図書館内応 | ナノ
03野生の勘

図書特殊部隊の歓迎会は、新入隊員に考慮して日程が組まれていた。体力的な面を考えて、飲み会の日のシフトを館内業務とし、次の日は公休という徹底ぶりである。
しかし公休といっても特にすることもない。趣味はあるが、飲み会の次に日にはあまりやりたくはない。ということで、藍は朝からテレビを見ながら本を読んでいた。
その本も、昼食の時間には読み終わり、昼食のついでに図書館に本でも借りに行こうかと部屋をでる。
知り合いだらけの図書館に、ジーンズとパーカーというザ・部屋着で行くことに少し抵抗もあったのだが、おめかししていく方が違和感だったため、まいっかと歩き始める。
武蔵野第一図書館の正面から入るのはまだ数えるほどしかない。いつみても大きな施設だな、と中央の自動扉をくぐり、返却の手続きを行う。
そのまま、児童書コーナーの横を通り過ぎ、小説コーナーへと向かう。月曜日だというのにやけに子どもたちが多いな、と横目で見ながら歩いていると、何やら大男に声をかけられた。
「お、休みの日も図書館警備とは偉いな、嬢ちゃん」
『……進藤三監、』
「あれだけ飲んでころっとしてるってことは、昨日は手を抜いたな、新人」
この人はまだ酔っているのだろうか、と真剣に考えていたところに。
「キャーーーーーーーー」
甲高い悲鳴があがった。静かな空間である図書館では、それはとてもよく響いた。
「お前はよくもまあ立て続けに事件を呼ぶなあ」
進藤はそう言い残し、その場を去った。どういう意味ですか、ととりつくこともできなかった。しかし藍も職業病か、進藤の後を追って悲鳴のした方へと走っていた。
騒ぎの中心には、子どもにナイフを向けた男がいた。あちこち視線をずらし、ナイフを子どもに突き付けたり、周りに向けたりと落ち着きがない。前に見たことがある、薬を不正に使っているのかもしれない。
幸いにも、人質の子どもは強がっているのか、怖気づいているのか、静かにしている。悲鳴を上げたのは、その子どもの母親だったようだ。
「誰も近寄るな」
「その子を離せば、あなたに危害は加えない」
特殊部隊の誰かの声がする。しかし男は子どもを解放しようとはしない。犯人を刺激しない遠くの方で、業務部や防衛部が利用客を避難させていることがわかる。
進藤はじめ特殊部隊の面々は、すきを見て犯人を確保する狙いなのだろうが、あいにく騒ぎは児童書コーナーのすぐ近くで起きており、周りには子どもたちがたくさんいた。今現在走り回っていないことが奇跡である。つまり非常に戦いにくい状況である。
「小野寺茂を連れてこいっ!!!」
指名された名前にハッとする。
「図書館で良化委員のトップを出せとはまた、ばかなやつもいたもんだな」
これは進藤の独り言である。
「俺の、書いた、本を――――――」
犯人の男は、声を振り絞るように、泣きそうな声で叫びながら、人質を抱えている方の腕に力を入れた―――ことが、藍に感じ取れた。そして次に犯人がとる行動も。
『うそでしょ、』
今度は藍の独り言だった。
しかし、いうが早いか、動くが早いか、藍の体は動いていた。
それとほとんど時を同じくして、犯人の男が抱えていた子どもを思い切り放り投げた。
見ていたものにはスローモーションのようにその一部始終が見えていたに違いない。
男が放り投げた子どもは放物線を描きながら外と図書館とを隔てるガラス張りの壁に向かっていった。しかしガラスにぶつかる寸前のところで、藍が子どもに追いついた。
確かに子どもを抱えた重みを感じ、藍はそのまま背中からガラスに突っ込む。ガラスは音を立ててわれ、藍と子どもはその後ろの柱に頭からぶつかった。
「間宮!?」
「確保っ!!!」
館内にいた特殊部隊は、誰かが指示を与えたわけでもなかったが、自然と二手に分かれていた。犯人に近い者は確保へ、藍に近い方は、人質であった子どもの救出、加えて藍の救出である。
「おい、しっかりしろっ」
柱にぶつかった後、微動だにしない藍に駆け寄った進藤は、慌てて藍を抱え上げる。胸の中に小さな男の子をしっかり抱き、離さない。
「進藤三監! 動かさない方がいいです、彼女、頭を強くうった恐れがあります」
そこへ駆けつけてきたのは柴崎で、その場に居合わせた者に的確に指示を出していた。
そのすきに、間宮と子どもをソファの上に横たえる。子どもは意識もあり、かすり傷程度だろう、と判断された。ガラスに激突したのも、柱に頭をぶつけたのも、藍が子どもをかばったことで最小限のケガで済んだようだ。念のため救急車で検査を行うという。
問題は藍の方だった。
「間宮、聞こえるか? 間宮」
意識がない。
着ていた服がジーンズとパーカーだったことが功を奏し、見てわかる傷はかすり傷程度である。しかしながら、柱にぶつかったとき、頭の打ちどころが悪かったのだ。
「大丈夫か、」
そこへ特殊部隊の事務室にいた玄田、緒方両名が駆けつけた。藍が負傷したことを伝えたところ、走ってきた様子だ。
「頭を強く打って意識がありません」
進藤が説明を始めたところで、藍がうっすらと目をあけた。
『う、』
「間宮! 気が付いたか、」
刺激を与えないよう、藍に触れるな、ときつく注意されたため、進藤は顔を覗き込むように藍に呼びかけた。
「気分はどうだ?」
『……頭、痛いです』
「そりゃあ、頭を打ったんだから痛くもなる」
『私、』
「子どもをかばったときに頭を強くうった。……覚えてるか?」
『……』
首を横にふりつつ、藍がゆっくりと目を閉じる。
「おい、目は開けとけ、死なれると困る」
玄田の冗談とも本気ともつかない言葉に、笑って反応するが、また意識を手放したようであった。

