「跡部と名前がつきあってるってほんとか?」

テニス部レギュラーミーティングが終わって一息ついたところで、岳人に言われて思わずむせこんでしまった。気持ちが緩んだところへの衝撃の一言は心臓に悪い。部室にそこそこ響いた岳人の声を聞き逃すレギュラーメンバーはいなかったみたいで、みんなの視線が私に集中して口元が引きつってしまった。
え!と驚く人ふたり、暖かい目で見てくる人さんにん、寝てる人ひとり、興味なさそうな人ひとり、そして「アーン?見て分かん「余計なこと言わないの!」余計なこと言いそうな人もとい跡部の言葉をあわててさえぎる。
背伸びして跡部の口にぐいぐい両手を押し付けてフタをすれば、ぎゅっとまゆげをよせてめちゃくちゃ不満そうな顔をされたけど私負けない!

「っていうかいきなりなんなの岳人!」
「ユーシがお前らがつき合ってるって言うからさ、ほんとかどうか気になるだろ」
「忍足…」
「そんなにらまんといてや…」

恋愛脳の丸メガネめ。
余計なことを言ってくれちゃって…ギッとにらめば肩をすくめられる。忍足にバレてるのはまだいい、空気を読んでくれるから。けど岳人はだめでしょ!今みたいにみんながいるところで爆弾落とすようなタイプなんだから!ほら今もなんかめちゃくちゃなこと言いそうなデリカシーという言葉を知らない顔してる!ガルルと岳人を威嚇してたら、ふふっと可憐な声がして。

「でも景吾くんがこういうことを許すのは名前ちゃんくらいだよね」

さらりと髪をかきあげながら滝くんが笑う。
こういうこととはつまり、跡部の口をぎゅむぎゅむふさいでることを言うわけで…。
跡部を見上げると、気は済んだかと言わんばかりの表情で私を見下ろしている。笑ってごまかせば、跡部の口をふさいでいた手をつかまれ外された。そのまま肩を引き寄せられて、後ろから片腕で抱き寄せられる。抱き寄せ?!られる?!

「ちょっ…跡部!」
「見りゃ分かんだろ。こういうことだ」
「やっぱつきあってたのかよ!」

岳人にビシーッと指をさされたり
宍戸に激シブだぜと言われたり
日吉にチベスナ顔されたり
鳳くんに拍手されたり
恥ずかしい雰囲気にいたたまれなくなって両手で顔を覆っちゃう。「耳まで真っ赤だぜ」後ろから跡部の楽しそうな声が降ってきて、「うるさいっ」肘でこづいたらちょうどいいところに入ったみたいでウッと詰まった声がこぼれ出たのが聞こえた。ばかばか。

「てめぇ…」
「せっかく隠してたのに…!」
「隠すのは反対だと言っただろうが」
「恥ずかしいの!こういう空気になるのが!」

跡部とつきあってるってことが知られたら、これから先、跡部とあいつつきあってるんだって目で見られちゃうでしょ。例えばちょっと話しただけでも、目があっただけでも、タオルを渡しただけでも、ただのマネージャー業務をこなしてるだけなのにそういう目で見られるのが恥ずかしいの!…熱弁するけど、跡部には届かないらしい。

「慣れろ。俺様といると目立つのは必然だからな」
「そうだけどそうじゃなくてぇ」

じだんだを踏んでいると「諦めや」と横から関西弁がカットインしてきた。

「跡部もだいぶ我慢してたと思うで。苗字とつきあうことになった時、記念パーティ開きたがってたくらいやから」
「景吾くん、すごく嬉しそうにしてたもんね」

記念パーティとかいう謎の単語はおいといて。

「“景吾くん、すごく嬉しそうにしてた“の…?!」

滝くんの言ったことを噛み締めて、緩む口元を抑えきれないまま後ろの跡部を見上げたら、跡部は一瞬バツの悪そうな顔をしたあと「今からでもパーティしてもいいんだぜ」と笑った。

「あ!今恥ずかしいのごまかしたでしょ!」
「ごまかしてねぇ」
「うそだね!」
「アーン?俺様の何が分かるってんだ?」
「跡部さんと苗字さんがつきあってようがそうじゃなかろうが別にいいんですけど、喧嘩して部の空気悪くするようなことはしないでくださいよ」

ロッカーからラケットとタオルを取り出しながら、日吉が言う。「あともうコート練習の時間です」日吉の視線の先には時計があって、つられるようにみんなが時計を見ればミーティングにあてられた時間がちょうど終わるところだった。

「そうだそうだ!いつまでもイチャついてんじゃねーよ!」

事の発端が何を言う。またビシーッと指をさされて、「指さしたらあかんって言うとるやろ」ってその指を忍足がおりたたんで、「ユーシはどっちの味方なんだよ!」って岳人が大きな声を出す。今のうちに…と跡部の腕から抜け出そうとしたら、逆にグッと抱き寄せられて。

「フン、悔しかったらお前も早く彼女の1人や2人作るんだな」
「煽るな煽るな!」

火に油を注ぐ跡部の腕をべしべし叩くけどそれすら岳人にとっては燃料になっちゃうらしい。

「クソクソ!ムカつくぜ、なあユーシ!」
「彼女はええで…」
「こいつも彼女持ちだったクソクソ!」

暴れる岳人をなだめる忍足。
空気が解散モードになったのでみんなラケットを持って出ていって(岳人はずっとギャンギャン言ってたけど)、部室には私と跡部の2人だけになってしまった。「私もそろそろ部誌書かないと」2人きりというのをちょっと意識してしまって、どきどきし始めたのを悟られないように今度こそ跡部の腕の中から抜け出そうとすると、くるりと反転させられて、跡部と正面から向き合う形になる。伸びてきた手にあごをとられて、近づいてくる顔。こ、こんなところで…?!思わずぎゅっと目をつむるけど…いつまでたっても何も起きない。ゆっくり目を開けたら、「キスされるかと思ったか?」鼻と鼻の先で意地悪く笑われて頭の中がボン!と鳴った。

「思ってないし!ばか!」
「なかなか愉快な百面相だったぜ」

そう言って跡部は私の髪の毛をひとすくいして、軽くキスをした。キスを?!した?!!
容量オーバーで口をぱくぱくさせる私を見てようやく満足したらしい跡部は、ハァーッハッハッハといつもの高笑いをしながら部室から出ていった。

「く、悔しい…!」

結局肝心なところで跡部にかなわない。私も跡部の余裕を溶かしたい。何かないかとぐるりと部室を見回して、思わず笑ってしまった。跡部、完璧そうに見えてこういう人間くささがあるから、大好き。

私に「恥ずかしいのをごまかした」と言われて少なからず動揺したに違いない。
跡部が部室に忘れていったラケットを握って、コートに向かう。
からかわれて、奥歯を噛む跡部が見れるまであと少し。


2022.05.16