「え、じゃあ、リンが教育班から降りたのって、」
「そう、責任を感じて」
「カイト君は?」
「死んだよ」
そうか、もう覚えてない子や知らない子もいるんだな、と感慨にふけった。
『っ、』
「リン? リン」
しばらくうなされていたのだが、うっすらと目を開けた。リンが刺された―――カイトが死んだ次の日だった。
『ふみ、や、』
「うん、大丈夫。まだ喋らなくていいよ、傷、深かったから」
そういうと、何が起きたのかを思い出したのか、右手を顔に当てた。
『ごめん、頭領、呼んで』
話すのもまだ辛そうなのに。でも言い出したら聞かないから、こうなれば頭領を連れてきて先に話をさせたほうが彼女にとってもいいだろう。
「わかった。呼んでくるからそこにじっとしてて」
動けるはずもないが、一応そう言い残して部屋を出た。
頭領を引き連れて部屋へ行くと、相変わらず苦しそうに息をしていた。そんなリンの様子を、しかし頭領も何も言わずに好きなようにさせていた。きっとそうすることがリンを早く休ませることができるのだと考えているのだろう。この2人は長い付き合いだからね。
『いい子だったけど、どこか違和感があって。ずっと注意はしてたの』
『あの日は様子が変だった。少し目を離したすきに、火を放たれて』
『正守が捕まえた後、子供たちを刺そうとしたから、咄嗟に間に入ったんだけど』
そこまで話すのにも少し時間がかかった。でもそこから先はなかなか言葉がでない。無理もない、リンが自分の手でカイトを刺したのだ。リンが―――仲間思いのリンがそんなの耐えられるわけない。
『カイトが、私を刺した瞬間に、とても辛そうな顔をした、』
『そして、僕のことを殺してくれって』
「それで、あいつは自分で自分を刺したんだな」
リンが刺したわけではなかった。それを知って少しほっとした。どうしようもなくて、リンがとどめを刺したわけじゃなかったのだと。それならまだ幾ばくかは、リンの気持ちも軽くなるはずだ。
『止めようと思ったの、でもできなかった』
リンが泣いていた。人前で泣くようなことは滅多にしないのに。なんだか見てはいけないものを見ているような気がして―――僕にとってリンは、強くて明るくて優しくて、完璧なお姉さんだった―――退出しようとしたのだが、頭領に「ここにいろ」と目で示された。
「誰に操られていたのか、わかるか」
『ダメ、その前に自決された』
「わかった。あとは休んでいい、こっちで調べる」
『ごめん正守、』
「謝るのは俺の方だよ、リンにばかり背負わせて悪かった」
そこまで言って、頭領が立ち上がった。
「文弥、ちょっといい?」
言われるがまま、部屋の外にでると、リンの耳に入らないような音量で、しかしはっきりと頭領は口にした。
「結構責任感じてるから。一人にさせないようにして」
「わかった」
「あと、あいつ、文弥のこと信頼してるから。教える、教えられる立場じゃなくて、仲間として面倒みてやって」
「うん……?」
最後の言葉を頭領が口にした真意が分からなかったが、とりあえずリンの様子を見に部屋へ戻ると、また眠ったようだった。
「その後も大変だったんだよね、リンって食が細いから、ご飯食べてなかったのもそこまで大げさに考えてなかったんだけど。食べなさ過ぎてご飯が喉を通らなくなって」
「ほんとにあいつ大丈夫か? あんなに強いのに自分のことは管理できないんだな」
「なんて言ったかな、菊水と白菊が言うには、もともとの体が強くないから、不調に慣れすぎて不調に気が付かないんだって」
「何それ。だから文弥君が体調管理してるの?」
「まあそんなところだね。放っておくとまた食事もとらずにやせ細っちゃうからさ」
少しだけ前の話になった。
そういえばカイトはどうして夜行を貶めるようなことをしたのかな、と今でもその謎はわからないままだけど。もしかすると頭領とかリンとかの中では、糾明したのかもしれない。
「でもじゃあ、氷浦とはうまくやってほしいな」
「大丈夫だろ、あいつなら。裏切るとかそういうことはしないだろうし」
何気なく放たれた言葉だったが、なんだか妙に嬉しくて。
でも一番うれしいのは、リンがまた教育班として動いていることかもしれない。たぶん本人は気付いてないかもしれないけど、リンは教えることが好きなんだと思う。世話好きなんだろうね。
「じゃあ話し込んだ分、宿題頑張って」
「ほんとだよ、正守さっさと片づけて」
「うっせー、言われてできれば苦労しないっつーの」
楽しそうな二人を置いて、僕は今日もリンを探す。
教育担当は卒業してもらったけど、体調管理係は卒業させてもらえそうにないからね。
まったく世話の焼ける人だ、なんて。
閃の知らない少し昔の話02
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