32カステラと寂寞
『おいしい〜〜』
京の町の一角にある甘味堂にて、カステラを頬張っていた。
口の中の水分を持っていかれるので、お茶の進みも上場だ。
左之さんに連れてこられたのはこの甘味堂で、当の左之さんは向かいに座っているものの、お茶しか飲まない。
何かを企んでいてこの後頼み事をされるのか、それとも左之さんの気まぐれか。
私をここに連れてきた真意はわからないが、左之さんに何かを頼まれるなら叶えてあげたいし、気まぐれならありがたいことこの上ないので、どちらにしても菓子を断る理由もない。
ということで、カステラを心行くまで味わっている。
「おいしそうに食べるじゃねーか」
『だっておいしいもん』
「そんなことなら、もっと早く連れてくればよかったな」
『でもいつもお酒飲みに連れて行ってもらってるよ』
カステラをもう一切れ口にいれる。なんの抵抗もなく噛み切れるのがまた何とも言えない。
『そういえば、なんで今日は連れてきてくれたの?』
カステラを一噛み一噛み大事に味わいながら左之さんを見ると、なんもねーよ、と。
「強いて言うなら、最近は元気そうだなと思ってよ」
元気そうだから甘味堂へ誘うというのは、結局よくわからない理由だ。
よくわからないから、本当に理由はなかったのかもしれない。
だから、唐突に思い出した私の用事を話題に出す。
『この前、左之さんのおかげで千鶴ちゃんを守れたよ』
左之さんが、「なつめはなつめだ」と言ってくれたから、千鶴ちゃんを守るため、鬼の力を使うこと・鬼の姿になることを選択できた。
ありがとう、と続けると、いつもの優しい顔を向けられる。
「千鶴を守れたのは、なつめのおかげだ。……正体を晒す結果にさせちまったが、ありがとうな」
『素性を明かせて良かったと思ってる。みんな変わらず接してくれるし』
こんなことなら、もっと早く素性を明かせておけばよかった。等と思ったり。
新八さんからの、少しは信頼してくれよという言葉も効いた。
「そうか。それなら良かった」
お酒が入っていないせいか、優しい左之さんが少し照れくさい。いや、結構照れくさい。
左之さんと話をするときは、やはり酒の席だな、なんて考えながら。
『左之さんはさ、新選組を出るとしたらどうしたいの?』
思い立った質問を投げてみる。以前に千鶴ちゃんから問われた内容だ。
ちなみに私の答えはまだ見つかっていない。
「俺か? そうだな、」
しばらく考えていたようだったが、珍しく照れた様子で、
「好いた女と幸せな家庭が築けたら、幸せだろうな」
予想外の回答で、驚いた拍子に飲んでいたお茶をのどに詰まらせる。
「おい、大丈夫か?」
『ごめん、なんだか意外で、』
素直に告げると、「新八には言うなよ」と返ってくる。
『じゃあ、左之さんには家庭を築きたいって思う人がいるんだね?』
今度は左之さんがせき込んだ。どうやら本当にいるらしい。
そういえば、以前に菊月さんと会った花街の店でも、それらしいことを言っていたことを思い出す。相手は誰だろうか。
左之さんのことだから、相手が誰でも口説けそうなのだけど。
『想いは伝えたの?』
野次馬な気持ち丸出しで聞くと、左之さんが私の頭をもみくちゃにする。この前の新八さんみたいな、容赦ない荒らし加減だ。
「口説いてる最中だよ」
『ええ、気になる! 今度こっそり教えてよ』
そうして左之さんのお相手をうっすら想像してみたところ、モヤモヤした気持ちがあることに気が付く。
左之さんには、新選組以外にも居場所というか心の拠り所があるのだな、と。
モヤモヤの正体は、寂しさ、なのだろう。
「今度な」
教えてはくれるらしい。
左之さんが好く女性は、どんな人なのだろか。
左之さんの心を射止める女性はどんな人なのだろうか。
『楽しみにしてるね』
気持ちはまったく嬉しい気持ちはなかったのだが、左之さんの「幸せ」を喜んであげたいから、精一杯の笑顔でそれだけ答えて、残ったカステラを口に含んだ。
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