「いやあ寒いねえ緑間」
「冬が寒いのは当たり前なのだよ」
「うんまあそうなんですけどね」

そういうことがいいたいんじゃないのだよ・・・。
体育館の横で靴の紐をむすんでいる緑間を見ながら自然とため息がでる。そのため息も真っ白で改めて今日って寒いんだなあとなんとなく思った。

「そんじゃそろそろ帰りますか」
「ああ」

靴を履き終えて、エナメル肩にかけて立ち上がる緑間はすたすたと私の先を歩いていく。
先に帰れとか、待ってる必要などないとか、そういうこと言われなくなっただけちょっと心の距離ってやつが近付いたのかな?そうなのかな?とウキウキしてた頃がなつかしい。
緑間と一緒に帰るようになってしばらくたつけど、お察しの通り何もなかった。緑間とはなにもなかった。
わかれ道までなんとなく話をして、なんとなく別れる。また明日、なんてお決まりの文句は何回使ったか分からなかった。マジ緑間難攻不落、つぶやいて高尾に笑われた記憶もあたらしい。やっかいな男に惚れちゃったねえなんて、言われなくても分かってるつもりだ。けど何も言わず背筋をぴんと伸ばして先を歩く緑間を見てると、脈アリだなんて思えないんですよね・・・。

「うひぃ!」
「ぶっふぉ!やべえ、その顔、ツボ・・・!」

たそがれてたところに急遽やってきた衝撃。
背中をかけあがった悪寒に飛び上れば爆笑してる高尾クンが。すぐそこに。

「乙女の背中に手つっこむとかなんなの?ばかなの?股間を蹴りあげられたいの?」
「ぶっ・・・乙女は股間とか言わねえだろ・・・ってすんませんすんませんマジすんません」

私の背中にそれはそれは冷えた手をつっこんでくださった高尾に足を振りあげれば高尾は前かがみになりつつ後ずさりした。しょーもないことしてくれよってからに。はあ。もっかい真っ白なため息を吐けば「ほらよ」「ん?」ぽい、と投げられたのは缶だった。ラベルを見て、またため息が出る。

「私おしるこ飲むと胸やけするんだよね・・・」
「真ちゃんに渡してくればいーじゃん?」

によによと、なんともまあだらしない笑みを浮かべながら高尾は言ってくれる。高尾に緑間に対する気持ちを勘づかれたのは運がいいのか悪いのか。

「でも緑間もう先に帰っちゃってるし」
「だってさ真ちゃんそこに突っ立ってないで来ればいーじゃん!」
「え、帰ってないの?」
「待っててやったというのになんだその言い草は」

はいいただきました、緑間名物上から目線。
ふだんなら茶化すところだけど、なんというか、今は、茶化す前にぶわっと、きた。

「・・・嬉しい」
「何か言ったか?」
「あ、これ高尾から、おしるこ」
「1on1で賭けおしるこやったから、その分な」
「おしるこ賭けてんの!?緑間にしかメリットないじゃん!」
「おしるこが嫌いな人間などいるわけないのだよ」
「高尾、私が言いたいこと分かる?」
「真ちゃんってたまに馬鹿だよな」
「100点」
「誰が馬鹿なのだよ・・・!」

いってえ!
緑間の鎖骨ドンが高尾に命中。
ひでえ、せっかくおごったのにぃなんて泣き真似をする高尾はもう緑間の視界に入っていないらしい。ぶっ、噴きだした私を一瞥して、緑間は前をむく。

「帰るぞ」
「・・・一緒に?」
「他に誰がいるというのだよ」

あ、また、ぶわっと、きた。
ぶわっときたついでに、もう一歩、踏み出してもいいだろうか。

「緑間、今日は寒いねえ」
「だからそれは当たり前なのだよ」
「手が冷たいなあ。おしるこ握ってる緑間の手はあったかいだろうなあ」

見上げて言えば、緑間は「何を・・・」とまで言ってなんとなく察したらしい。顔をさっとそむけてずれてもいない眼鏡のフレームを持ち上げる。とてつもなくうぶな反応、ということでよろしいのだろうか。

「ねえ高尾クン緑間って童貞なの?」
「手をつなぐだけで照れちゃそう思われても仕方ねえよ真ちゃん」
「なっ・・・にを!手ぐらい一瞬で繋げるのだよ!」

ばしっ!
なんかもうはたかれたんじゃないかってくらいの衝撃と一緒につかまれた手。テーピングの感触。ほんのりとした体温。手をつなぐ、というよりは無理矢理握られてる、のほうが正しいのかもしれないけれど。

「うーん・・・嬉しいです、緑間クン」
「・・・そうか」
「そこはオレも嬉しいくらい言わないと好感得られないよ真ちゃん」
「うるさいのだよ!」

ぷりぷりし始めた緑間をからかうのはいったんやめて、あいた左手を高尾に差し出す。と、それこそなんともなく握ってくれる。私の右手を握る緑間の手がぴくりと反応したのが分かって、ちょっと笑ってしまった。正直なのかツンデレなのかよくわかんないな。めんどくさいけど、そこが好きだ。

「よーし3人で!かえろー!」
「おい、いきなり走るな」
「よしゃー!あの夕陽に向かって走りますかー!」
「もう日は落ちているのだよ!」

相変わらず生真面目な緑間にひととおり笑ってから、3人で走る。
あー、これが青春ってやつだ。きっとそうだ。
にやにやをおさえられない顔を「だらしない顔だな」と緑間にいわれるのはあと5分後のはなし。