「これを受け取れ」


朝一から廊下にて開口一番上から目線である。
緑間の手のひらの上にあるのは封筒だ。それも真っ白な。
ウワ〜なんかものすごくアヤシイ〜〜〜
封筒と緑間を交互に見つめてちょうど3往復したところで緑間のこめかみがぴくりと反応した。


「いいから受け取るのだよ!」


痺れを切らしたらしい緑間に無理やり封筒を押し付けられて、とっさに断れなかった数秒前の自分をちょっと恨む。「エ〜なにこれ〜・・・」もしかして不幸の手紙とかそういうのだったらどうしよう・・・たしか自分以外の5人に同じ不幸の手紙を送らなきゃいけないんだっけ?うわ〜すごいめんどくさいけど不幸になるのは嫌だな・・・ひとりは高尾に送るとして、あと4人はどうしよう・・・さすがに先輩たちには送れないし・・・某先輩に送ろうものならパイナップル召喚した宮地先輩にパイナップルのとげとげでつむじを強打される未来は容易い・・・。あっ名前言っちゃった。しかし軽く現実逃避をしていた私は封筒をひっくり返してものすごく驚くことになる。


「ハートの・・・シール・・・?」
「形から入ることも大事なのだよ」


真っ白な封筒にハートのシールの封。
私の中ではこのシチュエーションといったらいわゆるひとつのアレしか浮かばないんですけど。緑間を見上げた顔はぽかんとしていたらしい。「相変わらずの間抜け面なのだよ」失礼なことをぶちかましている緑間の足をさりげなく踏みつつ「踏むな!痛いのだよ!」私は本題に入ることにする。


「これってラブレター?」
「そうだ」


確定キターーーーー!
思わずゆるんだ握力から逃げるように宙へ舞った封筒を見咎めた緑間があわてて空中キャッチする。「ナイスキャッチ」「もっと丁重に扱うのだよ馬鹿め」いや、だって、そんな、緑間からラブレターをもらうだなんて・・・!緑間いつから私のこと好きだったの?私のどこを好きになったの?ていうかラブレター渡す時の言葉が『これを受け取れ(声真似)』だなんてこいつどこまでツンデレ上から目線風女王気質添えなの!?
・・・聞きたいことはいろいろあったけど、ちらっと目だけで緑間を見ると緑間も私をジッと見つめていて、じわじわと熱くなっていく顔に静まりたまえと必死に懇願することに精いっぱいになってしまう。


「あ・・・開けてもいい?」
「もちろんだ」


きっと私の声はか細くなっていたと思う。ああ私もこんなに女の子っぽい声、出せるんだ・・・。そんなことを思いながら、緑間が私に、私だけにつづった愛をじっくり読ませてもらおうと封を開ける。好きだ、の一言だけかな。それとも背景、苗字様からはじまるのかな・・・いや緑間からだったらなんでもいい!そして便せんを取り出して、


「真っ白なんですけど」
「当たり前だろう」
「・・・あぶり出し?」
「あぶっちゃいけないのだよ!」


慌てたように叫んだ緑間とこれまた封筒に負けず劣らず真っ白な便せんを交互にみつめてぴったり3往復。なんだこれどういうこと?ラブレターが白紙ってどういうこと?書ききれないほどの愛があるからいっそのこと書かないことにしたのだよってこと?混乱して要領を得ない私にまたしびれを切らしたのか、緑間は眼鏡をかけ直しつつ言い放った。


「オレにラブレターを書くのだよ」
「なんで!????」


今度は私の頭が真っ白ってなもんである。
私の頭の中をかけめぐるビックリマークとはてなマーク。なんで!?どうして!?何が起こった!???
前のめりになった私に緑間は更なる爆弾を落とす。


「今日のおは朝のラッキーアイテムを知ってるか」


知りませんけど!?


「ラブレターだったのだよ」


だから!?


「オレにラブレターを書くのだよ」


なーんでーやねーーーーん!


