17何も知らないくせに
二条城は徳川家康公の頃から、将軍上洛の際に、宿舎の役割を果たすために作られたものらしい。
この日、徳川14代将軍の家茂公も無事に上洛を果たした。
道中の警護を終え、そのまま城周辺の警護にあたる。
千鶴ちゃんが伝令役として、走り回っている。その様子を見ながら、そういえば途中の道は明かりもなく危ないな、とそんなことを思い出して。
『左之さん、ここにいても暇だし、千鶴ちゃん手伝ってくるね、』
そう言い残し、持ち場を離れる。幸いにも、私は夜の暗い道でも夜目が利く。そう思って千鶴ちゃんを追いかけたのだけど。
「俺ら、鬼の一族には、人間が作る障害なんざ、意味を成さねぇんだよ」
聞こえてきた声に、足がすくんだ。
この声は不知火だ。そしてほかにも気配がする。風間と天霧だ。
彼らが―――鬼の一族が何をしにここに来たのだろうか。
「我々は、君を探していたのです、雪村千鶴」
「わ、私をからかってるんですか!?」
急に鬼とか、探しているとか言われても、と。加えた千鶴ちゃんに、
「本気で言っているのか?」と風間。
「君は、負った傷がすぐに癒えませんか?」
驚いたのは千鶴ちゃんだけではなく、私も同じだ。
千鶴ちゃんが―――鬼の血を引いている?
「あぁ? なんなら、血ぃぶちまけて証明した方が早ぇか?」
「不知火、貴様。貴重な女鬼に傷を負わせるつもりか?」
そして。
「鬼を示す姓と、東の鬼が持つ小太刀……証拠としては十分に過ぎる。言っておくが、お前を連れていくのに同意など要らぬ」
瞬間移動のように風間が千鶴ちゃんの間合いに入り、腹部を刀の鞘で小突いた。うっ、という声とドサっと倒れる音で、千鶴ちゃんが気を失ったのがわかる。
「隠れているのはわかっている、出てこい。久我なつめ」
相手は鬼が3人だから、どうにかして隙をつかないと、と一人戦略を練っていたところ、私の名前も呼ばれた。
ばれているのなら戦略も何もないだろう、と刀を抜いて近づく。月明かりで、刀身が怪しく光る。
『千鶴ちゃんを返して、』
「返してとはよく言えたものだ。貴様のものでもあるまい」
向こうは鬼が3人に対して、こちらは私1人だ。勝算は薄いが、時間を稼げれば、誰かしらが様子を見に来てくれるはずだ。そう思って抜刀をしたのだけど。
一方で風間は刀を鞘にしまった。
「貴様も来い。女鬼は貴重だ」
やはり知られていたか。
私が女であることも、そして―――鬼の血を引いているということも。
『何を根拠に?』
「ふん。俺の銃弾を防げるヤツなんて、人間にはまずいねーよ」
以前、公家御門で防いだ銃弾のことを言っているようだ。
『……それで、なんで私があなたたちについていかないといけないわけ?』
「逆に、なぜ新選組に加担しているのです? 我々は、人間とのかかわりを持たないとされてきたはず」
『そういう自分たちだって、薩摩やら長州とやらと手を組んでいるじゃない』
はあ、とため息をついたのは風間だ。
「雪村千鶴にも言ったが、別に同意など必要としていない。そこでわめいていろ」
そしてすぐに刀を抜いて―――ギィンと音がした。
風間の斬撃を、どうにか刀で受け止める。しかしそのままじりじりと力負けする。
「その姿では勝てまい。鬼の血を引いているなら、本当の力を発揮すればよかろう」
『……うるさい、』
縁を切り、間合いを取る。
何も知らないくせに。と、それが怒りだとわかるまで、少し時間がかかる。
一族が死んだとき、誰も助けてはくれなかった。家もなくて食べ物もなくて知り合いもいなくて。どうしようもなかった私を助けてくれたのは、鬼ではなくて、人間だった。
それを今さら現れて、あれこれ言われるのは、癪に障った。
『私は―――人として生きると決めたの』
久我の一族にも、人間とは関わり合いを持たないという決まりがあった。
だから、試衛館から浪士組に参加するときに、それからは鬼としてではなく、人間として生きると決めた。それが私なりのけじめだった。
「馬鹿げたことを」
私の覚悟をあざ笑うかのように、風間が鬼の姿に―――白髪に、金色の瞳、額には2つの角が生える―――変わり、先ほどとは比にならないほどの力で切りかかられる。
『っ、』
今度は受けきれず、態勢が崩れたところに、思い切り蹴りを入れられた。背中から石垣にぶつかり、一瞬くらりと目眩がする。
「不知火、そいつを連れて来い」
倒れていた千鶴ちゃんを天霧が抱え上げるところがうっすら見えた。
『千鶴ちゃんを、放しなさい』
言いつつ、ふらふら立ち上がったところに。
「うちの隊士に何か用か?」
目の前に、浅葱色の隊服が立ちはだかっていた。左之さんだ。
土方さんと一君もいる。先ほど風間との対戦で、刀の音が遠くまで響いたのだろう。
安心したせいか、目眩がひどくなり、平衡感覚が保てない。
「下がってろ、なつめ」
見かねた左之さんに促され、石垣まで下がる。
「将軍の首でも取りに来たかと思えば。こいつらに何の用だ」
「将軍も貴様らも、今はどうでもいい。これは、我ら鬼の問題だ」
土方さんの問いに、風間が苛立たし気に答えていた。
「鬼だと?」
土方さんの質問には答えず、激しい斬り合いが繰り広げられる。
土方さんの渾身の一撃を眉一つ動かさず、風間が受け止める。その人間離れした力に、「てめえ、人間じゃねえな」と。
「鬼の一族だと言っているではないか」
ため息とともに、一度間合いを取り、「あの娘もな」と。
「千鶴はお前たちには過ぎたもの。だから我らが連れ帰る。」
「なんだと!?」
そして再び始まる斬り合いを見ながら、私は、ズキ、ズキ、と少しずつ強くなる頭痛と戦っていた。先ほど蹴り飛ばされたときに、頭を打っていたらしい。蹴られた腹部の痛みで今まで気が付かなかった。
しばらくの激戦の末に。
カチン、と音がする。風間が刀を収めたようだ。
「なんの真似だ?」
「今日は確かめに来ただけだからな」
あまり興が乗っても困る、と闇の中へ姿をくらます。
―――帰り際、「次に会う時までに、身の振り方を考えておくんだな」と私にだけ告げて、今度こそ姿をくらました。
「なつめ、大丈夫か?」
呼ばれたが、左之さんの顔が見れない。
ズキズキ、と頭の中の痛みもだんだんと強くなって。
「真っ青じゃねーか、」
『さっき、頭打ったみたい、』
「立てるか?」
『もうちょっと、休ませて、』
まだ立てそうにない。
「土方さん、斎藤も。先に戻っててくれ。少し休んでから戻る」
左之さんの声を聞きながら、少しだけ目を閉じる。
考えたいのに、頭痛のせいで何も考えられない。
prev/
next
back