テーブルに置いていた携帯が震えたのはもう日付も越えようかという頃だった。着信画面は同居人の名前を表示していて、緑間はため息を吐く。その重くて苦そうなため息は今の緑間の心情をこれでもかというくらいに表していた。眉間のしわも深い。つまるところ、不機嫌である。

「貴様、今何時だと思っ」
『あー真ちゃん?オレオレ!』
「オレオレ詐欺はお呼びじゃないのだよ」
『ぶっふぉ!』

携帯電話越しに聞こえてくる旧友の笑い声に、緑間の眉間のしわがますます深くなる。そもそも着信画面は同居人の名前を表示していたはずだが。なぜその名前と違う人間の声が聞こえてくるのか。こんな時間に。いや、こんな時間だからこそ。そこからたどり着いた結論に、さっきより深くて重いため息が緑間の口から漏れていく。

「・・・高尾、代われ」
『うわっ真ちゃんめっちゃ怒ってる。おい名前、真ちゃんが代われってさ』
『みろりまあ〜?』
「・・・」

電話越しにも届いて来そうな酒のにおいのする声に、緑間の声が低くなる。

「おい、今何時だと思っている」
『ん〜〜わかんなあい!でも、まっくら!あははははは』
『・・・ってことなのだよ』
「・・・場所は」

名前の声を聞くだけで分かる。かんっぜんに出来上がっている。今日は小学校の同窓会だと張り切って出かけていった数時間前の名前の姿が緑間の頭に浮かぶ。明らかに浮かれている名前に口すっぱく注意を促した記憶も新しい。結局「高尾もいるから大丈夫」で流されてしまったのだが、その結果がこれだ。携帯を耳と肩で押さえ、高尾から場所を聞きながら、緑間は冷蔵庫からペットボトルの水をとり、玄関に向かう。車のキーを左手でとり、玄関をあけたところで電話を切った。
だからあれ程言ったのだよ!
ふつふつと腹の底からわきあがる感情。階段を降りる音もいつもより心なしか大きいのだった。





「おっ真ちゃんこっちこっち〜」
「待たせたな」
「ちょ〜〜〜まった!」
「お前には言ってないのだよ」

え〜と名前は真っ赤な顔でぶーたれる。高尾に肩で抱えられながらぶーぶー言っている名前は見るからに酔っ払いで、その酒くささに緑間のまゆがしかめられる。言いたい小言は沢山あったが、「あれ?そーいやなんれみろりまここにいるの?」ろくにろれつもまわっていないこの状態では言っても無駄だろう。酔いが覚めたら覚えているのだよ。「うわ〜名前ご愁傷様」高尾がぽろりと呟けば緑間のジロリとした視線と交わって、「高尾、貴様がついていながら「まあまあほらとりあえず名前受け取ってよ!な!」高尾は回避を試みる。飛び火、ダメ、ゼッタイ!

「みろりまあ〜!たらいま〜!」
「ここは家じゃないのだよ」
「ぅえへへ、みろりまだあ、えへへへ」
「いいから早く車に乗れ」
「はあ〜い」

ぐいぐい後部座席に名前を押し込みつつ振り向けば、「いや〜愛ある介護だわこれ」ぷすすすと笑いをこらえている高尾と目が合うものだから、緑間は口を開くが、・・・閉じる。この状況を面白がっているだろう高尾に言いたいこともそれなりにあるが、まずは、礼を言うべきだろう。

「迷惑をかけたな、高尾。悪かった」
「うんにゃ、これくらいどーってことないぜ。オレと真ちゃんの仲じゃん」
「語尾にハートをつけるんじゃないのだよ気色悪い」
「ひっでえ!言いすぎ!」
「同窓会の代金はもう支払ってあるのか?」
「それは始まる前に集めてあるから大丈夫だぜ」

さすが真ちゃんしっかりしてんなあ。当然なのだよ。緑間がメガネのふちをクイとあげたところで「みろりまあ〜!」後部座席からお呼び出しである。

「お呼びだぜ真ちゃん」
「まったく・・・」
「そんじゃオレ戻るから、あとのことはよろしくな〜」
「この借りは必ず返すのだよ」
「ぶっふぉ、そんな気にすんなって!」

じゃあなと戻って行った高尾にもう一度礼を述べた後、後部座席を見ればぐで〜〜〜っと横になっている名前がいる。
こいつ、どんだけ飲んだらこうなるのだよ・・・!
ひとりで酔っぱらうならまだしも、おそらく高尾以外にも迷惑をかけた相手がいるのではないか。そう思うと酔いが覚めたら名前に言いたいことリストがどんどん増えていく。「えへへ〜」そんな緑間の思いも知らず楽しそうに笑う名前を見て、緑間は本日何回目か分からないため息を吐くのだ。

「おい」
「ん〜〜〜?」

ぐ〜〜っと深呼吸をした名前の呼吸がどこか窮屈そうで、緑間の視線は首から胸元にかけてのボタンに向けられる。きっちりと上まで留められたボタン。ふたつみっつ外してやれば少しは楽になるだろうかと、緑間はボタンに手をかける。丁度みっつめのボタンに触れたところで、緑間の手が止まった。いつのまにやら腕に名前の手が添えられている。
ボタンに向けていた顔をあげて視線を名前によせれば、とろんとした瞳と目が合った。「みろりまあ」ちょいちょいと反対の手で手招きをされ、仕方ないと顔をよせれば、息がかかり、

「えっち」

ぺちっ
力なく叩かれた、というよりは撫でられた頬に、酒のせいで潤いとろんとした瞳に、吐息と共に吐かれた声に、熱い体に、

「っ・・・!」

誰がえっちだというのだよどうしてこんな状況になったと思っている全てはお前のせいなのだよお前が酒の許容量を間違えるからこうなる酒を覚えたてでもあるまいしあれ程気を付けろと言ったにも関わらず不特定多数に迷惑をかけあまつさえ高尾流に言うならば介護をしてやっているオレに向かって下心のあるような言い方をし自分の表情や態度は棚に上げ、え、え、えっちだと・・・!?(この間コンマ0.4秒)

そのまま緑間は名前のみっつめのボタンを外し!ドアからはみだしていた名前の足をしっかり後部座席に押し込み!シートベルトを無理やり装着させ!自分は運転席に乗り込む!
車を発進させながら、緑間は小さく舌打ちをする。
マジでこいつ酔いが覚めたら覚えておくのだよ!!!
どこか悔しい思いを抱えたまま、夜道を走る。バックミラー越しに見た名前は大口開けて気持ちよさそうに寝ているもんだから、緑間のハンドルを握る手に力が入るのだった。


煽ったのはそっちからだと、口の中で転がしながら。