「なんで私が好きでもないあんたにラブレター書かなきゃいけないの!?」
「ラッキーアイテムがあってこそ人事を尽くせるのだよ」
「いやそれは緑間の事情でしょ!?私である意味は!?高尾に頼めよ!」
「男からラブレターをもらって誰が嬉しいのだよそして高尾の名前を出すんじゃない」


勢い余ってついエセ関西弁飛び出しちゃったけど。つい好きでもないなんて言っちゃったけど。憤る私を見てフンと鼻で笑った緑間は言うのだ。


「昼休みまでに完成させろ。必要とあらば添削もしてやるのだよ」


ラブレターの添削!?添削ってなに!?どういうこと!?ここは好きではなく愛してると書いた方が心に響くのだよとかそういうこと!?ばかか!
怒涛の展開についていけない私をおいて緑間は「ではオレは教室に戻る」教室に戻って行きやがりました。私も同じ教室なんですけどね!?そして緑間の隣の席なんですけどねーーー!?


**


「ぶっ、いやっ、ちょっ、・・・・・だめだ悪いぶっふぉ、ぶわーっはっはっは!!!」
「高尾殺す」
「オレまだ死ねなイダダダダダダダダ!」


そんなこんなの事態で1限まるまる頭に入らず挙動不審だったらしい私を目ざとくみつけた高尾にこれまた目ざとくラブレター(仮)を見つけられややこしい事態になる前に人気のいなさそうなところへ連れ込んで今。事情を把握するやいなや爆笑かましてくれた高尾の前髪をわしづかみにしつつ、反対の手でポケットから封筒を取り出す。


「も、毛根死滅する・・・!」
「高尾M字ハゲになりそう」
「やめてうちの家系地味にM字ハゲ多いから。オレの懸念材料のひとつだから」
「由緒正しい感じか・・・」
「マジやめて!・・・で、それが例の?ぶっ、くっ、ふう、と、いやごめんごめん笑わないから堪えるから」


真っ白で、ハートのシールの封筒。
どこからどう見てもラブレターの封筒を見て自然とため息が出てしまう。さっきはあんなこと言っちゃったけど、私は緑間のことが好きだ。その好きな相手に「ラッキーアイテムのためにラブレターを書いてくれ」と言われた時の気持ちを考えて欲しい。嘘だけど嘘じゃないのだ、このラブレターは。つまり下手なことは書けない。つまり私の手にはおえない。


「だから一緒に書いて欲しいです」
「なんでだよ嫌だよ」
「ひどくない!?全部知ったうえでそういうこと言う!?」
「つうか真ちゃんのこと好きなら素直にその気持ちを書けばいいじゃん。もしかしてこれで1歩前進できっかもよ?」


ぱちんとウインクかました高尾に胃の奥がざわっとして前髪をつかもうとしたら「茶化したつもりはねーんだけど!?」全身全霊で弁明をもらった。


「・・・好きってただひとこと書けばいいのかな」
「真ちゃん鈍感だからストレートなのはアリだな」
「それともウケを狙ってリップマークとかつけちゃう?」
「ぶっふぉ、それ見た時の真ちゃんの反応すげえ気になるけどラッキーアイテム関連でふざけたら真ちゃん怒りそうじゃね・・・?」
「それもそうだ・・・」


なんせラッキーアイテムのためなら好きでもない女子にラブレターを書けと強要しちゃうおは朝信者系男子なのだ緑間という変人は・・・。変にふざけたらしばらく口もきいてもらえない気がする・・・それはちょっと嫌だ・・・。


「なんであんな変人好きになっちゃったんだろー」


ため息と一緒に出てくる感情。はー。ため息の重さは愛の重さと比例しているのだ。なんちゃって。どっと疲れてぐったりする私を見て高尾は満足そうににやにやしている。なんだこいつ感じわる!人が困っているというのに!恨みがましく見てやれば「ちがうって」何が違うのかまったく分からないのですけれども。


「素直に苗字の気持ちを書けばいいんだって。期限は昼休みまでだろ?いやー昼休み楽しみにしてるわ!」
「前髪引っこ抜く」
「それはマジ勘弁!」


**


高尾からのアドバイスはなにひとつとして役に立たなかった。ハゲろ・・・ハゲちらかしてしまえ・・・。心の奥底から念じながら板書しつつ、ノートの下にこっそり挟んだラブレターの便せんを眺める。緑間にとっては取るに足らない中身なんだろうけど、私にとっては一大事だ。ただ好きと書くだけじゃ芸がない気がするし、かといってふざけすぎても反感を買う・・・ああもうなんで私がこんなややこしいこと・・・!
先生にバレない程度に隣をうかがえば、いつもみたいにびしっと背筋を伸ばしてきりっと黒板を見つめている緑間がいる。・・・凛々しいな。
凛々しいあなたに惚れました
えんぴつでさらさらっと書いて、すぐに消す。
(こんな恥ずかしいこと書けるか・・・!)


