その日は雨が降っていた。
十二番隊に付属された技術開発局の建物の中にもその音は聞こえてくる。
「ったく、新年度の始まりだってのに、さえない天気だな」
技局の誰かが漏らした不満を聞きながら席を立つと、行ってらっしゃいと送り出された。
今日はこれから新入隊士への挨拶をしなければならない。
行ってらっしゃいの言葉に手を振って答え、俺は技局を後にした。
無事に会も終え、―――隊長・副隊長の浮世離れした挨拶というかパフォーマンスというかは不問にしてほしい―――隊舎から技局への帰り道だった。
一人の隊士が、新入隊士だろうか、土砂降りの中たたずんでいた。
声をかける気はなかった。わざわざそういう日に傘もささずにぬれているのだから何かわけがあるのだろう、と。
すれ違い際、その女隊士が振り返った。振り返った瞬間に―――その顔を見た瞬間に―――俺の足は止まっていた。
あの日もこんな土砂降りだった
あいつの体はすでに冷たくなっていて。
周りの土は土砂降りも手伝って、彼女の血で真っ赤に染まっていた。
俺が彼女を失った日。
俺が彼女を守れなかった日。
「お前、名前は?」
俺の求める答えが返ってくるはずもないのに、そんな愚かな質問をする自分。
『長瀬るいです』
期待していた答えを得られずに、うなだれる自分。
あいつは―――あさひは、ずっと昔に死んでしまった。
その事実をまだ俺は受け入れられていないというのだろうか。
『あの、どうかしました?』
顔が似ているだけで、あさひをこの隊士に重ねてしまう。あさひはまだ、この子の中に生きているのではないか、と考えてしまう。
愚かだと思った。
あの日の憤怒も後悔も寂寥も、まだしっかりと記憶されているというのに。
『……阿近さん、』
下から、見覚えのある瞳が見上げている。ああ、やっぱりあさひだ。
『大丈夫ですか?』
「……ああ、悪い。って、人の心配をしている場合じゃないだろ、傘もささずに」
『え、あ、はい、すみません』
初対面だというのに遠慮のない受け答えに、自分自身が驚く。やはり、長瀬にあさひを重ねてしまっているのだと。
なんでこんなところに? そう問えば、長瀬は困ったように笑った。
『それが、わからないんです。ここに、十二番隊の隊舎に入ったときからすごく懐かしい感じがして。阿近さんとも初対面のはずなのに、以前あったことがあるような―――なぜか落ち着くんです。今みたいに、こんな雨の中でずぶぬれになったことが前にもあった気がして』
彼女はそこで言葉を切り、しかし寒そうに腕をさすった。
長く伸ばした髪も、まだ新しいであろう死覇装も、それらから水が滴り落ちるような状態だ。風引きたいのか、こいつは。
「コーヒーでも出してやる、ついてこい」
長瀬は、あさひの生まれ変わりなのではないか。
もしそうならば、今度こそ俺が守らなければならない。
何の根拠もない、しかし確かな責任が俺を動かしていた。
『あの、』
振り返ると、先ほどの場所から一歩も動いていない長瀬の姿。
「ばか、職場で、しかもこんな白昼に堂々とやったりしねーよ」
言えば、そうですよね、と少しだけ長瀬は笑った。そして俺との差を縮めるのに軽くかける、そのしぐさにはまだあどけなさが残っていた。
ああ、こういうところはあさひとは違うんだな、と。ただ純粋にかわいいな、と。
今頃傘に入れてやってっもあまり意味をなさないのだろうが、技局への残り少ない道のりを2人で歩いた。
似ているようで似ていないんだ
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