちで聞く。ここでは静かにしろ」
すみません、と頭を下げる隊士だったが、本来なら、ここで静かにしなければならない理由などない。
ただ、ニナに声が聞こえてしまえば、この世界にいよいよあきれて、生きることをやめてしまうのではないか、という思いがぬぐえなかったのだ。

海燕が呼ばれた理由は、実に簡単だった。
日頃から小さな小競り合いが絶えない虎徹清音と小椿仙太郎の、まれにみる大喧嘩を止めてくれ、というものだ。
ため息交じりに現場へ駆けつけてみると、二人は隊士に抑えられ、引き離されているところだった。
喧嘩のわけをきき、どうしたものかとさらにため息をついたところで、今度はもと来た方から、なにやら陶器が割れる音。間髪入れずに続く「浮竹隊長!?」の声。
「あ〜、もう。なんだっていうんだ今日は」
いつもは静かな隊舎内が、少し騒がしい。
とりあえず清音と仙太郎をその場に残し、音のした方へと急ぐ。
「浮竹隊長、どうかしましたか、」
庭から駆けつけると、廊下で立ち尽くす浮竹。その後ろで隊士が、浮竹が落としたであろう湯呑の割れた破片を回収している。
『海燕、さん?』
嘘だろ。海燕は耳を疑った。
浮竹に焦点をあてていた目を、慌てて声のした方へ。そこには、先ほどまで無表情で眠っていたニナの姿が。
12年間眠ったままだったニナが、―――
「ニナ」
「ニナ!」
海燕と浮竹が同時に叫び、同時に部屋の中へ走った。
長く動いていなかったせいか、ニナの動きはゆっくりだ。
起きようとするニナの体を支えてやり、海燕は隊士にお茶を用意させた。
『私、』
「いいんだ、ニナ。今はまだ何も考えなくていい。またここへ帰ってきてくれた、それだけで、俺も海燕も、隊のみんながうれしいんだ」
事態がうまく呑み込めないニナは苦笑いだったが、まあいいだろう。
これからゆっくり話さなければならない。ニナの父のことを。


*****
 「なあ、海燕」
 浮竹と海燕は月明かりの元、珍しく遅くまで話をしていた。ニナが目を覚ました晩のことである。
 「ニナが意識を取り戻さなかったのはきっと、父との関係に絶望したからだろう、」
 ではなぜ、今、意識をとりもどしたのだろう。独り言のような、問いかけのようなどちらともとれないトーンでつぶやけば、一呼吸おいて海燕が返事をした。
 「……俺たちのことを思い出してくれたのであれば、うれしいですけどね」
 体のことを考え、お茶を飲む浮竹にたいし、海燕は酒をたしなんでいる。はじめのうちは、海燕も浮竹を気遣ってお茶を飲んでいたのだが、さすがに長い付き合いである、今はこうして海燕は酒を飲み、浮竹がたまに酒に付き合うくらいである。
 「だが今日のニナは、どこか……寂しそうだった」
 「ええ、遠慮なのか困惑なのか、それとも……」
 海燕は最後まで口にしなかった。そして、浮竹も海燕の言いたいことはわかっていた。
 昔、浮竹がニナを預かり始めたころ、彼女は周囲を信頼することができなかった。浮竹、海燕をはじめそのほかの十三番隊隊士たちのことを。
 それは、ニナの境遇がそうさせたのだが、何年もかけて明るく優しい本来の彼女を見ることができるようになった。
 しかしそれがまた、心を閉ざしてしまいそうなのだ。
 「あの子が心を取り戻すには、少し時間がかかるかもしれないな」
 体の傷は癒えても、心の傷はそう簡単には癒えない。
 「ま、そん時は俺が面倒を見ますよ、隊長」
 「ははは、頼もしいな。俺より海燕に懐かれたら、やきもちをやいてしまうぞ」
 「なら、早く元気になってください隊長も」
 寝たきりにでもなったら、それこそニナが悲しみますよ、と。
 思慮深い部下にほほえみを返しつつ、ニナともまたこうして話す日が来るのだろうか、と不安がよぎった。


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