最近、左之さんと話せてないなーとため息。
私も左之さんも幕府に仕える身、それは仕方のないことなのだが、やはりできることなら彼と一緒に居る時間がもっと多ければいいのに、と思ってしまう自分がいる。
「なつめ、聞いているのか?」
『っ、すみません』
「お前は幕府の中でも重要な任務を負っているのだ」
その次に来る言葉は容易に想像できた。どうせ、切り捨てろって言うんだ。
「任務に支障がでるようなものは切り捨てろ。お前にとって任務は絶対だ」
『……』
小さい頃からそう言われ続けてきた。物心つく前に親から捨てられた私は忍者として育てられてきた。毎日修行して、最初に幕命をうけた日から、密偵として過ごすことが当たり前になっていた。そんな時に、新選組に名を置くことになり、私の人生は変わった。
私にとっての何かを、いくら育ての親だからと言っても、勝手に決めつけるのはやめてほしい。
「わかったら去れ。次の任務、失敗したら……わかっておるな?」
返事をするかわりに黙って頷く。そのまま音もなく部屋を出た。
新選組の屯所についたときには、陽が落ちてからだいぶたっていた。晩御飯の時間はとっくの昔に終わっている。今日の食事当番であった総司と一君には伝えてあるから、今頃は後片付けでもしているだろう、と。
次の任務のことを考えると、足が重くなる。
「やっと帰ってきたか、なつめ」
『左之さん、』
1人、夜空を見上げていたその人。夜遅くにこんなところで何をしているのだろうか。その疑問はすぐに解決されるのだけれど。しかもとても嬉しい答えで。
「お前がしょげて帰ってくるんじゃねーかと思ってな。案の定だったみてーだが」
言いながら私の方に歩を進める。
何故か急に目頭が熱くなって、あわててそれを抑えた。
私は忍。しかも密偵の任を負うもの。心を悟られてはいけない。敵にも、仲間にも、……左之さんにも。
ポン。頭の上にぬくもりを感じた。
大丈夫だ、と言われているようだった。彼は何も発していないのに、私の心はあたたかく満たされる。そんな彼が好きだった。いや、これからもずっとその思いは変わらない。
けど、それができないのなら―――
『左之、さん、』
その人を見上げたことで涙が一粒頬をつたう。
次の任務は、「女」にしかできない。体を売ってまで手に入れる情報、重要な任務であり、失敗はほとんど死を意味する。
男女の行為に抵抗を感じるような育てられ方はしていないのだが、新選組と、左之さんと出会ってから、「愛」を知った。その人のための女でありたいと思った。
『私、』
何を切り出せばよいのか。わからないのに口は何かを伝えようともがいていて。任務の内容は口外できないっていうのに。馬鹿だな、私。
「あいかわらず馬鹿だな、お前は」
何か切り出そうとして何も切り出せない私の頭を、くしゃくしゃにするその人。
『まだ何も言ってません』
馬鹿だということは自覚していたが、左之さんに言われてささやかに抵抗してみる。彼は優しいような悪戯のような微笑を浮かべるだけ。
「お前の考えてることなんて、たいてい顔にかいてある」
『そんなこと―――』
ない、と続けようとしたのにそうすることはできなくて。
すぐ目の前に、隣に、真上に、左之さんを感じた。においとぬくもりと。
「なつめがどこにいようが、誰であろうが、どんな任務をしようが、俺の想いはかわんねーよ」
大好きな人。大切な人。頭の上から聞こえる声が心地いい。話すたびに頭の上から振動が伝わってくる。
「何があっても笑わせてやる、何があっても支えてやる、何があっても守ってやる」
ぎゅっと腕の力が強くなったのがわかった。
左之さんから離れようとした私の心を知っているかのように、逃がさないと言っているかのように。
―――だから、俺から離れるんじゃねーよ
赤い紐で真結びしましょう
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