それは一瞬の犯行だった。
太陽輝くお昼時に突如現れた野良猫は今朝水揚げされたばかりのすこぶる新鮮で本日一押しのサンマをかっさらって行ったのである!

「待てコラ―――!」

裸足で駆けだす陽気なアニメとは違ってこちとら本気と書いてマジと読む。トト子ちゃんちの魚屋さんにバイトとして雇ってもらってる以上野良猫がサンマをタダでかっさらって行くのを見過ごすわけにはいかないのだサンマを!タダで!一匹200円!
全力で逃げる野良猫を全力で追う私、方向転換して路地に逃げ込んだ野良猫を追って更に走って、

「逃がさな・・・ぶっ!」

弾き飛ばされた。
固いような柔らかいようなとにかく何かにぶつかって?盛大にしりもちついた私が見たものは、

「・・・」
「・・・」

妙に目の座ってるマスク男だった。
えっ何この人怖・・・。パーカーにジャージ姿でマスクつけてポケットに両手を突っ込んだまましりもちついてる私を見下ろしているマスク男は、私を見て、猫を見て、・・・あっそうだよ猫!

「サンマ返せっ!」

呆然としてる場合じゃなかった、まずは猫からサンマをとり返さないと!痛むお尻を押さえながら猫を追おうと立ち上がれば、

「・・・」
「ちょっと、」

立ち上がれば、

「・・・」
「あの、どいてくれませんか・・・」

マスク男に通せんぼされる。
え、ええー・・・。どういうことなの・・・。なんて思ってる間にも猫はジャンプにジャンプを重ねてどこかに行ってしまったサンマを!くわえたまま!一匹200円!

「あのっ、どういうことですかっ」

今の行為は明らかな猫との共犯関係だ!私が警察だったら現行犯逮捕だ!
少し強めに出たけど何の反応もなくて、ちょっと怯む。だ、大丈夫大丈夫、私だって毎日の棚卸で腕力ついてるんだからな。この前握力測ったら結構上がってたんだからな!ファイティングポーズでとりあえず威嚇を返す私をマスク男はやっぱり何の感情もない目で見つめたあとおもむろにポケットに手を突っ込んで、

「ごめんなさい物騒なことはやめてください!」

なんか絶対凶器出すつもりだこの人!だってマスクつけてる人だいたいヤンキーだし!
謝って最敬礼する私の目の前に出された手には、・・・お金が握られていた。

「ん」
「えっ・・・」

困惑する私に、マスク男はなおも手を差し出す。

「サンマ」
「あっ」

もしかしてこのお金はさっきの猫がかっさらって行ったサンマ代のつもりなのかな・・・?
ってことはさっきの猫はこの人の飼い猫・・・?まあでもどんな関係性だとしてもサンマ代をもらえれば私にあの猫を追う理由はなくなるわけで・・・?
ぽかんとする私を置いて路地裏から去って行くマスク男。
なんか変な人だったなあ・・・。まあサンマ代くれたからいいや、と手のひらを開いてみれば、そこには鈍く輝く100円玉が1枚存在を主張しているのだった。

「サンマ200円なんだけど!」