一応誤解は解けたっぽい。
切原くんは、自販機前で私が日吉のまつ毛をとってあげてるところを見てイチャついてると勘違いしたみたいだった。あの立海三強にこってりしぼられてしっかり反省したみたいなので、許してあげる。日吉にもぐちぐち言われる確率100%でしょ。

ただ、私が1番誤解されたくない人にこの話がどう届いてるかがまだわからないわけで…。

この広い合宿所では、意識しないと会いたい人になかなか会えない。それも選手とマネージャーとなると尚更だ。それこそ食事時じゃないと顔を合わせてゆっくり喋る機会ってなかったりする。
つまり何が言いたいかっていうと、朝の切原事件以来、跡部に会えないまま日が沈んじゃったってこと…。
避けてるわけじゃないんだけど、自由時間に選手側の宿泊ゾーンに行くのもなんか違う気がするし、それこそ悪目立ちしちゃうし…。
なんて悩んでいてもマネージャーの仕事が減ることはなくて、沢山のマネージャー業務に集中してるうちにこの悩み事は頭の片隅にいっちゃってた。
ので、今日最後のお仕事、大量の洗濯物を抱えてリネン室に向かっている途中で、跡部の背中を見つけた時、嬉しくなっていつもみたいに全力で駆け寄ってしまったのだ。

「跡部!」

私が跡部の後ろ姿を見間違うわけない。三年間ずっと見てきた背中だもん。跡部に会えると無条件で嬉しくなって、はしゃいでしまう。足音と声に気づいたんだろう、こちらを振り返った跡部の顔を見て、

「お取り込み中失礼しましたー」
「逃げる気かテメェ」

反射的にUターンしたら首根っこをつかまれた。
声だけで分かる、跡部めちゃくちゃ機嫌が悪い。なんで…!?いやなんでも何もあるかい朝のウワサ関係でしょ多分…?!頭の片隅にいっちゃってた話題がトレンド第一位に急浮上する。

「私リネン室に用があって」
「じゃあそのリネン室に行こうじゃねえの」

勢い余って床に落ちたタオルを跡部も拾ってくれて、優しいなあなんて惚れ直してる場合じゃないのよ、私。


リネン室に入って、抱えていた洗濯物をカゴに入れて、振り返れば跡部がいる。ドアを閉めて、そこに寄りかかるようにして立っている。狭い部屋に2人きりなんて、いつもなら大はしゃぎしちゃうシチュエーションなんだけど、今はそうもいかない。早く誤解とかないと、渇いてきた口を一生懸命ひらく。

「ご…ごめんね」
「何がだ」
「…聞いた?」

跡部の整ったまゆげがぴくりと動く。
やっぱ聞いてるやつだわこれ!

「あのね、私は日吉のまつ毛をとってあげただけなの」
「ほう?」
「えっ うそやだ疑ってる!?」

跡部の視線が痛い。なんだかじっとりしてる疑いを含んだ視線だ。
どうしようどうしようどうしよう、今更ながらめちゃくちゃ焦ってきた。えっとえっと誤解を解くにはもう現場検証しかないのでは!?

「跡部!かがんで!」
「あ?」
「いいから!」

両手をポケットに入れたまま、不服そうにだけどかがんでくれた跡部の正面にまわる。そのまま顔を両手でつつむ。うわっすべすべ。

「こうやってね、まつげをとってたの!それをたまたま切原くんが天文学的角度から見てたみたいで!誤解がうまれたみたいです!」
「頬を揉みながらか」
「もちもちだったもので…あっでも跡部には負けるけどね!跡部のほっぺの方が高級感あるよ」
「たりめーだろ」

フンと鼻で笑った跡部はいつも通り自信の塊だ。さすがです。
すべすべでもちもちでなんだかいいにおいもして、触ると両手どころか全身が喜んでいるのが分かるほっぺをもつ人間なんて跡部くらいだよ。それにしても、長いまつげ、きれいな肌、整った顔、

「跡部かっこいい…」

無意識に口がゆるむ。伏し目がちだった跡部としっかり目が合った。
ぐっ
いつの間にかポケットから出ていたらしい手が、私の後頭部に当てられて。引き寄せられたら、息と息が混じっちゃう。

「お前はこの俺様とつき合っているという自覚が足りねえようだな」

濡れた唇を親指でなぞられて、

「ギャッ!?」

腰抜けた!

「おっと」

へたり込む前に抱えられて、心臓が口から飛び出そうだ、三つくらい。多分おそらく絶対に真っ赤っかな顔をしている私を見て跡部は肩を震わせた。笑ってるじゃん。

「誤解とけた?」

一番大事なところだ。おそるおそる聞くと、跡部は私をイスに座らせたあといつも通り堂々としながら言い切った。

「あ?元々疑ってなんかねえよ。お前は俺様にベタ惚れだからな」
「その通り、百点満点の回答です」

拍手すると、鼻で笑われた。

「だがな、俺は最初からつき合うことを隠すのは反対だと言ったはずだぜ」
「跡部は女子のコミュニティの恐ろしさを知らないから」
「まだお前の意見を尊重してやってもいいが」

そう言って跡部は私の顔を片手で包んで、

「次は俺の好きにさせてもらうぜ」

痺れるくらいの視線。しっかり頷けば、手が離れていった。満足そうにする跡部は、「じゃあな」とドアに向かっていく。「待って!」思わず、反射的に、欲望のままに、背中に飛びついてしまった。心臓が口から飛び出そう。五つくらい。

「あの、さっきの、その、もう一回」

振り返った跡部の顔、少し面食らったような表情が珍しい。こんな顔見れるの、私だけかなあ。

「欲しがりじゃねえの」

笑う跡部が満足げで私もとても嬉しい。
私は跡部の唇を噛まないよう、ぎゅっと目と唇を閉じた。