私には自慢の幼馴染がいる。
運動神経が良くて、特にバスケが上手くて、おしゃべりも上手で、顔もそこそこ良くて、何よりコミュニケーション能力がびっくりするくらい高いもんだからモテる。けっこうそれなりにモテる。小学生の頃は幼馴染がモテることがとっても自慢だった。みんなの人気者は私の幼馴染なのよーって。だけどいつの間にか幼馴染がモテることが心配になってきて、その心配はどこからくるんだろうってモヤモヤし始めたのが中2の夏。そしてその心配の原因が分かったのが高1の春。

「つまり名前ちゃんはその幼馴染クンのことを好きって自覚したのよね」

右見て、左見て、近くに誰もいないことを確認してから頷いて目の前の友人を見れば、・・・あれっ?なんか鼻息荒くなってない?なんか目がキラッキラしてない?えっ?どうしたの?えっちょっと待ってさつき、

「キャーー!いいわ!いいわよ!恋してるじゃない!名前ちゃんも人間の男子に興味があったのねっ!」
「人を異常性癖者みたいに言わないでくれない!?」
「ちょっと待ってシェイク飲ませて!」

は、はい・・・。
こうなったさつきはなかなか止まらないのは知ってる。ので、さつきがシェイクをすごい勢いで吸引していくのをソワソワしながら待ちつつ、ポテトをつまむ。ソワソワ。

「はあっ・・・それで?それで?いつ好きって自覚したの?どんなところが好きなの?」
「待って待って」

身をのりだして聞いてくるさつきの勢いにおされつつ、右手を前に出してストップ。「あっやだ私としたことが〜」てへって笑ってウインクするさつきの女子力の高さよ・・・。かわいいなおい。ちょっと乱れた制服を整えつつ、椅子にゆっくりと座りなおして。顔をあげたさつきは、恋する乙女の顔から部活の時みたいな情報に絶対の自信を持つときの顔になっていた。

「そうね。まずは名前ちゃんから話を聞かなきゃね。わざわざマジバに集合したんだもん。私に相談したいことがあったのよね?」

こうなったさつきは頼もしいけど、全部を見透かされてるようでちょっと怖い。けど今はそんなこと言ってられないのだ。なんたって、私の恋は前途多難なんだから!

「あのね、その幼馴染にね、彼女がいるかもしれなくて」
「勘違いじゃなくて?」
「私だってそう思いたいけど!でも最近口をひらけばいっつもその子のことばかりなの」
「高尾君モテるもんねえ」
「そうなのモテ・・・何で知ってるの・・・って聞くだけ無駄か・・・」

はあと漏れるため息は重い。空気より重い。もし今のため息が目に見えてたら、マジバの床を突き抜けて地面にめり込むくらい重い。

「ちなみにその彼女かもしれない女子の名前って分かる?」
「うっ・・・改めてさつきから彼女って言葉が出ると辛い・・・」

携帯を取り出してなにやらカチカチし始めたさつき。彼女かあ・・・。まあ私たちももう高校生になったしね、彼女や彼氏のひとりやふたりいてもおかしくはないと思うのよ。でもね、やっぱり好きな相手に彼女がいるっていうのは胸の中ぐっちゃぐちゃになりそうなんですよ。あー本当は口にするのも嫌だな〜、その彼女カッコカリの名前。

「シンちゃんって言ってるよ」
「うんうんシンちゃんね。・・・シンちゃん?」
「うっ・・・連呼しないで、もっと辛くなるから」
「えー、それって・・・うーん、でも女子ってパターンもあり・・・?」
「なにが?」
「うーん、とりあえずね、調べてみるわ」
「ありがとう!」

パンって手を合わせて頭をさげれば、「私にまっかせなさい!」って胸を張るさつきの胸の・・・大きいことよ・・・。なにこれ・・・。揺れてる・・・。い、いや、まだ私だって成長段階だし・・・?

