断じて行えば鬼神も之を避く | ナノ
35一度やったし、いいよな



御陵衛士の一件の後、新選組に復帰したはずの一君は、しばらく姿を見せなかった。隊士からの反感を防ぐため、違う任務をこなしている。
紀州藩の公用人である三浦休太郎を警護するため、天満屋に滞在しているのだ。
かくいう私も、三浦休太郎の警護を仰せつかっており、定期的に天満屋に足を運んでいる。

そんなある日、左之さんと新八さんが部屋に押しかけてきた。
千鶴ちゃんは先日の御陵衛士と風間襲撃の一件で怪我をした隊士たちの看病で部屋にはいない。

『どうかした?』

襖を開けると、酒を持った2人の姿が目に入る。

「左之と2人きりにも飽きちまってよ」
「飽き飽きしてるのは新八だけじゃねーぞ」

どうやら話し相手が欲しいらしい。
最近は屯所内が暗い雰囲気で、積もる話もあるのだろう。

『その酒、もちろん私にも分けてくれるんだよね?』

そうして、夜な夜な酒飲み会が開催される。





「部下の前で愚痴なんて聞かせられねーし」
「そもそも、隊士自体減っちまって、幹部たちも忙しいみてーだしな」

そうして酒を飲み進めて、話は羅刹の話題へと向かう。

「そりゃあ、俺だって平助には生きててほしかったけどよ。だからって、あんな方法で生かすなんて残酷だと思わねえか!?」

新八さんの質問は、質問の体でありながら有無を言わさない勢いがあった。
私は首を縦にも横にも振ることができず、ただ黙って聞いていたのだが、新八さんにとっては返事はあまり関係ないようだった。

「こんな時代に、腰に大小さしてるんだ。相手を斬ることもあれば、斬られちまうこともある。そんぐらいは覚悟してるさ」

ここは、死ぬことすら許されねえのかよ。そう続けられた言葉に、やはり私は何も返せなかった。
だって、私は望んでしまった。平助に死なないでほしい、と。あの怪我で生き延びるには、もう変若水を飲むほかになかったのに、だ。

「近藤さんや土方さんにも考えはあるんだろう」

左之さんが答えると、新八さんは納得できずに声を荒げる。

「その考えっつうのはなんだ? 大名になりてえとか城を持ちてえとか抜かすんじゃねーだろな!」
「そりゃあ、近藤さんを本物の侍にするのが、あの人たちの夢だったんだろうしな、」
「なんだよ左之! 近藤さんたちを庇うつもりか?」

喧嘩になりそうな勢いだ。
でもここまで熱が上がると、私が口を挟めたところではない。
相手は左之さんに任せることにして、持ち込まれた酒を飲んだ。
何かしらの味がするはずなのに、あまり味がしない。

世の中の雲行きも怪しくて、新選組も少しずつ悪い方へ引っ張られている気がして。
そんな今の状況を表しているような酒の味だった。

「話にならねーな! やってられねえ! 島原にでも出かけてくる」

そう言い捨て、新八さんは部屋を出て行った。
飛び出していったと言う方があっているかもしれない。

『……行っちゃったね』
「新八は曲がったことが嫌いだからなあ」

困ったように杯を傾けた左之さんの顔も、どこかさえない。

「……お前も、変若水には反対だもんな」
『左之さんは違うの?』
「別に、変若水を積極的に使えって思ってるわけじゃねーけど。近藤さんや土方さんの言うこともわかるし……それに、」

平助が助かったのは変若水のおかげだしな。
続けられた言葉に、思わず左之さんを見上げた。その人の遣る瀬無い視線とぶつかる。

『私も、そう思ってた』

変若水の研究は反対していたのに。
仲の良い平助が死にそうになった途端、生き延びてほしいと思ってしまった自分が、少し嫌になった。

『……都合がいいよね。変若水には反対なのに、平助が生きてて良かったって感じてる』

打ち明けると、左之さんの大きな手が、優しく頭に触れた。
いつもの左之さんの仕草でほっとする。

「んなことねーよ。俺だって平助が助かって嬉しい」
『平助は、良かったのかな?』
「ああ、さっき会って来たけど、吹っ切れたみてーな顔してたぞ」
『そっか、』

言葉を切ると、あーあ、と左之さんの気だるそうな声が聞こえた。
「楽しい時期があったからこそ、辛いもんだな」

その言葉だけで、何を言わんとしているのかがわかり、切ない気持ちが押し寄せる。

確かに、楽しい時期があった。
試衛館にいたときは、ただひたすらに稽古をして、貧乏だったけど楽しかった。
新選組という名をもらったときには、みんなで歓喜したし、手柄を上げた後に、みんなでどんちゃん騒ぎをすることも楽しかった。

