短編集 | ナノ
『伊月先輩、』


帰る方向が同じであるため、彼女と一緒に帰るのが毎日の習慣になりつつある。彼女―――中谷あいは、誠凛高校バスケ部のマネージャーであった。「試合を見てしびれました。私も一緒に全国を目指したいんです」と、入部届けを持ってきたことは今でも鮮明に思い出される。


『伊月先輩?』


中谷を見ると、不満そうな顔。どうかしたか、と問えば、案の定、不満そうなコメントである。


『何回呼んでも気づいてもらえないので、無視されているのかと思いました』

「いや、聞こえていなかっただけだ」


すまない、と言えば、不満そうな顔から、これから悪戯っ子のような顔に変わる。


『相変わらず、バスケ好きですねー。部活終わったら、五感まで活動停止ですか、』


ころころ表情を変えるそいつに、俺もおもわず顔がほころんでしまう。するとすかさず『にやけてますよー』と中谷から指摘がくるのだが。


『イーグルアイの伊月さーん、部活が終わるとただの聞かざるー』


そんな、どうでもいいことを即興で歌にする彼女だったが、ふと足を止めた。コンビニの前である。
どうせなら歌じゃなくてダジャレでも考えればいいのに。などと思いながら、そう言えば中谷といるときはダジャレを思いつかないな、と思い至る。部活中にダジャレを言おうものなら、部員全員から―――後輩でさえも―――黙れと言われるのだが、それが中谷になると、ただ冷たい目で俺を見るだけだ。コメントもだめだしも黙れもない、ただ冷ややかな目。


「寄ってくか?」


聞きはしたものの、返事が来る前に寄って行くものだと勝手に判断して店に足をむける。しかし、彼女からの返事は一向に返ってこず、代わりに独り言のようなものが聞こえてくる。


『アイス食べたいけど……。でも帰ったら夜ご飯だしなー太っちゃうしなーこの前もおやつ買っちゃったしなー。うーんでも食べたい』


うーんうーんと迷う中谷に、太ることを気にするような体重でもないだろ、と言いたくなるのをこらえる。言ったところで、また冷ややかな目で見られるだけだろう。うちの姉と妹で了承済みだ。


「部活で動いてるんだから、食べても罰は当たらないんじゃないか、」

『うー、そうやって私を太ら好きですね』

「そんな言いがかりつけられるなら、おごる義理もないな」


やれやれ、とコンビニから帰路へと足の向きを変えたところで、待ってください、と制服の裾を引っ張られた。


『やっぱり食べます』


子どものようにキラキラした目で。
言うが早いか、動くが早いか、気が付くと中谷は既に店の入り口に立っていた。しょうがないやつだな、と笑いながら再びコンビニに足をむけると、


『……』

「ん? どうした、入らないのか?」


入口付近で立ち止る中谷の隣まで行くと、すーっと扉が開く。そこでようやく、自動ドアに認識してもらえなかったのだ、と気が付く。顔を見ると、不満そうに口をとがらせていた。


『このドア、壊れてるんじゃないですか!』

「まあそう気を立てるなよ。アイス、早く選べ。もう遅いからな」


それにしても。そこまで背が低いわけでもないと思っていたのだが。
今さらながら、隣に立った時の彼女は想像していたよりも随分と背が低かった。いつも大きく見えるのは、それだけ頼れる存在だからなのだろうか。


『先輩、これとこれ、どっちがいいと思いますか?』

「相変わらず優柔不断だな、お前は」


ため息をつきながら、アイス売り場へ向かう。しかし、そのため息が嬉しくないわけでもなく、アイス一つ選ぶのにも時間がかかるほどの優柔不断さがかわいいな、と。その感情が何なのか、俺はまだわかっていない。


『あーでもやっぱりこっちの方がおいしそう』


さんざん迷った挙句に、全く別のものを持ち出してきた中谷に、また一つため息。


『ありがとうございます、先輩』


彼女の笑顔は、やはり俺に、ため息をつかされることが苦になっていないことを教えてくれた。





開かない扉にいじける君に、



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