図書館内応 | ナノ
01期待の新人
異動前日から、図書特殊部隊に間宮藍の名前はいきわたることとなる。史上2人目の女性隊員ということもあるが、配属前日に様子を見がてら立ち寄った図書館で、特殊部隊に追われて逃げようとしていた犯人に人質とされたのである。
しまった、とばかりに走っていた特殊部隊勢が足を止めるが、しかしそれは一瞬のこととなる。人質だったはずの女性が、図書館内の利用客、図書隊員の注目を集めたただ中で一瞬のうちに犯人を床に説き伏せたのだ。
犯人は1人だったが、藍の3倍くらいはあろうか、という体格である。身長155p、体重50キロにも満たない藍にとって、その1人を抑えるのも至難の業であった。
『すみません、誰か、手錠、』
いつもならそうそうに自分の手錠を出して犯人にかけてしまうのだが、まだ配属前の私服姿の藍が手錠を持ち合わせているわけもない。
あっけにとられて見ていた特殊部隊勢だったが、そこでようやく自分たちの役割を思い出したらしい、すぐに犯人を取り押さえ、連行していった。

というのが昨日の話である。
朝、図書特殊部隊の事務室に入るなり意味深な視線を投げられた。
「お、期待のルーキーじゃねーか」
「昨日はいいもん見せてもらったぜ」
ニッと笑った顔がトムとジェリーのトムに似ているなあ、とネームを見ると進藤とあった。
確か私の過去はすでに知らされているはずなのだが、こんなにフレンドリーなのかここの部隊は。それとも新手の嫌がらせか? などと思いながら、挨拶をかわしその場に立ち尽くす。席がわからないために、入り口付近に困って立ち尽くすしかできないわけである。
噂で聞いたことがある。特殊部隊は隊長の玄田を筆頭に、無茶な計画を押し通して任務を遂行するらしい。しかも無茶なくせして統率は取れているようなのだ。稲嶺顧問もあまり口出しはしていなかったようだ。
「すまんな、堂上班は所帯持ちが多くてな。いつもならそろそろ来るんだが、」
「おやようございます」
にぎやかな声とともに、女性隊士と男性隊士が事務室に入ってきた。堂上夫妻だろう、というのはすぐにわかった。
「やっときたか、嬢ちゃんがお待ちかねだぞ」
『嬢ちゃんって、』
職場でそんな風に呼ばれたことはいまだかつてなく、自然と声は漏れた。
「若いんだから細かいことは気にするな」
がははははは、と豪快に笑い、そのあとのことは堂上夫妻にゆだねられたようだ。
「あなたが間宮? よろしく」
とは郁からだ。
『よろしくお願いします』
「席は私の隣だから。ついてきて、」
と窓側の席へ案内された。
朝礼前に全員が集まり、初めに新入隊員の自己紹介が設けられる。つい先日まで同じ防衛部にいた片山龍も今日から特殊部隊に配属されたようだ。
『間宮藍です。よろしくお願いします』
一言で済ませた挨拶が不満だったのか、隊長自ら補足が入る。
「昨日はお手柄だったな。配属前から手柄をあげる、期待の隊士だ。チビな点では苦労すると思うが、そこは堂上にアドバイスしてもらえ」
存外に堂上をチビと言っている。当事者を見ると、少しだけむすっとしている。
「間宮と片山は堂上班に入ってもらう。新人育成がうまい堂上がいるからな、存分に教育してもらえよ」
自己紹介はほとんど玄田が一人しゃべる形の最後となった。
そのあと連絡事項など続いたが、最後の連絡事項では今週末に歓迎会を行うと予告が入った。
歓迎会って、早すぎないかな。
口に出したつもりはなかったが、郁とは逆サイドの小牧から「早く歓迎会しないと奥多摩の訓練来ちゃうからさ」とフォローが入る。
奥多摩での演習の話も耳には入っていた。
『クマ殺しって聞いたんですけど、それってなんですか?』
と小さく聞いたところで小牧がにやりとした。
「行けばわかるよ」
隣と斜め後ろから鋭い視線を感じるのは気のせいだろうか。
というところで朝礼が終わり解散の流れとなった。

初日は朝から1日訓練だった。しかも午後からは藍の苦手なハイポートも組まれている。
ハイポートのときいつも思うことは、体重によって銃の重みを変えてくれよ、ということ。まあ銃はみんな同じものを持つからそんなわがまま通らないのだけれど。
しかし午前中の柔道もなかなかだった。
とりあえず最初は女同士で組め、ということで藍と郁が対戦した。身長差15pはそう簡単に埋まるわけもなく、ほぼすべて投げられた。そこへ玄田が介入し「昨日の威勢はどこへ行った!?」というものだから、そこからなぜか畳戦へとなりへとへとになるまで戦わされた。
「ふう、いい汗かいたな」
来年も新入隊員が入ったらやるか。その一言に堂上が食いつく。
「辞めてください、理由を考えるのも大変なんですよ」
この理由、というのは後から知ることになる。今はまだ知らない。
「それにしても間宮さん強いね」
小牧がいつの間にやら隣に来ていて、タオルで汗を拭いている。
「俺も何度か畳を拝まされたしね」
『ははは、偶然です、』
「間宮も片山もほとんど無敗じゃなかった?」
郁も会話に加わり、同時に龍も首を横に振る。
「玄田隊長強かったです」
あれは怪物だから、とは郁である。
クスリと笑ったところで、「よーし、笠原はこれから居残りだ」と玄田。似た者同士の2人がワイワイと後ろで騒いでいるのを聞きながら、昼休みとなった。