「あっ」


心の悶えが手に現れてしまったらしい。消しゴムが落ちていった先は緑間のイスの下で、うわちゃあ〜〜〜と思ってる間に緑間の長い指が消しゴムを拾って、


「気を付けるのだよ」


渡してくれる。
(・・・まずい!まずいぞ!いつもより意識してしまうんですけど!)
あ、あ、ありがと・・・自分でも驚くほど消え入りそうな声に緑間はわけがわからんというようにまゆ毛をぎゅっとよせたあと、ちらりと目線を私の机によこしてますますまゆ毛をぎゅっとした。そして机に向き直った緑間はさらさらっと付箋に何かを書き、ビッと流れるような動作で私の机に貼ってきた。

――授業に集中しろ

読めばそれは挙動不審な私に対するお咎めで、はいはいと思って板書にとりかかりつつ、
(誰のせいだと思ってんだこいつは!?)
緑間を罵倒することもやめられない。
あんたがこんな押し付けしてこなければ私はいつも通りいられたのに!
・・・もういい!こんなの深く考えないほうがいい!勢いのまま私はザザザーっとペンを走らせて便せんに思うままの言葉をつづって折りたたんで封筒に入れた。そしてそこでピカーッと頭の中の電球が光る。・・・私ばっかりこんな焦らされて、ちょっと悔しいもんね。一矢くらい報いてやる・・・。
そしてさっきの付箋に『昼休みは体育館裏に来てください』そう書いて緑間の机に貼り返してやった。ちょっとびっくりしているらしい緑間を見てにや〜と口の端がつりあがっていくのが分かる。昼休み覚えてろよ緑間、


「そこでにやついてる苗字、問5の答えは?」
「・・・・・・」


ほんと覚えてろよ緑間!???


**


恥かいた授業も終わり、とうとう昼休みがやってきた。
緑間よりはやく体育館裏にやってきた私は鏡を駆使してチェックする。髪型オッケー。まつ毛上向きオッケー。唇ぷるぷるオッケー。今の私はどこからどう見てもいつもの3割くらいは可愛いはずだ。ちょっとでもメイクしたことが先生にばれたら反省文ものなので、今だけの昼休み限定可愛い私である。
さあ来い緑間!いつでもいいぞ緑間!決闘よろしく気合の入った私の視界に緑色の髪の毛が入ったのはそれからすぐのことだった。


「あっ緑間・・・」
「・・・こんなところに呼び出してどういうつもりなのだよ」


なるべく可愛い声を出したつもりなのにスルーされて目が点になりかけたのを慌てて戻す。意識すれば黒目は大きくなる。カワイイは作れる!頭でも心でも念じながら不服そうな緑間に小股で近づく。緑間が好きそうな、可愛い女の子を演じるのだ。いつもの私と違う・・・?なんだこいつ案外可愛いところあるじゃないか・・・?と思わせたら勝ち!の緑間にギャフンと言わせてやる作戦開始である。可愛い私にほんのちょっとでも心動かされるがいい!それをもって一矢報いたことと成すわ!


「あのね・・・」
「それよりラブレターは書けたのか?」


ほんとムードも何もないなこいつ。あくまで緑間の目的はラッキーアイテムですか、そうですか。そうだと思ってましたよそれはそれでいいですよ。折れそうになった心をテーピングでぐるぐる巻きにして持ち直させる。
鉄板上目づかいを駆使して可愛らしくラブレターを渡せばいい。そしてほんのり顔を赤くする緑間が見れたならもう完全に私の勝利だ。一矢どころか三矢くらいの勝利だ。じんわり汗ばんできた手のひらを感じて、封筒がよれよれになる前に作戦を決行しないと!・・・と、はやったのが良くなかったのだと数秒後私は後悔する。


「緑間、私・・・」
「なんなのだ、」


よ。
緑間がすべてを言い終える前に言葉を遮ったのは突風だった。「うわっ!?」風に吹かれて気が緩んだ私はつい手をひらいてしまい。目に入ったのは、スローモーションで舞っていくラブレター。
ちょっと待って!それ、緑間のラッキーアイテムなの!


