短編集 | ナノ
タイムマシーンがあったら、いつに帰りたいですか、なんて。きっとゲンマさんは答えてはくれないだろうなー。過去に帰るより、今をどう切り抜けるかを考えろって言いそうだなー。
んー、そう考えると私もタイムマシーンに頼らないで今を生きなきゃなって思うけど。……でも戻るとしたら、








任務から帰ると、部屋の明かりがついていた。新しく引っ越した部屋は住人が俺一人ではないため、明かりがついていることなど珍しくないのだが。
「今日は遅くなる」と言っておいたはずなのにな、と玄関の扉を開ける。すぐにテーブルで眠っているハルを見つけた。一応ひざ掛けをかけてはいたが、こんなところで寝ていたら風邪をひくだろう、と小さくため息。


起こさないように彼女を抱えて寝室へと向かう途中、ハルが毎日のようにつけている日記が目に入った。しかも開かれたままである。
人の日記など見るつもりはなかったのだが、文頭からタイムマシーンなどと書かれていたために、ついつい読んでしまった。


タイムマシーンがあったら、ハルはどこに戻りたかったのだろうか。


ちょうどそのあたりで眠気が襲ってきたのだろう、途中で日記が終わってしまっている。だが彼女の戻りたい過去は分かる気がした。戦争の真っただ中。ハルがずっと後悔している、自分を責め続けているあの日に。


「お前のせいじゃないってのになあ、」


2人入っても十分な広さのベットに、ハルをそっと寝かす。そのまま隣で眠りたかったが、任務の格好のままというわけにもいかない。風呂に入るために立ち上がった。








いつの間にやら眠ってしまっていたようだ。起きると隣にゲンマさんがいた。昨日は遅くまでの任務だったためか、私が動いても起きる気配はない。


少しだけでもおしゃべりしたかったな、と任務に出る用意を始める。そこで目の端に入る日記帳。その隣に置かれたメモ用紙のようなもの。


ハルはよくやってる
あんまり自分を責めるなよ


ドキリとした。そこでようやく、昨夜テーブルで寝入ってしまったことを思い出す。日記を全部みられてしまったのだろうか、とページをめくるが、そうしたところでわかるはずもなく。


けど、ゲンマさんはそんなことしない。きっとこのページだけだろう。
結局は疑いよりも信頼の方が勝るのだけれど。


『ありがとう、ゲンマさん。けど、後悔ばかりしているわけじゃないよ』


寝室に向かって、その人を起こさないように小さく言ってみる。整ったきれいな、今となっては見慣れた文字の下に自分の文字を付け足して。行ってきます、と部屋を出た。










起きると日がだいぶ高くにあった。もちろんハルが任務に出た後で、部屋には自分一人である。とりあえず何か腹にいれようと立ち上がった。
昨晩は気が付かなかったが、キッチンには鍋が置いたままになっていた。中には肉じゃがが入っている。それを温めてからテーブルにつくと、昨日置いてあった日記帳がなくなり、しかし適当に探し出してきた紙は置いたままだった。


任務行ってきます。
肉じゃが、温めて食べてください。
それと、タイムマシーンを使いたい気持ちもありますけど、使いたくない気持ちもあります。後悔することは今でもたくさんあるけど、後悔ばかりの人生でもないので。
任務、気を付けて行ってきてください。


女性らしい、少し丸っぽい字で書かれたそれは、今朝早くに起きて任務に行ったであろうハルのものだった。
後悔ばかりの人生でもないので。
そう書かれてあったことが少し嬉しかった。自然と笑みが漏れてしまったのだが、俺のほかにこの部屋にはだれもいない。


それからしばらく忍具の手入れなどに時間を費やし、額あてをつけた。今日は夜の任務である。
同じ場所に住んでいるのに、話せない日が続くのは寂しい。










肉じゃがうまかった
ハルの中に、後悔以外のものがあるならよかった


任務から帰ると、朝付け足した言葉のさらに下に言葉が付け足してあった。会えなくて寂しい気持ちの方が強いが、こうして言葉のやり取りをするのも悪くないなーなんて。
二人で暮らしているからできること。


時計は深夜の領域に達している。朝日が上るころには彼も帰ってくるだろう。
久々にゲンマさんと向かい合って話ができる。そう思うと任務の疲れもどこかへ消えてしまう。何か月も会えなかったわけでもないのにな。


風呂、晩ごはん、と日常業務を終え、いつものように日記帳を開いた。今日は何を書こうか、と前のページをめくる。
そういえば、タイムマシーンの続き書いてなかった。
ペンを握り、文字を走らせ、








タイムマシンがあったら、戻りたい局面はいろいろある。でも一番戻りたいのはやっぱりあの日。ソラトとカトラがいなくなった日。
ただ、タイムマシーンを使ってしまったら……ゲンマさんに会えないかもしれない。今の幸せな時間が無くなってしまうかもしれない。今まで後悔することは山ほどあった、失敗は数えきれない。たくさんの犠牲の上に私はいて、けどそれがあったから今の私があるんだなって思うから。
不謹慎なのかもしれない。
ゲンマさんの隣にいたい。


朝、部屋に戻るといつかみた光景がそこにあった。
テーブルで眠っているハル、開かれたままの日記帳。
文頭はタイムマシーン。


「風邪ひくだろうが、」


怒ってはみたものの、声に怒気が含まれていないことがすぐにわかる。怒ってみても、ハルが眠っている以上意味はない。それになにより。


「お前がタイムマシーンを使おうが使うまいが関係ねーよ」


どんな形であろうと、俺はハルを愛してる。


タイムマシーン



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