短編集 | ナノ
簡単な任務のはずだった。
3人1組で、妖退治。妖のクラスは下級。1人でも倒せるレベルらしい。

そんな任務の最中に、問題は起きた。

『ねえ、ちょっと開かないんだけど』

小さな小屋の中に、突然閉じ込められた。しかも味方であるはずの裏会の人員に。ちょっとしたいたずらだろうと、初めのうちは適当に待っていたのだけれど。扉は一向に開かれる気配がない。

『小屋に閉じ込めるって、どんな幼稚な嫌がらせよ』

なんて悪態をつきつつ、小屋から脱出するべく、壁に手をあてた―――開かない。
何かしらの力が加わっているらしい、能力を使っても壁はびくともしない。

そこで一緒にきた二人の能力を思い出す。一人は妖混じり。もう一人は……結界を操れる。なにか札でもはったか。

『こんなの、正守の結界に比べたらなんでもないんだろうけど』

でも、とりあえず小屋からは出られない。正守の結界の方がすごいと言ったものの、その評価基準も分からなければ、結界の壊し方もわからない。そっちの方面には強くない。だから正守の結界と比べてどこがどう勝っているのかなんて知る由もない。だから「すごい」とかいう曖昧な表現になる。
つまりは、ただ単に悪く言っているだけだ。

はあ、どうしたものかな。
もうじき日が暮れる。
窓から差し込む日だけが、今得られる唯一の情報源だった。





どれくらいたっただろうか。
辺りは真っ暗だ。
しばらくしたら飽きて小屋から出してくれるだろうと待っていたのだが、いつの間にか寝ていたようだ。

任務は終わったのだろうか。
私はいつまでこのままなのだろうか。
なぜ、こんなことを?

そこで不意によみがえる、昔の記憶。
―――私は、必要ないんだ。

昔の記憶。
まだ裏会の存在も知らないころ。自分の力も自覚する前に、同じような小屋に入れられた。土地神様の力を戻すための生贄だった。
今だからわかる。あのとき、父も母も、悲しむ素振りも見せなかった。
私は必要ないんだ。
暗い暗い小屋の中で、そう感じた途端に、何もわからなくなった。

自分の意志はどこかに消えて、獣のように本能の赴くまま。
知っている人も知らない人も、出会った人は見境なく氷漬けにした。なぜそうしたかったのかはわからない。ただ、出会った人はみな氷漬けしなければならないという半ば使命のようなものだった気がする。

そうして、一晩中歩き回って、歩き回って。
みんなを氷漬けにしても、心の中の寂しさは消えなかった。

私は誰にも必要にされていないのだと。





「リン?」

扉が開く音がして、名前が呼ばれた。知っている声の気がする。誰だろう。

「リン、大丈夫か?」

その人は近づいてきて、私の肩に触れた。そうして私の顔を覗き込むその人。目が合ってその人が正守だということを認識した。

『まさもり、』
「ひどい目に遭ったな、」

頭の上に大きな手が置かれた。暖かいぬくもりを感じて。私を探しに来てくれたということを理解して。
正守に触れようと出した手が、震えていることに今更ながらに気が付く。

『あれ、ごめん、』
「昔のこと、思い出したか」
『ちょっとね。でも大丈夫』

震える体を奮い起こして、小屋から出た。

『どうして正守が?』
「新しく創設する部隊の話、任務から帰ったらやろうと思ってんだけど、君だけ帰ってこないから」
『……なんでこんなマネするんだろうね』
「でも、結構本気だったみたいだよ」
『どういうこと?』
「小屋に張ってあったお札、結構強力なやつだった。……簡単に手に入る代物じゃあないよ」

そういってはがしたお札をみせてくれたが、前述したとおりそっちの方面は明るくないので、軽く流しておくことにした。

「あ、そうそう。他のメンバーも集まってたから、蜈蚣に乗って一緒に、―――」
『っ、』

何かの境界線を越えたのだろう。
一歩踏み出した瞬間に、体が熱くなった。

「リン、どうした!」
『妖気が、無理矢理、―――』

そこで意識が途切れた。





「リンが罠にはまった。完全変化して逃走中。捜索にあたってくれ」

一緒に来ていたメンバー―――刃鳥、巻緒、行正に指示を出す。行正と俺は昔何度かリンの暴走を止めたことがあったが、刃鳥と巻緒は雪女の妖混じりと対峙するのは初めてだ。

「罠にはまったというのは?」
「小屋の周りに、妖気を強制的に強める境界線がめぐらされていた。……気づかなかった俺が悪い」
「反省はあとにしましょう。どういう特徴がありますか?」
「男を見ると氷漬けにしたくなる、らしい」
「では、私以外の3人が標的になるわけですね」

