ブロマイドを渡されてから早数日。妙な存在感を放っているそれをなかなか捨てられずもうこれ本人に返すしか選択肢はないといつか会うだろうその時の為に嫌々ポケットに忍ばせつつ今日も今日とて魚忠でバイトさせてもらっている私はというと、トト子ちゃんから衝撃の事実を聞かされていた。

「む・・・六つ子・・・!?」
「そうなの。松野さんちには六つ子がいるのよ」
「むつ・・・ごろう・・・?」
「違うわ。動物にべろべろする方じゃなくて」

言わなきゃ良かった(確信)

「長男から、おそ松さん、カラ松さん、チョロ松さん、一松さん、十四松さん、末っ子が」
「ごめんちょっと待ってなにその早口言葉みたいなの」

舌噛むよこれ・・・。トト子ちゃんはまるで何でもないことのように松野家六つ子の説明をしてくれるけど、六つ子って40億分の1の確率でしか生まれてこないって言われてるからね!?ちなみに地球の人口ってだいたい70億人くらいだからね!?それをふまえた上での40億人分の1だからね!?私の豆知識もむなしく、トト子ちゃんはサンマのエラをつう・・・と人差し指で撫でながら可愛い唇を開く。

「でもおそ松さん達は昔からおそ松さん達だから」

パクパクパクイェ〜イ・・・と無意識に脳内リピートしてしまった私はぷるぷる頭を振ってエラ呼吸を意識の外に放り出す。
うーん、確かにちっちゃい頃からそのおそ松さん達とやらと一緒に過ごしてきたトト子ちゃんにしてみれば、六つ子っていうのは何の変哲もない日常の一部なんだろうなあ。でもこの町に引っ越してきた私にとっては未知の領域だ。感覚で言うなら幽霊妖怪UMAにちかい。
・・・だけど彼らは間違いなく存在しているわけで私もそのうちの2人には出会ってるわけで・・・、ここで恥ずかしい案件が浮上するのだ。

「多分私人違いしちゃったよ・・・」
「みんな似てるわよね」

パクパク。右手をパクパクさせたトト子ちゃんに私は左手でパクパクを返す。
六つ子という存在を教えてもらった今では、多分おそらく絶対にサンマをかっさらっていった猫を追いかけた時に出会ったマスクの人と、数日後にブロマイドをもらった人は別人だと確信できる。あの時感じた違和感はこれだったのか〜なんて頭を抱えることもできる。つまり整理すると、

・私は結局マスクの人から残りのサンマ代100円を受け取っていない
・それだけじゃなくまったくの別人にサンマ代100円をカツアゲしてしまった

ってことになるんだよね〜!
うわあああああ。だからあの時「俺?」なんて首かしげられたんだ。それを私はしらばっくれるんじゃないとかサンマ代足りないとか自信満々に詰め寄って挙句の果てにお札と思いきやブロマイドをもらった・・・のは正直わけわかんないけどとにかく私はブロマイドをもらった方の人に大変失礼なことをかましてしまったことになる。いやマジでブロマイドもらったのはわけわかんないけど。
とにかく自分の間違いを再確認すると恥ずかしさやら申し訳なさやらポケットからのぞく茶封筒の存在感やらでいてもたってもいられなくなってくる。ので、「今日は空がとても青いわ・・・」なんて芝居がかった口調でつぶやいているトト子ちゃんにお願いすることにした。

「トト子ちゃん、その六つ子の見分け方を教えてください!」
「いいわよ」

そしてその後私はトト子ちゃんの協力を得て、松野家六つ子見分け方攻略本(簡略版)の作成に成功したのだった!良かったこれで次会った時色々誤解を解けるし謝れる!はず!


**



時は過ぎてカラスも鳴き始める夕方。
今日のシフトは夕方あがりだったので、トト子ちゃんのお母さん達にあいさつをして魚忠を出る。伸びをすればバキバキいう肩を回してほぐしながら、私はどうしようかなあとひとりごちていた。・・・あ、カラスが4羽飛んでった。
攻略本によれば、マスクの人が一松さん(暫定)で、ブロマイドの人がカラ松さん(暫定)ってことになる。つまり私は一松さん(暫定)からサンマ代100円を受け取り、カラ松さん(暫定)に謝らなきゃいけないんだけど、この2人は六つ子だっていうからお互い私にどうこうされた話は筒抜けだろうしとんでもない勘違いかましたのも折り込み済みだろうし・・・恥ずかしい!正直会うの恥ずかしい!一応トト子ちゃんから松野家の住所も教えてもらったけど、いきなり家に行くわけにもいかない・・・。「多分一松さんとおそらくカラ松さんに迷惑をかけた苗字です!」ってか?痛いわ・・・。
なんて色々考えながら歩いてたら、この前サンマをかっさらって行った猫が逃げ込んだ路地が見えてきた。・・・もしかして、いたりして。一松さん(暫定)、いたりして。な〜んてね、こんな平日の夕方っから一松さん(暫定)も暇じゃないだろうし、まあいないとは思うけど一応覗いてみ

「あ」
「ウヒャア?!」

たら鼻先数センチのところに顔があってびっくりして変な声出たしまたしりもちついたあ!ドッドッドと爆音かましてる心臓と痛むお尻を押さえながら私は慌てて攻略本を取り出す。

☆すわった目と猫背とジャージとサンダルが特徴!だいたいマスクもつけてるの。六つ子の中で1番不穏なオーラを纏ってて1番1人でいる確率の高い猫好きは、そう四男一松さん!

