轟音がした。
振動で水がこぼれそうになったものだから慌ててグラスをおさえる。なんなんだよ、と悪態をつきながら顔をあげたミスタが見たものは鬼だった。「(うげ・・・)」もとい、鬼の形相をした名前だった。肩で風を切りながらいつものレストランでいつものテーブルに向かいいつもの席に手をかける。勢いのままドシンと座った名前のせいでまたグラスが波打ったがミスタは今度は悪態をつかなかった。
明らかに何かあったに違いない名前に嫌なものを感じて、ミスタは我関せずと無言を貫いていたアバッキオに視線を送る。無視される。ならばとナランチャに視線を送る。「(駄目だこいつ楽しんでやがるじゃあねえか)」諦める。フーゴに視線をよせればめんどくさそうにまゆげを寄せられ、最後にジョルノに視線を送ればため息で返されたが「いてっ」何か痛がってる様子を見るとテーブルの下でアバッキオかナランチャに蹴られたに違いない。今回の人柱はジョルノに決まったようだ。ジョルノは恨みがましそうにメンバーを眺めたあと、ゆっくりと口を開いた。

「どうしたんですか、名前さん」

水をそそいだグラスを差し出しながら声をかけてきたジョルノを名前は鬼の形相で見、無言でグラスを受け取り、ぐあっ!といっきに飲み欲し、ガツン!と机に突っ伏した。

「またフられたーーーッ!」

喉の奥からひねり出された悲痛な叫びを放つ名前に一同顔を合わせ、

「・・・フッ」
「ぷっ」
「またかよ!」
「ギャハハハこれで何回目だよ!」
「ちょっと皆さんそんな煽るようなこと言うと」
「何がそんなに面白いわけえ・・・」

ゆらりと立ち上がった名前の背後にスタンドが浮かび上がる。「ほらやっぱり」やれやれと肩をすくめるジョルノとは逆に「だあってよォーッ!もう三桁いくんじゃねえのーッ!?」腹を抱えて大笑いするナランチャはそれがひたすら名前の神経を逆撫でしていることに気づいていない。

「まあまあ落ち着いてくださいよ」
「そうですよ。話を聞きますから」

今にもスタンドをぶちかましそうだった名前の両脇をジョルノとフーゴが固める。2人の言葉にしおしおと落ち着きを取り戻してきた名前が「・・・ほんと?」消え入りそうな声で言うもんだから、「(ほら皆さんも!)」ジョルノの目くばせもあり、一同うんうんと頷いてあげるのだった。

「あのね・・・ずびっ・・・スーツの似合うね・・・ずずっ・・・いい男だったの・・・」
「はい、それで?」
「だけどね・・・ずずっ・・・ちょっとティッシュもらってもいい?ずびびっ・・・」

こりゃあ長くなるぞ・・・とアバッキオが追加の注文をする。「あっ!じゃあ俺もピッツァ追加で!」「おいナランチャオレの分のコーラも頼むぜ」こそこそ話すミスタ達の声はもう名前には届いていないらしい。

「デートもね・・・3回くらいしたんだけど・・・なんかいきなり・・・」
「はいはい」

もうすでに軽く流しに入っているジョルノを見てミスタはこいつやるな・・・と思う。流しに入っているが、名前はそれに気づいていない。気づかせない程の自然さなのだ。オリーブをつまむジョルノにならってミスタもオリーブに手を伸ばしたら、その手をぴしゃりと名前に叩かれた。なんでだよ。見えてたのかよ。

「やっぱり君とは・・・ぐすっ・・・付き合えないって言われたのっ・・・」
「そうでしたか・・・」
「なんかねっ・・・猛獣飼ってる人とはやっていけないって・・・!私動物なんて飼ってないのに!私動物臭いのかな!?ミスタとは違って清潔心がけてるのに!」
「何で俺に飛び火してくるんだよ!」

わーんと泣き声をあげる名前にジョルノはオリーブを差し出す。「ありがと・・・」もくもくとオリーブを食べ始めた名前にほうと息を吐いたあと、ジョルノは、自分以外のメンバーを見渡す。知らんぷりをするアバッキオ。へたな口笛を吹くミスタ。なんだか楽しんでそうなナランチャ。そして、乾いた笑いを浮かべるフーゴ。「ごまかすの下手くそすぎですか」ため息を吐いたジョルノはだいたいを察したようだった。名前がいつつめのオリーブに手をかけた時、扉が開いた音がした。

「全員揃ってるな。・・・ん?おい、名前、なんで泣いて・・・」

テーブルに空いている席の最後のひとつ。やってきたのはその席の主にしてチームのリーダー、ブチャラティだった。席に着くなり不穏な気配を察したのだろうブチャラティは名前に声をかけ、一同を見渡し、「・・・」察したようだった。

「まあ・・・そのなんだ、いい男は他にもいるに違いないぜ」
「ブチャラティ〜〜〜!」

うえっうえっとまた泣き始めた名前にブチャラティはハンカチを渡す。ずびーっと鼻がかまれる音にまゆげをよせながらブチャラティは「またか」とつぶやいた。それは名前に向けられた言葉でもあり他のメンバーにも向けられた言葉であることは名前は知らない。
その日はフられた名前に付き合いワインを夜まで飲み明かしたところで、解散になった。名前だけは、である。

部屋から出ていった名前を見送ったあとブチャラティは残ったメンバーに向き直った。そしてため息を吐く。

「お前らまたやったのか」
「だあってよーブチャラティ、クソみてえな男だったんだぜ」
「ナランチャの言う通りだぜ。あのクソ野郎何人も女を囲ってやがるってえのにわざわざうちのメンバーに手を出しやがって。なあフーゴ」
「否めませんね」

ブチャラティはアバッキオに視線をうつす。

「何も手は出しちゃいねえさ。手はな」
「そうか・・・」

アバッキオの台詞にすべてを悟ったブチャラティはグラスにワインをそそぎなおした。
要は、性根が腐った男にたぶらかされそうになった名前を見かねて行動に移したと。ただし名前の知らないところで名前に気づかれないように。どんな手段を使ったかは聞かなかったが、名前がたびだび「私って動物くさくない?」「獣ってどういうこと」と言っていたので・・・まあ、そういうことなんだろう。うちのメンバーを猛獣と表現するとは、まあ間違っちゃあいねえが。

「お前ら過保護もたいがいにしとけよ」
「はーい」
「フン・・・」
「気分よく帰ったみたいですからね、まあよしということで」

やれやれとブチャラティが肩をすくめてワインをあおったところでこの場はお開きになった。・・・が、ジョルノは知っていた。チームのメンバーが動いたことを、ブチャラティが把握してないはずがない。メンバーがクソ男に何かしらしに行ったことを、ブチャラティは黙認しているに違いないのだ。

「・・・一番過保護なのは誰ですか」

まあ僕も、いけ好かない男に名前さんがたぶらかされるのはいい気がしませんけど。
ジョルノは最後のオリーブをつまんだ。


その女、猛獣飼いにつき