「バニラシェイク、名前ちゃんのおごりね」
「もちろんっす。さつきバニラシェイク好きだったっけ?」
「バニラシェイクの香りってテツくんのこと連想させるのよ〜!」

私も周りから見たらさつきと同じように見えてるのかな。
恋して、ふわふわして、シェイクなんかで盛り上がっちゃって。でもそんなさつきは可愛いんだよなあ。


**


家に帰ってきて、もう寝ようかなってあくびをした時スマホが鳴った。着信画面を見て私の心臓もどきっとする。だけどどきっとするのは最初だけだ。電話するのだってもう数えきれないくらいだし、心臓はすぐに落ち着く。でもそれまではあくまで平静に、いつも通り、私は普通私は普通私は普通・・・。

『何うなってんだよ』
「私普通なので・・・」
『まあな』

まあなってなんだ。
ちょっとカチンときたけどまあいいや私は普通。それ以上でも以下でもないのだ落ち着くのだ。

『いやー今日も部活キツかったわー』
「お疲れ様」
『そっちはど?黒子クンとか元気にやってんだろ?』
「敵チームに情報はあげません〜」
『なんだよケチ』

すぐにいつもの調子に戻って、ぶうぶうと電話の先で口をとがらせすねてる和成が想像できて笑う。きっとこの窓の先から見えるカーテン越しの部屋で、同じようにごろごろしながらスマホいじってんだろうな。なんて心臓も落ち着いて楽しさが勝ってきたところでしかし、爆弾は落とされるのだった。

『そんでなーシンちゃんがなー』
「・・・出た」

出たよシンちゃん、私の敵。

『今日はくまのぬいぐるみ持ってきてなー、ぶふぉ』
「そっか〜」
『授業中も鞄の中からくまがのぞいてるもんだからオレ笑いこらえるの必死で』
「へ〜」

ずいぶんと仲がよろしいことですねえ。
和成の席の近くで、くまのぬいぐるみなんて鞄に入れて、女子力アピールか!?ってか和成そういう女子のこと好きだったっけ!?私も持ち歩くか!?くまのぬいぐるみ!

「へえ〜」
『・・・なあ』
「ん?なに?」
『オレの話聞いてる?』
「ちょびっと」
『まあこんな時間だしなーもう眠いよなー』
「いっつもシンちゃんの話ばっかだから眠くなっちゃうんだよね」

ふああとあくびしながら、・・・ハッとした。やばい私思ったことドストレートに言っちゃったわ。ひやっとするけど、和成の声色はいつも通りだった。

『オレそんなシンちゃんの話ばっかしてっかなあ』

無自覚かこんにゃろう。

「してるよ。聞き飽きた」
『でも面白いんだよなシンちゃんって』
「眠いから切るね」
『あっ、おい』

つい衝動的に切っちゃったけど、・・・まあいっか。これ以上シンちゃんの話聞きたくなかったし・・・。直接和成にシンちゃんのこと聞ければ一番なんだろうけど、和成の口から直接シンちゃん?オレの彼女!(声真似)なんて聞きたくないし・・・。まずはさつきからの情報を待たないとね!うんうん。もやもやする気持ちにふたをして、部屋を暗くして、私はまぶたを閉じたのだった。


**


さーて今日も元気に自転車通学っと。無駄にちりんちりん鳴らしながら玄関を出たら、

「あっ」
「アッ」

和成がいた。なんかもう見慣れたけど相変わらず頭のおかしい自転車をひいてる。自転車っていうかなんだ、リアカー?

「おはよ」
「おはよー。相変わらず奇妙なのこいでるね」
「まあな・・・」

和成の横、並列して走るけどほんとなんなんだろうこれ・・・。野菜でも収穫しに行くのかおまえは・・・。秀徳高校って農業科なかったよね・・・。

「なあ昨日なんかあった?」
「あーいや別になんでも」

一晩寝たらなんか妙にすっきりして、どうせあとはさつきの情報待ちだしどうにでもなれ〜!って感じ!和成の口からシンちゃんって名前が出てこなければどうってことない!

「やっべ遅れたらシンちゃんにどやされる」

どうってことな・・・。

「先行くね」
「かっこいいかっこいい幼馴染の和成クンを置いていくのっ!?」
「なんの茶番よ」

きゃるんとかわいいポーズをとってみせる和成を無視してペダルに力を!こめる!
ぐんぐんスピードにのっていくけど、私の頭はごちゃごちゃしたままだ。遅れたらシンちゃんにどやされる(声真似)ってなに!そんな短気な彼女より私の方がよくない!?っていうかアレにシンちゃん乗せていくとかそういうこと?!なにそれさいっこうに恥ずかしいことしてるじゃんだけどそれを羨ましいと思っている私もいるーーー!

