22不意に始まるお披露目会 其の二
「皆はん、お待っとさんどす」
君菊さんの声が響き、襖があくと。
あらかわいい。
いつもは飾り気なく結わってある髪が、芸妓さん仕様になっていて、身にまとう着物も千鶴ちゃんによく似合っている。
照れて赤くなった頬も、少しうるんだ瞳で、こちらをうかがう上目遣いも、すべてがうまくまとまっている。
そしてみんなも驚いて何も感想が出てこないみたいで一瞬シンとなる。
「あ、あの、」
控えめな千鶴ちゃんの声で、慌てて我に返る男性陣。
「千鶴、なのか?」
とは平助で、お猪口に注いでいた酒を勢いよくこぼしている。
「へえ、化けるもんだね。一瞬誰かわからなかったよ」
総司が平然とそう称し、そして左之さんへ話を振る。
「で、どうなの? 似てる?」
制札事件で出会った女に似ているのか、という問いに、左之さんがまじまじと千鶴ちゃんを見つめるが。
「ん〜あんまり千鶴がかわいいから、わかんねーよ」
『っ、』
傾けていた杯を、慌てて膳に置く。吹きこぼさなかったことを褒めてほしい。
何を千鶴ちゃんに口説き文句のような発言をしているのか。とその人を見ると、顔が赤い。
酔っているからなのか照れているからなのか、と考えてみたが、酔っているからかとすぐに答えは出る。
左之さんはこんな台詞を吐いても、照れるような人ではないはずだ。
「確かに、千鶴かわいい!!」
そこへ平助や新八さんも加わり、照れた千鶴ちゃんが隣室へと逃げていく―――土方さんのいる隣室へと。
先ほどの千鶴ちゃんの熱い眼差しを見ていたから、しめしめと思っていたのだけれど、もう少し千鶴ちゃんを見ていたかったのが本音だ。私も絡みたかった。
『逃げちゃったじゃない、おじさんたちが千鶴ちゃんによってたかって』
文句を垂れると、反省したように残念がるように、その場に座り込む平助と新八さん。
君菊さんが酌をして回ってくれているが、先ほどの盛り上がりからすると、急降下であることに変わりはない。
土方さんと何を話しているのか、とても気になったのだけど、今日のところはひたすらに我慢を決め込む。土方さんも千鶴ちゃんのことを悪く思っていないだろけど、恋心を抱いているのかはわからない。
「よーし、んじゃ左之! いつものあれ、やってくれ!」
そんなしゅんとした空気を一変させるかのように、新八さんが声を張り上げる。
「そうそう! あれがないと、左之さんんと飲んでる気がしないんだよ!」
あれというのはもちろん、左之さんの腹芸のことだ。
昔切腹を試みた傷跡がへそのあたりに残っており、それを中心に顔を書いてそして左之さんが面白おかしく踊る。
「しょうがねーな、」
左之さんが満更でもなさそうに立ち上がると、
「よし、なつめ! 面白いヤツ頼む!」
とどこから持ってきたのか、筆と墨を手渡される。
『よーし、任せて』
慣れた手つきで左之さんの広い体に顔を書き上げる。そして始まるどんちゃん騒ぎ。
始まると千鶴ちゃんも土方さんも合流して、いつの間にやらみんなで踊っていた。
その時はみんなが笑っていて、羅刹のこととか変若水のこととか、お勤めのこととか全部頭になくて。
なんだか昔を思い出すなあと。
このまま、楽しい毎日が続けばいいのに。
少しだけしんみりして、そしてそんな思いを抱えていた自分自身に驚く。
酔っぱらったのもあるかな、と、厠に行くついでに、少し外の風に当たることにした。
しばらく涼んでいると、誰かが近づいてくる気配がした。殺気は感じないけど、誰だろうと振り返ると意外な人物だった。
『君菊、さん?』
「久我なつめさん、ですね」
先ほどの宴会場では、私のことをなつめと呼ぶ人はいたが、久我で呼ぶ人はいない。なぜ本名を知っているのかと怪訝に思っていると、すぐに答え合わせとなった。
「久我一族の生き残り―――生きていたのですね」
そう言って、にこりと怪しく微笑む。
『……久我一族を知っているの?』
「ええ。私も鬼の血をひいていますから」
『、』
驚いた様子が悟られたようで、くすりと笑われる。
「私は代々、千姫様に仕える忍びで、菊月と言います」
千姫という名前は聞いたことがある。
確か、京を統べる鬼の一族の姫で、鈴鹿御前の直径であったはずだ。遠い昔の記憶からどうにかそれだけ探し出す。
『そんな人が、私に何の用です?』
2人だけの時を狙って近づいてきたということは、何か話したいことがあるのだろう。
「里を滅ぼされた後あなたはどう生きていたのですか? 新選組の彼らとはどのような関係が?」
不思議と、警戒すべきとは思わなかった。
『ただ尽きるまで歩いていたら、拾ってくれたのがあの人たちなんです。……私にはあの人たち以外に帰る居場所がないから、』
「だから男装までして、京で新選組をしている、と?」
『はは、菊月さんの目は何でもお見通しなんですね』
千鶴ちゃんが女の子だということは、結構ばれやすいのだけど、私が女だということはあまりばれない。というかばれないようにしている。
もともと背は高い方だし、体格もよく見えるように、腹部に縄を巻き、その上から服を着ている。声は隠しようがないが、名前もそこまで女らしくはないし、存外ばれない。
「原田さんのあなたを見る目が、とても優しい感じでしたので」
不意に、菊月さんがおかしな発言をした。
聞き間違いか菊月さんの勘違いだろうと聞き流す方向で考えていたところに、
「あら気づいていなかったんですか? ……原田さんもお気の毒に」
なんて本当に初対面なのだろか、と感じるくらいぐいぐい突っ込んでくる。
『左之さん、私のことそういう風に見てないですよ』
「じゃあ、あなた方の関係は?」
『……上司と部下、かな』
そこまで答えたところで、また誰かの足音が近づいてくる。
『誰か来る、そろそろ戻らないと』
「……あなたが望むのなら、こちら側へも来れるのですよ」
それだけ言い残して、菊月さんは音もなく闇に消えた。
「なつめ? 誰かと話してたのか?」
『左之さん、』
足音の正体は左之さんで、私を見つけて安堵したような顔をした。
『どうかしたの?』
「いや。お前がなかなか帰ってこねーから、また迷子にでもなったんじゃねーかと思って」
『一体いつの話を蒸し返すのよ、』
ふん、とふくれると悪い悪い、とそんな素振りも見せずに謝るその人。
「そろそろお開きにしようってことになってな。千鶴は土方さんと帰るらしいが、お前はどうする?」
どうする、とは次の店へ二次会へ行くが参加するかどうか、という問いである。
『行く。まだ飲み足りない』
「よし、じゃあ一度部屋に戻るぞ」
左之さんに連れられ、部屋へと戻る道すがら。菊月さんの言葉を思い返す。
―――あなたが望むのなら、こちら側へも来れるのですよ。
こちら側というのはおそらく、菊月さんはじめ、鬼の一族がいる側ということなのだろう。昔に比べ鬼の数は減ってしまったが、各地で細々と生活してはいるのだ。
鬼の一族での暮らしは、どんなものなのだろうな、と思いをはせた。
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