21不意に始まるお披露目会 其の一
「いやあ、左之! お前ってやつは、本当にできたヤツだな!」
だいぶ早いペースで酒を飲み進める新八さんが、バンバンと左之さんの背中を叩きながら、本日何度目だろうかという誉め言葉を口にする。
うんうん、と隣で頷くのは平助だ。
「ほんと! もう酒がおいしくてたまんないね!」
「平助、さっきから酒ばっかりじゃねーか」
「いいじゃん! こんな高い酒、普段は飲めないんだから、」
言いつつさらにそのおいしい酒を口に流し込む。
『普段どんな酒飲んでるのよー』
聞こえないような声でそうからかうと、隣からくすりと聞こえてくる。千鶴ちゃんだ。
「にぎやかですね。いつもこんな感じですか?」
お酒は飲めないらしく、こういう席に同席するのは初めてらしい。
『いつもこんなもんだよ。困っちゃうよね、うるさくて』
「千鶴は、酒飲めない分、たくさん食べろよ」
そこへ左之さんも会話に入ってくる。
平助と新八さんの会話についていけなくなったのだろうおそらくは。
『左之さん、ご馳走になってます』
「ああ。なつめも功労者なんだから、もっと食えよ」
『言われなくても、さっきお漬物お替りお願いしちゃった』
「酒はいいのか? 珍し―――」
『大丈夫、お酒はもう何杯目かわかんない』
にたっと笑って見せると、そうか、と左之さんが私の隣に腰かけた。どうやらここでしばらく過ごすことに決めたらしい。
そして千鶴ちゃんの方を向くと―――。
彼女は私に見られいるとはつゆ知らず、ある一点を見つめていた―――土方さんとその隣に座る君菊さんとかいう芸妓を。
ほ〜う。
言葉には出していないと思う。でも表情は隠しきれなかった。ニヤニヤとした顔で左之さんを振り返ると、左之さんもニヤニヤとしている。
『左之さん、』
「何も言うな、見守ってやろうぜ」
千鶴ちゃんの強い眼差しを知ってか知らずか、土方さんは君菊さんと何やらを話ながら、酒をたしなみ、そして静かに笑う。ああ、既に酔っている。
土方さんは酒に弱いことで有名だ。試衛館の頃はよくみんなでこうして飲んだが、大抵土方さんは最初に眠った。
「新選組の土方はんて、鬼の様な方やと聞いてましたけど、役者みたいなええ男どすなあ」
「……よく言われる」
聞こえてくる会話からも、土方さんが既に酔っていることがわかる。
新八さんも平助も、ブーっと酒を吹き出した。
『ちょっと、二人とも汚い』
わいわいがやがや。そんな酒の席で、不意に新八さんが真顔になって。
「そういや、なんで敵を逃がしちまったんだ? 捕縛してりゃあ、相当な報奨金になったんじゃねーか?」
「そうそう、俺も気になってた。一度捕まえたヤツらもいたらしいじゃん」
平助が続けたが、それはその場にいた全員がそう感じていたようで、急にみんなの視線が左之さんに集まる。
「あー、そうだな、」
しばらく思案していた左之さんの代わりに、
『千鶴ちゃん、その日、屯所にいたよね?』
と隣人に問う。
急に話をふられたせいか、少し動揺した様子で、「夜はいつも屯所にいますけど、」と。
その言葉に安堵したように、左之さんが話し始めた。
「実は、千鶴によく似た女に邪魔されてな」
その女が現れなければ、ほとんどの隊士は捕縛できていたはずだ。
『ほら、前に総司と平助が騒いでた女の子、いたじゃない?』
話をふると、総司もそれを考えていたのか、「南雲薫、だったかな?」とつぶやく。
「本当に千鶴ちゃんに似てたよね?」
「そうか? 俺はそうでもないと思ったけどなあ。向こうは女の恰好をしていたし」
「……ならば、女物の着物を着せればよいのではないか?」
確かに。
そしてそう思ったのは私だけではないだろう。
平助と新八さんが同時に立ち上がる。千鶴に女物の着物!?等と騒いでいる。
そうした流れで、千鶴ちゃんお披露目会が始まることとなる。
芸妓の君菊さんが妙に気合を入れて千鶴ちゃんを連れて行った。おそらく彼女は、千鶴ちゃんが女だということに気づいていたに違いない。
「千鶴、どんな感じかな」
「平助、お前は大人しく待てねーのか!」
準備をしている間、平助はそわそわとしていて、なんだか犬のようだなあ、と。
「そういや、お前の芸妓姿も良かったよな」
『急にどうしたの、左之さん』
「いやあ、良かったから良かったって言っただけだろ。別に、一緒に着替えてきたっていいんだぜ?」
あの時、とは、以前大坂の花街で情報収集をした際のことを言っている。一人で任務するはずだったのに、左之さんはじめ、新選組の面々が様子を見に来ており、恥ずかしい思いをした。
『絶対しません〜』
言いつつ酒を飲むと、話を聞いていた新八さんが、「いやあ、あれは驚いたなあ。普段とは別人だもんなあ」等と口に出す。
「ん? 何の話?」
「なつめが、花街で芸妓さんやってた話だよ」
平助の問いに律儀に答えるのは総司で、もちろん親切心ではなく意地悪でそうしている。
「え、なつめが女装!?」
『何よ、文句あるの?』
平助の驚き様があまりにも激しく、思わずにらむと、
「そういえば、なつめも……女だった、よな?」
と、尻すぼみな声で返ってきた。しかも語尾は疑問形だ。
「確かに。男にしか見えないよね、背も平助より高いしね」
総司が腹を抱えて笑う。
「あ、それ今言う!? 俺は成長期だからこれから伸びるっつのっ!」
私のことを女ではないと感じていた張本人は、それには悪びれもなく、総司の言葉の攻撃に反応する。
言われっぱなしは酌に触るので、
『平助はそんなんだから、女の子を口説けないんじゃなーい』
と放っておいた。
「んなことねーよ!」
『はいはい。お子様は黙っててね〜』
「誰がお子様だ!」
『そんなんじゃ、いつまでたっても左之さんには勝てないよ』
女たらし、人たらしで有名な左之さんの名前を出すと、余計にむきになった平助が、悔し紛れに酒を豪快に飲み干した。
言ってろいってろ、男は黙って酒を飲むのがかっこいいんだ!とでも言っているようだ。
「誰に勝てないって?」
左之さんが嬉しそうにニヤニヤこちらを見ている。
『言葉の綾でしょ。左之さんの女たらし』
花街では―――平助や新八さんとだけで行くときは特に―――いろんな芸妓さんに声をかけられているらしい。新八さん曰くもてるようだ、左之さんは。
「なんだよ、女たらしって、」
『いろんな芸妓さんにもてるらしいじゃない』
「そうか?」
涼しい顔の左之さんに、こういう所がまた好まれる要因なのだろうなあと。しみじみ感じながらその人を眺めていると。
「まあ、いろんな女にもてるよりは、好いた女に気づいてもらえればそれでいいんだけどな」
そんな真面目な回答が続けられる。
『え、左之さん好きな人いるの?』
どんな人だろうか、芸妓さんだろか。新選組にいると、出会いはまずないから、日々飲みに通っている花街での出会いが一番可能性が高い。
はたまた、巡察中に出会った運命の出会いみたいなものだろうか。
返事もないのにあれこれ勝手に妄想をしていたのだが、左之さんは否定も肯定もせず。ただ優しく、笑った。
どういう意味だろうか、と考えていたところに。
「皆はん、お待っとさんどす」
ようやく、千鶴ちゃんの登場だ。
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