でも今は―――楽しいとは言えない。
大政奉還が行われ、幕府がなくなりそうな今、新選組の存在も危うい。
それに、変若水の問題はいつもついて回る。
気が付くと、ため息ばかりついている気がする。

『何をしに、京に来たんだろうね』

久方ぶりに、この疑問を口にした。
左之さんの背中を守ることが、左之さんとの約束を守ることが、生きる理由見たいになっていて、忘れていた。

「そうだな、」

左之さんも答えは見つかっていないようだった。
曖昧な答えに、少しだけ安心する。私だけが立ち止まっているわけではないのだと。

「そういや、お前はなんで千姫さんたちについて行かなかったんだ?」

以前、千鶴ちゃんを守るということで、千姫たちが屯所に訪れたときに、私も一緒に来ないかと言われていた。
あの時は、なんだか照れくさくて言えなかったけど、今なら言ってもいいような気がした。
左之さんともっと話をしたかったからかもしれない。

『左之さんが、私は私だって言ってくれたから、かな』
「なんだ、俺のおかげか?」

茶化す左之さんはひとまず無視して、言葉を続ける。

『左之さんの背中を守りたいなって思ったから、当面の間はそれが生きる理由だった』

ああ、でも。こういう言い方をしたら、左之さんを縛ってしまうのかもしれない。
左之さんには好きな人がいると言っていた。
私がこんなことを言えば、優しい左之さんのことだ、部下を守る責任が、とか言って、その人を口説くことをやめてしまうかもしれない。

『でも大丈夫。違う理由見つけるから』

慌ててそう付け加えると、左之さんが不思議そうな顔をする。

「何が大丈夫なんだ? 別に違う理由があったって構いはしないが、まだ生きる理由にしてくれててもいいんだぜ?」
『だって左之さん、好きな人を口説けたら、その後は? いなくなるかも、しれないんだよね?』

口にしてから、聞かなければよかったな、とも思った。
これで、いなくなると言われてしまったら、しばらく立ち直れそうにない。
背中を守りたいと思える人が、今のところ他にはいないから。

「ん? ああ、それか」

しばらく困ったように笑って、やっぱ気づかねーよな、と。

『何に?』
「何にって……俺が口説いているってことに、かな」

しばらく言葉を反芻させたのだが、やはり意味がわからない。

『口説いていることは左之さんから前に聞いたよ? 好きな人がいるんだよね』

そう返せば、しばしの沈黙の後、一度やったしいいよな、と聞こえてくる。
何が?と質問する間もなく。

次の瞬間には、左之さんの腕の中に抱き寄せられていた。
左之さんの匂いでいっぱいになる。
私よりも体温が高いのか、温かい。

そういえば以前にも、こうして抱きしめてもらったな、と今の今まで忘れていたが思い出す。
あの時は確か、左之さんに初めて自分の素性を明かした時。

『えと、左之さん、』

前回抱きしめられた時の内容ももれなく思い出して、頭から湯気が上がりそうだ。
解放してもらおうと名前を呼んで、左之さんの厚い胸板を両手でぐっと押したところで。

「逃げるなよ、なつめ。……俺が口説いているのは、お前だよ」

左之さんが口説いているのは好きな人だったはずだ。
その口説いているのが私だということはつまり。
左之さんが好いている人というのは、私だということになる。

『え、どういう、こと、』

頭の整理ができても、理解が追い付かない。
左之さんが私のことを、好き?
私も左之さんのこと好きだけど、じゃあ、好きってなんだ?

そんな私の気持ちを知ってか、急に左之さんが離れて行って、私を見て面白そうに笑った。

「まあだから、俺がいなくなるとか心配するな」

そして優しく私の頭をなでて、立ち上がる。
どうやら部屋へ帰るらしい。

『左之さん、』

呼び止めたはいいが、何を言えばいいのかよくわからない。
何で呼び止めたのかもよくわからない。

「俺が口説いているのがお前だと、自覚してくれたら今はそれで十分だ」

おやすみ、と今度こそ左之さんが歩いて行く。
千鶴ちゃんが返ってくるまで、しばらくはその場に茫然と突っ立っていた。





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