「待っ・・・!」


うなった私の大腿筋が120%の力を発揮したところまでは良かった。緑間もびっくりな瞬発力をかました私は見事飛んだラブレターをキャッチすることに成功。でもバランスやらなにやらを犠牲にしたうえでの瞬発力は、私に地面とのハグを提供する。やばいこれ顔面からいく!せめてラブレターは汚れないように、抱きかかえた私は、さらに、抱きかかえられた、の、でした。


「緑間・・・?」
「なんでこう危なっかしいのだよお前は・・・!」


緑間が近い。私が転ばないように手を差し伸べてくれたのは分かる。たぶん私以外が転びそうになっても緑間はこうやって助けるのだろう。でも体の真ん中側がじわじわ熱くなってきて、そこで目に入ったのが真っ白なラブレター。(渡さなきゃ!)反射的に私は緑間の胸にラブレターを押し付けて


「緑間のこと、好きです!」


・・・ん?
ちょっとわたし、ちがくない?
さあああと顔から血の気がひいていく音がする。
ちがくて。私はかわいこぶったところを感じてほしくて。確かにちょっとなんとなく告白っぽいことをにおわせることでさらに可愛さ倍増させようとは思っていたけど。これじゃ、ただの告白じゃ・・・!?


「ちがっ・・・」


慌てて顔を上げた私は、今度は顔に血液が集まっていくのを感じることになる。


「・・・っ・・・!」


私の視線の先には、ほんのりどころか、顔を赤く染まらせる緑間がいた。
・・・?これはいったい、どういう・・・


「顔真っ赤な緑間珍しい・・・」
「お前が!おかしなことを言うからなのだよ!」
「おかっ・・・いやっ・・・そうだけども!?」
「いいからはやくラブレターをよこせ!」


半ばひったくるようにラブレターを私の手からとった緑間は「ちゃんと人事を尽くしただろうな」そう言いながら封を開く。封を開く!?


「ちょっと待ってそれ今ここで開けるの!?」
「人事を尽くしていないラッキーアイテムなどラッキーアイテムたりえないからな」
「そのこだわりは尊敬の域だけどちょっと待って!」


ラブレターを奪い返そうとするけれど、悲しきかな195センチを誇る大男の前では私の抵抗なんてあってないようなものらしい。
簡単に便せんを開いた緑間は、「・・・」数秒止まって私に更なる不安感を与えた後、


「・・・悪くないのだよ」


とりあえずの及第点はくれたようです。


ずっと前から好きでした。
ベタな1文だけど、嘘じゃなかった。
嘘と受け取ってもらってかまわなかったのに、お互いに顔が真っ赤なこの状況はどうやったら収集がつくのだろうか。よわい風が前髪を揺らし、交わった視線にはなんとなく、期待の色がこもっている気がした。
――もしかしてこれで一歩前進できっかもよ
高尾の言葉がふと頭に浮かぶ。一歩前進、できるものならしてみたいのが、本音だった。


「あの、」
「おい」


かぶった。


「どうぞ」
「お前から言うのだよ」


かぶった。


「じゃあ私から・・・」
「ああ」


息を吸う。


「両想いおめでと〜〜〜〜!」


肺が爆発するかと思った。


「高尾!?」
「あり?まだだった?」
「えっちょっとどういう・・・?」
「真ちゃんの回りくどさが実を結んで良かったねオレ嬉しいよ苗字もこれをチャンスととらえてさっさと告白すりゃ良かったんだって〜」
「高尾ォオオオ!」
「邪魔者は消えまーす!」



▼今日の蟹座のラッキーアイテムはラブレター!ラブレターを持ったあなたは、恋愛運急上昇のヨカン!