「汗だくですね・・・」
「まあね・・・」

なんて思いを吹き飛ばすために全速力で自転車こいだもんだから学校に着いた頃には汗だくだった・・・。黒子君に指摘されるくらいとはなんとも恥ずかしい・・・。

「まだ全然遅刻するような時間じゃありませんけど」
「たまにはね、部活の朝練一番乗りしてみようかなとかね、」
「一番乗りは火神君です」
「バスケバカめ・・・」
「そうですね」

なんて言いながら満足気な黒子君を見て私も満たされる。そういうバスケバカ、好きだもんね。
好き・・・好きかあ・・・はあ・・・。

「ため息なんて珍しいですね」
「幸せが逃げる〜」
「何かあったんですか?」
「恋煩いだよ・・・」
「名前さんが?」
「うんそうだよってちょっと驚きすぎじゃない」
「人間の男子にも興味あったんですね」
「ひどい」

まったく同じことさつきにも言われたんですけど・・・。
私ってそんなに人外に恋してそうなの?なんだと思われてたの?帝光中でのヒエラルキーってどうなってたの怖い知りたくないでもちょっと気になる。

「冗談はおいといて。ボクはてっきり名前さんは高尾君のことを好きだとばっかり思ってたんですが」
「ちょっちょちょちょちょストップストップ!しーっ!しーっ!」
「もがが」

いきなり何を言うのかねこいつは!
あわてて黒子君の口をふさぐ。誰に聞かれてもまあそんな困るようなことじゃないけど大声で言うには恥ずかしいっていうか何度か対戦したことある敵チームのスタメンを好きだってもし先輩に知られたらちょっとやっぱり恥ずかしいっていうか「も、もががが・・・」あっごめん黒子君。ぱっと手を放したら「窒息するかと思いました・・・」って言われた。ごめんて。

「やっぱりそうなんですね」
「まあね。でも彼女いるかもしれなくて前途多難」
「彼モテそうですもんね」
「えへへそうなのモテるの」
「嬉しそうですね」
「最近はその嬉しさに複雑さがプラスされてるんだけどね・・・」

好きって気持ちは厄介だ。

「シンちゃんシンちゃんってうるさくてさあ」
「えっ?」
「凄い嬉しそうに喋るんだよね、その子のこと」

はあ・・・って出るのはまた重いため息だ。地面にめりこんじゃう。
って黒子君なんでそんながっかりしたような目で私を見てるの・・・なんなの・・・傷ついちゃうよ・・・!?がたがた震えだした私をよそに、黒子君は息を吐くようにさらりと言った。

「それって緑間君のことなんじゃないんですか?」

・・・。

「えっ和成ってホモなの」
「何故思考回路がそっちに・・・」
「ショート寸前なんだけど・・・!?」
「違くてですね、緑間君って名前は真太郎って言うじゃないですか」
「うん」
「だから、真ちゃん」

あの堅物の緑間が?下まつ毛の緑間が?真ちゃん呼び?ぶっふぉ、

「無い無い無い!緑間が真ちゃんなんて呼び方オッケーするわけないじゃん!あははは黒子君冗談うまいわー」
「ボクも最初は驚きましたけど、でも試合中もそう呼んでましたし」
「・・・・・・マジ?」
「マジです」

こくりと頷く黒子君の瞳に濁りはない。嘘でしょ・・・。もし黒子君の推測が当たってたら私とんだピエロなんだけど・・・。
かつてのチームメイトの緑間に嫉妬してたとか情けなさ過ぎて涙出てくるわ・・・。いやでもまださつきからのアンサーはないし・・・。シンちゃんって女の子いてもおかしくないし・・・。

「恋敵が緑間君だといいですね」
「うんまあ・・・ってそれもなんか違うけどね!?」

その晩私は緑間に「高尾はオレの恋人なのだよ」って宣言される夢を見たのだった・・・。
いうまでもなく、目覚めは最低最悪だ。


**


「おっ。おはよ」
「あーうんおはよう」
「目の下にクマできてっぞ」
「あーうんまあ・・・」

緑間があんたを恋人宣言した夢を見たから寝不足だなんて口が裂けても言えない。
今日も今日とて奇妙な自転車をこぐ和成の隣を並走しながら、私はひとつ決心をする。
シンちゃんとは真太郎緑間のことなのかと、聞いてみる・・・!
あくまで普通に。なんとも思ってませんよーみたいな感じで。私にはできる、できるはず。

「あー重てえ」

でしょうね・・・余計な荷台くっついてるもんね・・・なんてつっこみはどうでもいい。

「あのさー和成」
「なにー」
「シンちゃんってどんな子なの」
「どったのいきなり」

前を見て、安全運転してるふりして、和成の顔は見れなくて。どうしたのとかどうでもいいからはやく結論を!くださいよ!