さすがにこういった事態には慣れているためか―――裏会本部では、妖混じりの暴走は珍しいことではない―――作戦はすぐに決まった。

「リンは炎縄痕との相性が悪い。できるだけ早く見つけてほしい」

そこで違和感に気付いたのと、声がしたのは同時だった。

「巻緒がいない?」
「っ、」

一斉に声がしたほうを振り向くと、リンと巻緒がいた。
いや、リンが巻緒に口づけしている。

「え、どういう、」

驚く刃鳥に説明しつつ、俺と行正で巻緒救出へと向かう。

「ああして中から凍らせるんだ」
「モタモタしてると本当に死にますよ、巻緒さん」

すぐにリンと巻緒の間に割って入り、巻緒は行正に任せた。
リンは結界術で身動きを取れなくする。手荒だったが、衝撃を与えて意識を手放させた。先ほどの炎縄印との相性もあり、あまり完全変化を長時間させたくなかった。

「終わった、か」

リンと巻緒を介抱しながら、小屋とその周りに残された痕跡を集めた。集めたところで、犯人たちになにか制裁が下ることもないのだろうが。

「墨村さん、今回の件、」
「たぶん、最近の嫌がらせと同じ理由だろうな」

新部隊の設立にあたり、多方面から悪質な嫌がらせを受けている。おかげで立ち上げの時期も随分と後らされ、まだ設立できずにいる。

「おおかた、リンを暴走させて、そこから突くつもりだったんだろう」

しかもリンの生い立ちを再現するような演出ぶりだ。
小屋に閉じ込める―――彼女はあまり話をしないが、裏会に引き取られるとき、彼女は山奥の小屋に閉じ込められ、土地神の生贄にされるところだったらしい。その暗い過去を引っ張り出してきて、強引に完全変化させて。

さっきリンを助けた時、彼女の手は震えていた。
いつも強くて明るいはずの子が。

沸々と沸き立つ怒りはしかし、誰にもぶつけることはできなかった。





その後、原因はわからないが、巻緒の回復には3日ほどを費やした。凍ってしまった内臓がなかなか解凍できなかったようだ。それが巻緒の体質のせいなのか、リンの妖気がそうさせたのか、はたまた別の力が加わったのかわ定かではない。

巻緒も無事に回復し、リンも回復したころ、もうこれ以上仲間を傷つけられまいと、強引に「夜行」を設立した。
散々邪魔されて手をこまねいたのに、いざ覚悟を決めるとなんとかなるもので、初めからこうすればよかった、とは後の祭りだ。

だが、リンの様子がどこかおかしい。なんだか―――暗い。

「リン?」

声をかけると、その人は力なく笑った。やはりおかしい。何かが違う。

「何があった?」
『何があったって、何も』
「何もないわけないだろ。そんな……泣きそうな顔して」

言えば、逆にリンは驚いた顔をした。

『え、私? 泣きそうな顔してる?』
「気付いてないの?」

言ってるそばから、ホロホロと涙があふれている。

『え、なんで、今?』
「いや、俺に聞かれても」
『なんでもない、ほんとに、』

そういって逃げ出そうとしたリンを、しかし今行かせてはいけない気がして。細い腕をつかんだ。

「リン、」
『私って、いつも邪魔なんだなって思ったら、さ。なんか悲しくなっちゃった。でも今泣くとは思わなかった。不覚ね』

何でもないように。何も気にしていないように彼女は答える。
さっきまでの泣きそうな顔はもうそこにはなくて、空っぽの笑顔があった。
その笑顔を見た途端、とても悲しくて。

「俺は邪魔だなんて一度も思ったことないよ」
『……』
「創設メンバーが創設理由を忘れたらだめだろ」

もう何年前の話になるだろうか。


“私みたいな、帰る場所がない化け物は、裏会に従うしかないの。……裏会に踏み込むのはあなたの自由だけど、帰る家は捨てないで”

それまで強くてブレないと思っていたリン背中が、その日は頼りなくて、どこか寂し気だった。

“じゃあ、俺が、リンの帰る家を作るよ”


「ここは俺たちみたいなはみ出し者が帰る家だよ」
『私も帰ってきていいの、本当に』
「君がいないんじゃ調子が狂う」
『何それ』
「ちなみに、そうやって弱気なリンでも調子が狂う」

そういえば、ようやく彼女が笑った。

『ハイハイ。能天気に明るくいろってことね』
「たまには、落ち込んでもいいよ。そのときは胸かすよ」
『お断り』

割と冗談ではなかったのだが、即座に拒否されたので少し落ち込んだ。
芽生えていた感情はしかし、しばらく忘れることにした。忘れたことにしているうちに、本当に忘れてしまったから笑えないのだけれど。
巻緒が氷漬けにされる話



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