それは部活後、着替えている途中の何気ないひとことだったように思う。
雑誌のグラビアページを前に「靖友はスレンダーな足が好きだな」「てめェだって巨乳好きじゃねえかヨ」「おっぱいにはロマンが詰まっているんだぞ」そしてお得意のバキュン。オレにやるんじゃねえやるならてめェのファンにやれよファンに・・・などとギャアギャアとうるさい荒北を制するべく立ち上がれば「ア?」と何故かガンをつけられたのだがオレは喧嘩をうられる覚えはないぞ!まったく荒北はもう少し愛想というものを学んだほうがいいに違いないな。


「失礼なこと考えてるニオイすんぞてめ・・・」
「ムゥさすが荒北、自分の影口には目ざといな!」
「やっぱりかクソ!」
「ジョーダンだジョーダン、オレは影口など卑怯なことはしない。何故ならオレは天から三物を与えられた山神東「るっせえよ睡眠学習でおとなしさ学んでこい」


睡眠学習?そのひとことが妙に心に残ったのだ。
トントンと雑誌を叩く荒北の指の先には『これであなたも成績トップに!寝ている間に差をつけよう!』・・・とうたわれている睡眠学習、の特集ページがあった。


「荒北よ・・・お前は睡眠学習を信じているのか・・・?」
「これで頭が良くなるなら皆苦労しないぜ」
「ものの例えだろうが!ちょっとは口数減らせって言ってんだよオレは」
「それはならんな何故ならオレのトークを待っている女子はこの世に五万と「それがうっぜえんだよ!」


相変わらず口が悪いな荒北は。「そんなことでは女子にモテんぞ」「ア?別にモテたいなんて言ってねえだろうが」「ムッすまんな口に出すつもりはなかったのだが」「アン!?」荒北のことだ、女子人気NO1であるオレに無意識下だろうと嫉妬でもしているのだろう。その嫉妬が口の悪さとして現れているのであれば可愛いものと思えるではないか。「憐れむような目で見てんじゃねえヨでこっぱち!」・・・人はこれを可愛さ余って憎さ百倍という。荒北のベッドにブーブークッションでも仕込んでやろうと決意を固めながら更衣室を出て、部活動日誌を書くために次はオリエンテーション室へ向かう。そしてそこで珍しいものを見た。


「ムゥ、寝ているのか苗字よ」


机に肘をついて目を閉じる苗字からはすうすうと穏やかな寝息が発せられている。無理もない、マネージャーの過酷さはまたオレたちの過酷さと種類は違えどひけをとらないのだろう。肩にかけられていたのだろう半分ずり落ちたジャージをかけ直してやろうと手を伸ばし、そこで苗字との近さに気付いたオレは一瞬、ほんの一瞬だが固まって、しまった。
夕陽を浴びてきらめくまつげ、ほんのりと染まったほっぺ、薄っすらとひらいている唇
・・・ごくり。無意識に息を飲んでしまっていた自分にハッとし慌てて首を横に振る。オレは今何を考えていた!?いやそんなやましいことではない!やましいことではないが、大声で口にできるようなことでもない・・・気がする。しかしここで間違えてほしくないのは、オレがどの女子にもこのような反応をするわけではないということだ。つまり、オレは、苗字を、少なくとも、好意的に見ている。ので、好意的に見ている女子が寝ている姿を見て、何も感じないという方が逆におかしいのだと言っておく。自分にもだ。言い聞かせる。だからと言って何をしていいわけでもないが、そこでふと、(睡眠学習・・・)漢字四文字が頭に浮かんだのだった。ごくり。本日2回目の息を飲む音が妙に頭に響いた。


「・・・苗字名前は東堂尽八が好き」


・・・うむ、悪くない、悪くないぞ。
口に出すことでより頭に染みわたっていく気がした。


「苗字名前は東堂尽八が好き」


耳元でそっとつぶやく。


「苗字名前は東堂尽八が好き。苗字名前は東堂尽八が好き」


む、なんだかだんだんとノッてきたぞ。いい言葉ではないか!睡眠学習。オレ風に言うのであれば、スリーピングスタディ!苗字名前はオレのことが好き!


「苗字名前は東堂尽八が好き、苗字名前は東堂尽八が好き、苗字名前は東堂尽八が好き」


どくどくと心臓が早鐘をうつ。この調子で喋っていれば寝ている苗字の脳に作用して本当にオレを好きになってはくれないだろうか。


「苗字名前は東堂尽八が好き苗字名前は東堂尽八が好き苗字名前は東堂尽八が好き」


想い人の名前を連呼できることがこんなに心躍ることだったとは知らなかった。普段部活中に名前を呼ぶ時とは違う、ふたりきりのオリエンテーション室で、耳元で、


「苗字名前は東堂じん「なァにやってんだヨてめえ!」うおあああああ!?」
「えっなっなに!?」


背中に衝撃、びっくうううと盛大に跳ねた身体をひるがえして見れば口元をひきつらせた荒北が立っていた。なぜお前がここにいる!「なぜってオレが鍵当番だからだヨ」ムゥ・・・!ばくばくばくばくと疾走する心臓をごまかしつつ、「あっなにっ、うわっ私寝てた!?」理由は違えど同じように慌てる苗字に「うむ、寝ていたぞ!夕陽を浴びながらな!」びしっと指をさしてやれば「うわ恥ずかしい!」騒ぐ苗字を見てウンウンと頷き、


「他に言うことあるんじゃナァイ?」
「荒北よ口は慎むものだぞ!」


荒北の口をぎゅうぎゅうとおさえつつ「それてめえが言うかよ!」「言わざるを得んな!」目で訴える。たぶんおそらくぜったいにオレが苗字に睡眠学習よろしくつぶやいていたところを見られてしまっている。だがそれを苗字に言われるわけにはいかない。オレが口をおさえているせいかフガフガ言っていた荒北はばしーっとオレの手を外したあと、「貸しだかんなァ」といや〜な笑顔で笑ったのだった。



キミにスリーピングスタディ
「おい荒北!苗字にその・・・言ってはいないだろうな!?」
「アァ、てめーが寝てる苗字の耳元で東堂尽八のことが好き〜とか睡眠学習ごっこやってたことをか?」
「みなまで言うんじゃない!」
「言ってねェよめんどく ブビーーーーーーッ ・・・。」
「おお、ブーブークッションがさく裂したな。あんまり荒北の口が悪いからお仕置きに入れておい・・・おい、荒北?」
「苗字に電話する」
「待て!待て話し合おう荒北よ!」
「っせえ!」