一応言っておくけどこの文章を考えたのはトト子ちゃんであって私ではない。
攻略本を見て、目の前の人を見て、私は確信する。じいと見つめ返してくるこの人は、

「一松さん・・・ですよね」

こくりと頷いて、

「ビンゴ!」

ぱちんと指を鳴らして攻略本をしまう。暫定じゃなくなった瞬間である!
あ〜良かった合ってたとなんとなくホッとして息を吐くけど、

「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」

ぴゅうと私と一松さんの間を風が通り過ぎた。もとい会話が無い。一松さんは立ったままどこか眺めていて視線が合わないし私も私で話題が無・・・いやあるじゃん!サンマじゃん!
とりあえず立ち上がってお尻のほこりをはらって一松さんの前に立てば、視線が合った。

「えっと」
「・・・ん」

でもなんとなく今更サンマ代100円くださいなんて言いづらいな・・・なんてもごもごしてたら一松さんがグーの形をした手を出してきた。その手の下に手のひらを置けば、ぽとんと何かが落ちてきた感覚。
こ・・・これは・・・100円玉!100円玉だ!これでしめて200円!サンマ!1匹分の!値段である!ずっと雲がかっていた私の心にさああと光が差し太陽が顔を出し天使まで舞い始める。これでトト子ちゃんちの損失もなくなったし私の心も晴れ模様だしミッションコンプリーーット!

「サンマ代ありがとうございました!」
「チッ」

なんで舌打ちで返されたのかまるで分からないけど晴れ模様な私にはまるでダメージが刺さらない。多分おそらくカラ松さん(暫定)からサンマ代のことをきいた一松さんはそのことを気にかけててくれて、その結果がこれなんだろうな。一松さん案外律儀。

「もう聞いてるかもしれませんけど、もしかしてカラ松さんからサンマのこと聞いヒッ」

私はびっくりした。とてもびっくりした。なぜならカラ松さん(決定)の名前を出した瞬間一松さんの背後にどす黒い何かが見え始めたからである。えっカラ松さんと一松さんって兄弟なんだよねその兄弟相手に対してこんななんかこう負の感情を表せるものなの!?いや兄弟相手だからか!?しらんけども!

「・・・・・・それ」
「こ、これ!?」

それまで沈黙を守っていた一松さんが、私のポケットを指さした。ポケットからはみ出ているのは茶封筒(ブロマイド入り)だ。あ、も、もしかしてこれカラ松さんに返しておいてくれるのかな・・・って一松さんに茶封筒を渡した瞬間、ビリーッと真ん中から真っ二つにされたので思わず某お魚くわえた陽気なアニメの婿養子よろしく叫んでしまったのだった。

「ええーっ!?」
「こんなゴミ捨てていいから」

自分の兄弟のブロマイドを破いてどストレートにゴミ呼ばわり!?私の喉元まで感想があがってくる。いや確かに私もこのブロマイドには1円の価値もないなと思ってたけど、真っ二つに破かれてはらはら舞うブロマイドを見るとなんだかこう物悲しい気持ちになってくる。

「まあ俺もゴミみたいなもんだけど」
「ゴミ?」
「・・・」

よく聞き取れなくて聞き返したら、一松さんは何も言わずに歩き始めて私の横を通り過ぎて行ってしまった。

「あっ、ちょっ、待ってください!」

それでも歩くのをやめない一松さんを追いかけて、ポケットにつっこまれてる腕をつかんで引き留める。ぐん、と後ろに引っ張られてバランスを崩した一松さんは、顔だけを私に向けた。うっ。なんかめちゃくちゃ不愉快そう。

「えーっと」
「・・・」
「よければ、」
「・・・」
「今度はサンマ買いに来てください・・・?」
「・・・」

ふいっと顔をそむけた一松さんに、私もぱっと手を放す。
にゃ〜
どこからともなくやってきた猫が一松さんの側に駆け寄って、跳ぶ。その猫をキャッチした一松さんは猫の頭を撫でながら、う・・・頷いたのかな・・・?今の顔の動きは頷きかな・・・?いや猫を見ようとしただけかな・・・?あっ目が合っ・・・なんか舌打ちみたいなのされたからやっぱり私の気のせいかもしれない!
なんて私が一生懸命一松さんの考えを読もうとしてるうちに、一松さんは歩いて行ってしまった。猫には優しいんだなあ〜なんて思ってたら、ぴゅうと吹いた風・・・に真っ二つにされたブロマイドが飛んでいきそうになったのをあわててかき集める!
別に1ミリたりともこのブロマイドが欲しいわけじゃないけどほんとそれだけは信じて欲しいけどもしカラ松さんが破かれた自分のブロマイドをどこかで見ちゃったらつらいよね!?そしてこのブロマイドを私が破いたと思われるのも嫌だな・・・!?
ってことで私はブロマイドをかき集め家に持ち帰り、セロハンテープで補強するのだった。

「何やってんだ私」