24気が晴れない酒の席にて
しばらくして、御陵衛士として伊東さんをはじめ新選組の隊士13名―――伊東一派を含む―――が新選組から離党することとなった。
一君のことはもちろん知っていたのだが、平助も出ていくという。こちらは正真正銘、自分の意志で御陵衛士になったということで。
しかもそれを、仲の良かった左之さんにも新八さんにも一言の相談もなく決めたらしい。
ということに、新八さんがとても怒っている。
左之さんも寂しそうではあったが、怒るという感情ではなかった。
「ったく、なんで何も相談しねんだ、平助は!」
だん、と飲んでいた杯を強く机に置くことも忘れない。
平助がいなくなってからしばらくは、こうして平助の話をしに、3人で飲むことが多い。新八さんと左之さんと私の3人で。
つい先日までここに平助もいたのだけれど。
「まあ、そう言うなよ。平助も考えて決めたことなんだろうし」
「つったってよお、」
新八さんは今日も荒れている。もうしばらくはこんな状態だろう。
軽くため息をついて杯を傾ける。
『隊内も、なんかどんよりしてるよね、』
新八さんのことはこの際放っておいて―――相手しても同じことをグチグチ言うだけだ―――、私も愚痴をこぼしてみる。
「前に平助が隊士募集でいなかったときも、そういや静かだったよな」
『確かに、平助がいるといつもうるさくなるよね』
「もう、朝飯奪えるヤツがいなくなるじゃねーか、」
結局は平助の話題に戻るもんだから、みんなよっぽど平助のこと好きだったんだな、と少し笑ってしまう。
『まあ、伊東さんたちがいなくなったのは好都合だけどね〜』
いなくなったものはしょうがない。
そう割り切って、良かったことを上げてみると、意外な話が出てくる。
「そういや、お前、伊東さんに声をかけられたんだって?」
『え、新八さんが!?』
一君のことは気に入っているような素振りがあったけど、新八さんに声をかけていたとは。でも理由がさっぱり見つからない。口には出していなかったのだが、私の考えを察知したのか、それとも他の誰かにも同じような反応をされたのか、新八さんが悲しそうに私に諭す。
「あのなあ、なつめちゃん。俺だって、剣の腕前はそれなりにあるぜ?」
「確かに。剣の道を究めるために脱藩までしたんだもんな」
『そういえばそうか。新八さん求道者だもんね』
左之さんと二人で新八さんを軽くからかい、ふと疑問が浮かぶ。
『そういえば、私には声がかからなかったな、』
別に声がかかってほしかったわけではないのだけど。むしろかからなくてよかったとさえ思っているが、しかし一時期は手合わせしたいだのなんだの言って、伊東さんに付きまとわれていた。
「確かにそうだな。なつめのことは結構気に入ってたみたいだったが、」
左之さんも同じく思ったようだ。
そこで、先ほどからかわれたことの仕返しのように、ははーんと新八さん。
「なつめちゃん、山南さんのことで突っかかっただろ。あの時に、なつめちゃんに話したらダメだと感じたらしい」
「なんでそんなこと、新八が知ってるんだ?」
「ああ、俺も不思議に思って聞いたんだよ。誘われたときにな」
山南さんのケガのことをあれこれ言われて、それが山南さが羅刹になった要因の一つでもあるのだが、カチンときた感情を押し殺すことができなかった。
『あれか〜。そういえば、伊東さんとの手合わせ、すっかり忘れてたな』
―――私があなたに勝てば、山南さんは剣客として、隊士育成のために必要な存在ってことですよね。
そう言って、伊東さんとの手合わせを取り付けたけど。
結局その後に山南さんが羅刹となり、伊東さんには死んだと伝えていたため、山南さんの居場所を確かめるためのその手合わせは、意味を持たなくなった。
「あの時は、なつめがああ言ってくれて、嬉しかったけどな」
その当時を思い出したのか、左之さんがいつものごとく私の頭をなでる。
それを眺めていた新八さんだったが、「斎藤が行くとは、正直思ってなかったけどな」とつぶやく。
「そうだな。あいつは、土方さんが大好きだったもんな、」
『……怪我でも病気でも、石田散薬って言ってたもんね』
「なんか思うことがあったんだろうけど」
一君の話題については、監察方としての任務もあるため、少しだけ気を遣う。一君が間者であることはたとえ仲間内でも、左之さんでも、知られてはいけない。
「斎藤なら、土方さんに探ってこいって言われて御陵衛士に入っちまったって方が納得いくけどな」
左之さんが笑いながら放った言葉は、ほぼほぼ合っている。こういうところ、変に察する人なんだけど。
「さすがにそりゃねーだろ」
新八さんがすぐに否定して笑い飛ばしてくれたので、大事にはならない。内心ほっとする。
そうしてしばらく話していたが、左之さんも新八さんも寂しげというか張り合いがないというか。
先日みんなで騒いだ酒の席が嘘の様で。
あの時、このまま、楽しい毎日が続けばいいのに、なんて願ってしまったからだろうか、と。私が願うと、大抵のことは叶えてもらえないからなあ、なんて。
この日はいくら酒を飲んでも、みんな気は晴れなかった。
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