「シンちゃんなー。面白い奴だよ。毎日おは朝のラッキーアイテム気にしちゃって、かわいーの」
「・・・」

わ、私の方が可愛いもん・・・なんて相手のことなんもしらないくせに張り合ってみちゃったりして、でも、男に対してこんな言い方しないだろうから、やっぱりシンちゃんとは真太郎緑間じゃない気がする。えっやだ朝から失恋したくないんだけど・・・。

「そんでなーまつ毛も長くて」

美少女じゃん・・・。

「頭もよくて」

そりゃ秀徳行くくらいだもんね・・・。

「背も高い」

モデルかよ・・・。

「わ、私より・・・?」
「いやお前身長平均じゃん」

うっ・・・また無駄に張り合ってしまった・・・。こんなんダメージくらうだけなのに・・・。ライフがごりごりと削れていくのが分かる・・・。

「も、もういいや・・・」
「そんで美形」
「もういいです・・・」

完敗だわ・・・。そんな完璧美少女に勝てる気がしない・・・。和成モテるもんね。よーく知ってる。モテる和成は好きな女子なんて選び放題で、たぶん、その美少女を、選んで、好きになったんだ・・・。あっやばいなんか涙出てきた。

「お幸せにね・・・」
「そんで男」
「ホモじゃん・・・」
「ぶっふぉ」

え・・・?男・・・?
隣を見れば、顔を下げて肩震わせてくつくつ笑っ・・・おい何笑ってんだこいつ。

「つーかシンちゃんってお前もよく知る緑間だから。緑間真太郎」
「し・・・知ってたし!?知ってたしそんなの!良かったねめっちゃ仲いいじゃん!?」
「ぶっふぁ、だめだもうおもしれー!」

ぎゃはははと人目もはばからず爆笑する和成になんだこいつって思うけど、な、なあんだやっぱり黒子君の言ってたとおりシンちゃんってのは真ちゃんで緑間のことでつまり彼女じゃなかったと!いうことか!神様ありがとーーーー!きらきら青空が私を祝福してるとしか思えない!

「あー良かったスッキリしたそれじゃあ私先行くね。さつきに電話しなきゃ」
「え?あ ちょっと待、」
「じゃあね!」
「おーい」

あー良かった!和成に彼女はいないっぽい!とりあえずシンちゃんは緑間のことで間違いなかった!そういえばマジバでさつきと話した時、なんかさつきの反応に違和感があったのを思い出す。多分さつきもシンちゃんは緑間のことじゃないかって疑ったんだろうなあーでも確信できるまで何も言えなかったんだろうなー。きっとさつきびっくりするぞ〜シンちゃんって真ちゃんで緑間のことだったんだよ!

「ぜえっ、ねえさつきっ、はあ、真ちゃんってさ、」
『おはようそして落ち着いて、すごく息切れてるよ』

自転車めっちゃこいだからね・・・。ひいふうと息を整えてから、再チャレンジ。

「真ちゃんって緑間のことだった!」
『知ってるよ』

知ってるんか〜〜い

「知ってるなら教えてよお!私がどれだけどきどきしてたか!」
『一応裏をとっておきたかったのと・・・なんか恋してる名前ちゃん可愛くて』
「はいはいありがとうさつきも可愛いよ」
『うふふ知ってる』

うんうんさつきはこういう女子でしたね・・・。

『ひとつ解決してよかったね!それで高尾君には彼女いなかったのよね?』
「真ちゃんが緑間だったから、いないと思う!」
『えっ直接聞いてないんだ』
「えっだってそういうことじゃないの・・・?」
『えっ真ちゃんはミドリンのことでも、他に彼女がいる可能性ってゼロじゃないわよね・・・?』
「えっなにをそんな恐ろしいことを・・・」
『えへ』
「え、えーーーーっ!」


まだまだ前途多難みたいです。


つづく?