30相反する気持ち
千鶴ちゃんがいなくなったというか、連れ去られたような後、その場に残っていた新八さんに、「なんだ、なつめちゃんも鬼だったのか、」と言われた。
『黙っててごめん』
「……その様子じゃ、左之は知ってたのか?」
「ああ」
その返事で、しかし新八さんは不思議な顔をした。
「なんだよ、俺だけ蚊帳の外かよ。……俺のことも少しは信頼してくれよ、長い付き合いじゃねーか」
話さないというのは、信頼しないという意味なのだな、とも思い知る。確かにそうかもしれない。私が鬼だと知れれば、これまでの接し方が何かしら変わるかもしれないとどこかで感じていたのかも。
『ごめん』
重ねて謝ることしかできなかったが、新八さんにガシガシと頭をグシャグシャにされた。左之さんとは違う撫で方に、新八さんらしいな、と。
「で、怪我は?」
風間に散々斬られて蹴られた。服には斬られた後やらその時に噴出した血やらがついている。が、既に傷はふさがっている。
『治ってるよ』
左之さんの問いに答えると、嘘はないな、と念押しをされる。
「そんなに心配なら、お前もなつめちゃん抱えて行けばいいじゃねーか」
新八さんはそんな冗談を言い残し、島田さんを運ぶべく山崎さんに呼ばれて離れていった。
一方、新八さんの冗談を真に受けて、本当に行動に移しそうな左之さんの仕草に慌てる。
『大丈夫。本当に治った、ほら』
深く斬られた右わき腹の破れた着物をめくって見せる。そこにはうっすら傷跡が残るものの、新たに血が吹き出すような切り傷はない。
「わかった、もういい。しまえ!」
なぜか左之さんも慌てた様子で、誰にも見せまいとするように着物を下ろされた。近くには誰もいないのに。
「いくら治るとはいえ……痛かっただろ、」
『なんで左之さんがそんな顔するの?』
前に、私が死んだら死なせた自分に腹を立てると言ったときのような、やるせない顔をするその人。
でも私は死んでいない。左之さんとの約束を守って生きてここにいるのに。どうしていつもみたいに笑ってくれないのだろうか。
思わず言葉になった疑問は、しかし左之さんから答えは得られなかった。
「……無事で良かったよ」
それ以上は何も言う気はないようで、その場は一度お開きとなった。
『大丈夫。本当に治った、ほら』
破れたところから着物をたくし上げるなつめに、ぎょっとする。こんなところで―――誰が見ているともわからない場所で―――そんな簡単に肌を見せるなと。
一方で、治ったと言いつつ見せられた腹部には、横長の傷跡が残っていて、傷はふさがってはいるのだが、着物についた血の量も手伝って、痛々しい。
「わかった、もういい。しまえ!」
無理やりにたくし上げられた着物をもとに戻す。
「いくら治るとはいえ……痛かっただろ、」
もっと早く駆けつけられていたら、なつめが痛い思いをせずに済んだのではないか。
なつめは強い。それはよくわかっている。最近は、自ら命をあきらめるようなこともしない。だから安心して背中を任せられる。
だが。
いくら強いといっても、頼りになるといっても。なつめが痛い思いをするのは見たくない。
なつめが強いことと、俺がなつめを守りたいという相反する気持ちが、自分の中でせめぎ合っていた。
『なんで左之さんがそんな顔するの?』
しかしそれをなつめに言うのは違う気がした。
なつめを守りたいのだと、傷つく姿を見たくないのだというのは、なつめのことを認めていないようで、そしてそれはなつめが喜ばないということだけはわかる。
「……無事で良かったよ」
だからなつめの問いには答えられず、そんなことしか言えなかった。
納得していないようではあったが、それ以上は何も聞いてはこなかった。
その後、試衛館組の面々に過去と素性を打ち明け、しかしその前後でこれといった変化がないことに、なつめは安堵したようだった。
いつも通り巡察をして、飯を食べて、眠る。
少しずつ毎日が過ぎていき、何も変わらないはずなのに、俺の中では何かが変わった。
部下として信頼しているという気持ちと、部下として―――いや、愛する者として守りたいという気持ち。
それらをどう割り切ればいいのか、そんな悩みを毎日抱えることとなった。
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