短編集 | ナノ
「左之、お前、このままでいいのかよ」


晩飯が終わり、食事当番の仕事をしていたときだった。いや、食事当番だだったからなのかもしれない、なつめの分の食事を用意しなかった。


「いきなりなんだ、新八」


新八の言いたいことは分かっていたが、あえてその話題には俺から触れない。触れてはいけないのだ。
なつめが新選組以外で任務を受けていることは知っているし、それは幕府から新選組に使わされたときに了承済みの案件だった。その任務内容は詳しく聞いていないが、密偵のようなことをしているのだろう。新選組幹部以外は知らないことである。


「なつめちゃんの任務のことだよ、お前はこのまま、」
「新八」


声を抑えろ、と低い声で促す。
男女の仲を築いているのに、それ以外の人間と体を重ねること。新八が納得いかないそれに、俺も快く彼女を送り出しているわけではない。


「すまねー。けどよ、あの子の任務、どうにかならないのかよ」
「……どうにかなるならとっくにどうにかなってる」


自然とため息が漏れた。
みんなきれいに食べられた、空っぽの食器。


好きな女が、他の男に抱かれているなんて考えたくもない。できることならそんな任務など受けてほしくはないし、もっと言うなら命の危険が及ぶ任務にだって……。
だがそれは、俺のわがままだ。なつめを縛って、困らせるようなことはしたくない。


「なつめは俺の「モノ」じゃない。あいつは一人の人間で、あいつにはあいつのやるべきこと、やらなきゃいけねーことがある。俺がどうこうしていい問題じゃねーだろ」


口ではわりきっているようなことを言えるのに、心に隠している本心じゃそんなこと微塵も思っちゃいない。これは新八に言っているのではなく、自分に言い聞かせているのだと思い知らされる。


「酒でもいれねーか、新八」


洗い残しが気になるような雑な皿洗い。そんな隣人だが、人の心を雑に扱うことは絶対しない。


「しょうがねえ、付き合ってやるか」


まあ、酒に誘って断られたことはほとんどないのだが、それには触れないとしたものかな。








『ん、』


みんなが寝静まった頃、酔い覚ましもあって部屋のふすまを全開にしていると、綺麗な月が見えた。そのまましばらく見入っていたところに、なつめが任務から帰ってきたのである。酔いはほとんど覚めていた。


「、すまねー、」


覚めていたから、自分の余裕のない行動に驚いた。任務帰りのなつめの唇をいきなり奪ったのだ。しかも強引に。


「、」
『……お返しです、』


彼女からの口づけはとても甘かった。強引などでは決してなく、優しく、そっと。そして、ごめんね、と彼女も謝る。


あなたじゃない人と体を重ねてごめんね。


一番つらいのは俺じゃない、なつめのほうだ。
しかし、さらに彼女を傷つけることしかできない自分。俺は、彼女を包むべき存在であるというのに。


「お前が謝ることじゃねーよ」


だけど、今日は余裕がねーんだ。
そのまま―――任務帰りのなつめを連れたまま、ふすまを閉めた。


「お前の立場は理解しているつもりだ。……だが、やっぱり他の男に抱かれるのは」


―――悔しい。


『左之さん?』
「帰りたいなら今しかねーぞ、」


言いつつ、彼女を押し倒してまた口づける。ほかのやつの唇がここに触れている、なつめに触れている。
いつもなら抑えられる感情を、なぜか抑えられない。


『やっぱり、ごめんなさい、です』


細くて白い、冷たい手が俺の頬にふれていた。


『遅い時間にごめんなさい。けど、私、今一人になりたくない、』


そこまでしか聞こえなかった。いや、言わせなかった。彼女の唇を奪い、帯をゆるめ、着物に手を伸ばす。白い肌は、暗闇によく映えていた。


『ん、ふ、』
「感じてくれるのは嬉しいが、あんまり大きくするなよ」


言ってはみたが、俺に余裕がないことは確かで。なつめの声を聞きたいのも確かで。


静かな、しかし熱い夜に、俺たちは愛を感じた。










「疲れてたのに、悪かったな」


隣で目を閉じているなつめに、そっと声をかける。起きていたら聞こえているだろうし、眠っていたら、聞こえていなくていい。


『また謝りました、左之さん』


眠そうな声でそう答え、彼女はゆっくり目をあけた。


『言ったじゃないですか、一人になりたくないって、』
「そーいや、そんなことも言ってたな、」


そう返すと、なつめの口が俺の耳元にあった。誰にも聞こえないようにそうしているのだろうが、周りに起きているやつなんていない。


『左之さんのせいですよ』


耳にかかる息がここちよい。


―――左之さんのせいで、左之さんの前でしか女になれない。



赤い君は僕しか知らない



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