藍の意識が戻ったのは、その日の夜のことだった。まだ事務室に残っているものも多く、その吉報は事務室内で盛大に祝われた。
「いやあ、よかったよかった」
人質の男の子も無事、犯人も無事確保、ネックだった藍も後遺症もなく明日には退院だという。
「それにしても、間宮は事件を連れてくるな」
とはだれが言ったのか、しかし配属されて1週間ほどしかたっていないのに、藍の活躍は甚だしい。
「そういえば、この間の館内勤務、事件こそ起きなかったがすごい人だったな」
「引きの間宮」
本人の知らないところで変な二つ名がつけられることとなった。
「いやあ、しかし隊長や緒方にも見せてやりたかったな」
「そんなにすごかったのか、あいつは」
進藤が緒方の机に寄りかかりながら話を進める。
「すごいのなんの。まさか犯人が人質を投げるとは思わないでしょう、普通。それを間宮は、犯人が子どもを投げるのと同時に飛び出して、空中で見事にキャッチしたわけですよ」
これがどんなにすごいことか。
同じ現場には他にも特殊部隊のメンツが複数名いたわけだが、子どもを救ったのは藍ただ一人だった。ほかの特殊部隊は進藤を含め、犯人の行動に合わせることができなかった。
「ありゃあ、持ってますね」
「何をだ」
緒方が聞き返すと、進藤が口角をあげた。
「ああいう状況での勘さ」
「そういえば、あいつを推薦した上司が変なことを言っていたな。戦闘能力に関する勘において、こいつの右に出るものはいないってな」
玄田が隊員の細かいプロフィールを覚えているのは珍しい。
「野生か、あいつは」
進藤が思ったことを素直に口にすると、野生といえば、と玄田。
「笠原も、野生の猿みたいだったな」
「特殊部隊には野生の女しかいないことになりますねえ、」
失礼極まりないことを、女2人がいなければ言いたい放題である。
「まあ、しばらくは休ませてやることとしよう」
玄田の言葉でお開きとなった。



prev/next
back


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -