生まれ故郷へ向かう当日の朝まで、心配性なメンバー―――美希や文弥をメインに、過去を知っている幹部たち―――に「無理していかなくてもいい」と説得された。よっぽど顔色が悪かったらしい。
実際のところ行きたくはなかった。
まだ記憶もない段階で、祖父母を死に至らしめてしまった疑いがあるし、両親や村の人を全て凍らせてしまったという偽りようのない事実もある。
「覚悟はいい? リン」
でも、正守は―――いつもは過保護な正守は、今回は「行くな」とは言わなかった。
『大丈夫。過去と向き合う。受け入れる』
「うん」
じゃあ出発。
正守の爽やかな号令とともに、正守と私を乗せたマンタ?(蜈蚣作)が出発した。
村を出て以来初めて立ち入る故郷は、昔の面影を残しつつ、でもやはり様子は違っていた。20年近くたっているのだから当たり前か。
妖混じりの女の子がいる家は、山に近い家のようで、私の生みの両親がいる家を通り過ぎなければならない。
両親と顔を合わせるかもしれない。母親のお腹の中にいた弟もいるかもしれない。どんな顔をすればいいのだろう。家を通り過ぎるまで、心臓はずっとせわしなくて、頭の中も真っ白で。
「リン、」
名前を呼ばれていることに、しばらく気付けないほどには動揺していた。
『、』
「大丈夫。ゆっくり息を吐いて。そしたら吸って」
しばらく立ち止まっていたのだが、私の呼吸が整ったことを確認して、正守が家を指さした。紛れもなく私が生まれた家だった。
「君のご両親。それから、弟さん。去年結婚したんだって」
私たちに気が付いたのか、怪訝そうにこちらを見ている。
正守が会釈をしていた。私はただよくある幸せそうな家族をじっと見つめるしかできなかった。
『そっか、記憶、ないんだよね、この村の人たち、私の』
「ああ」
すーっと涙が流れたのだけど、何に対しての涙なのかも、どんな感情なのかも、どこから手を付けていいのかわからないくらい気持ちがぐちゃぐちゃだった。
『正守、苦しい、』
「うん、大丈夫。リンは頑張ってる」
息がととのうのを待って、少しずつ坂道を上った。
歩いていくうちになんとか平常心を取り戻せたようで、妖混じりの女の子の引き取りは問題なく終わった。
所謂「赤ちゃん」を抱くのはほぼほぼ初めての体験で、抱く前は少し緊張した。でも抱いた瞬間に、体温の心地よさを感じた。私よりは少し体温が高いのだろうが、でも普通の人に比べると体温がだいぶ低い―――雪女の妖混じり特有のようだ。
『こんな小さな子、大丈夫かな』
「その子を幸せにできるのは、リンが一番だと思って」
『自信ない』
「俺が保証する」
優しく笑っている正守が、なんだか格好良くて。
そういえばここ最近、正守に頼りっぱなしだったな、と。少し照れ臭くなって。
『ねえ、少し寄りたいところがある』
「どこ?」
『祖父母のお墓。謝ってくる』
「そうくるだろうと思ってた。調べてあるよ」
先導する彼の後ろを歩きながら。
ああ、今日は随分と下調べをしてくれていたんだな、と。また心が温かくなった。
両親のこととか、弟のこととか、村の様子とか、きっと細かく調べてくれていたのだろう。
『やっぱり過保護だね』
「ん? なんか言った?」
『何も。この子の名前、どうしようか』
謝ったところで、過去が変わるわけではないけど。
私が奪ってしまった分を、少しでも返せるように。
故郷の話をしよう02
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