という午前で、昼を食べた後は再び訓練である。
「間宮、遅れてるぞ」
ハイポートはやはり隊から遅れた。ただ走るのならいくらでも走れるのだが。
前を走る郁はしかし、きつそうではあるが集団にどうにかくらいついている。どこからあの体力が湧き出るのか甚だ疑問だ。
「腕上げろ!!」
上官の厳しい指導は鳴りやまない。
『ふぁああああ』
どうにかこうにか午後の訓練も終わり、床にどさーと倒れた。はたから見たらスライディングをしたように見えたかもしれない。
「おつかれさま、間宮さん」
上で声がする。小牧だ。
『すみません、起き上がるのはまだ、』
「終わると同時に倒れ込まなかっただけ笠原より上出来だ」
「あー、昔のことを!!」
堂上にかみつく郁に、まだそんな元気があるのかよと膝を曲げた。正座をして声のする方を見上げると、堂上班5名が勢ぞろいしていた。
「大丈夫か?」
堂上の問いに頷いて見せる。今日はもうこれで訓練はおしまいのはずだ。
「だが、間宮にも苦手分野があってほっとしてるところだ」
『……?』
「元業務部で館内業務ができて、空手も得意、愛想もいいとなれば、笠原の立つ瀬がないからな」
「あー、また! もう勘弁してくださいよ」
ねぎらっているのだろう。ということはわかったため、愛想笑いで対応した。

「間宮、大丈夫か?」
龍が後ろから追ってくる。日報を書くために訓練場から事務室に戻るところだった。
『うん、なんとか』
力なく笑うと、ポン、と背中を叩かれる。
「無理な時はちゃんと堂上一正に言えよ。理解してくれるだろう、」
防衛部のころ、調子が悪い時は訓練を短くしてもらったり外してもらったりしていた。防衛部には少ないながらもまだ女子隊員も存在したので、そういった部分も慣習化していたのだが、女子隊員の前例が郁のみ、となると、今まで特別にそうしたルールがあったのかどうか怪しい。そもそも郁は女性隊員なのだろか。という疑問まですでに藍の頭の中にはあった。
『うん、調子悪いときは相談するね』
ありがとう。お礼は素直に言葉にできた。新しい環境で、知り合いが龍しかいなかったこともあるのかもしれない。だが龍は防衛部のころから藍のことを気遣ってくれていた。何度か悩み事を相談したこともある。
「日報がかけたら上がっても大丈夫だぞ」
堂上の指示に返事をし、とりあえず席に着く。汗をかいたせいか、少し肌寒い。そこへタイミングよく小牧からコーヒーを受け取る。
「よかったらどうぞ」
『……すみません、』
どうしよう。とは、1日を通してみての感想である。こんなに親切に迎えられたのは初めての経験であり、居心地はとてもいいはずなのだが、しかし居心地が良すぎて罪悪感に駆られる。私は本当にここにいていいのだろうか、と。
「さえない顔。どうかした?」
郁の問いに愛想笑いを返して、日報を書き終えた。
「早いな。帰っていいぞ」
堂上の了承を得、ありがとうございました、と席を立つ。
「お、片山も早いな」
今年は出来が良くて安心だね、とは後ろから聞こえてくる。小牧が堂上にいったようだ。藍は聞こえなかったふりをした。龍はそんなことないですよ、と謙遜して藍の後ろをついてきた。
そういえば寮に帰るのは私と片山君だけなんだな、とふと思った。
『お先に失礼します』
事務室を出ると、どっと疲れが押し寄せた。

「どう、2人」
「どう、と言われてもな。いいんじゃないか、初日にしては」
「けど、片山はともかく、間宮はまだ他人行儀がぬけないですね〜」
「ハイポートはついてこれなかったみたいですけど、畳じゃほとんど無敵じゃないですか、あれ」
小牧、堂上、郁、手塚の順だ。
「あいつは防衛部の上官連中のお墨付きだったからな」
玄田も入って話が弾む。
「なんでも、“戦闘における能力はピカイチ”だそうだ」
これからが楽しみだな、と玄田が続けた。
「けど、間宮さんの方はまだ遠慮が見えたね」
「まあ初日だしな」
だが気になる。
堂上は1日の藍の様子を振り返り、眉間にしわを寄せた。
「うまくなじんでくれるといいが……」
図書隊に入隊した年に、業務部から防衛部に転属したと聞いた。その理由までは知らないが、郁ルートで入手した情報によると―――郁は柴崎から聞いている―――、嫌がらせで転属させられたらしい。とりあえず年度内は同じ基地の防衛部でどうにかしたようだが、総じて1年で異動はそうは聞かない。
「あの二人以外、寮暮らしもいないとなると様子がわかんないですね」
郁も向かいでため息である。
「こうして考えると、間宮さんの印象が強すぎて、片山のことあまり見れなかったね」
小牧が苦笑した。




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