ふだんはツンデレとして名をとどろかせている緑間も、寝てしまえばただの高校生だ。
年相応というにはにくらしいばっちりまつげが色気をかもしだしているけど、それだって許容範囲だ、許容範囲。そう思いつつごくりと自然と喉が鳴ってしまった。
だって緑間がうたたねなんて、めずらしい。
人事を尽くして天命を待つっていう長ったらしい文句を座右の銘としている緑間は、寝るときにだって儀式がある。ストレッチだのなんだの右手で眼鏡外すだのなんだの、そういうのをすべて終えた上でやっと眠れるのだという事実を知った時はなんかもう引くのを越えて感動したのを覚えてる。なんかお前…すげーわ…。つぶやいたら、高尾と似たようなことを言うなと手刀をくらったっけ。あれは痛かった。思い出したらなんかむかついてきた。あとで眼鏡に指紋つけたろ。


「みーどりーん…」


ちっちゃく声をかけてみるけど、机に肘をついて左手にはペンを持ったまま、緑間は目をあける気配がない。…こりゃ爆睡コースですか…?いや緑間に限ってそんな。しかし起きる気配がない。緑間の性格上、寝たふりとかそういうの、しない気がするし。
…。
すうすう。穏やかに寝息を立てる緑間に、むくむくといたずらごころが膨れ上がる。いい?いい?やっちゃっていい?
私は右手に持っていたシャーペンをゆっくり筆箱にしまってからゆっくり緑間の正面にまわった。
うーん、このまま眺めるだけでも飽きないけど…とりあえず。緑間の手に自分の手を重ねてみる。えっ私たちつきあってるんだよね?ってくらい触れてこない緑間に自分から、触れてみる。
ふむ。


「…たいしたことないな…」


はー…。息を吐く。仮にも好きな人の手を握ったんだからなんかこうもっとどきどきするもんだと思ったけどそうでもなかった。私の手と違って指長いなーとかごついなーとかテーピングじゃまくさいなーとか。そんなもん。
…ならば次に行くしかないでしょう。
そして私は手を伸ばす。
つん
ほっぺつついてみた。うーん…。


「もっと柔らかいとかなんとかあればいいのに…」


至って普通だった。
私とたいして変わらない。なんかちょっと薄いかな?ってなんとなく思ったくらい。


「なんだこれ全然どきどきしない…」


がっかり、がっかりだよ緑間…。
次いこう、次。
しかし手触ってほっぺ触って、他にできること…緑間を起こさないようにできることは限られちゃう。眼鏡外すのはさすがに起きるだろうし、服まくったりズボン脱がせるのも今の体勢じゃ無理だなあ…。起きたら半裸でなんなのだよこれはもしやよもやオレはなにかまちがいをいやまちがいなどではないわかったオレがせきにんをとろうっていう展開が頭に浮かんで、ぶっと息を吐いてひとりで笑い転げてしまった。もちろん声はおさえてるけど、真面目で偏屈な緑間のことだ、責任とるくらいは実際に言いそうだなー。ひぃひぃ。息を整えてから、また緑間の正面にまわる。
んー…じゃああとは、ここかなあ。
人差し指、びしっ。真っすぐ伸ばして、触れる。


「おー、少しかさついている」


仮にも私は女子なので、いつ緑間にちゅうされてもいいように荒れないようにリップはかかしていないので、ぷるぷるとまではいかなくてもそれなりにうるおい唇を持っているはずだ。
だけどそれなりにすっとしてそうな緑間の唇はちょっとかさついていた。おお、男子だ。男子っぽい。
人差し指を右にすーっと。次は上唇を右から左にすーっと。形のいい薄い唇。その唇の隙間からたまに漏れる息がこれまたいろっぽいですねー。
…。
いたずらごころ、むくむく。
ここまでして起きないならもうちょっと大丈夫だよね?緑間の唇をなぞっていた人差し指を、上唇と下唇の間に、つっこむ。…ちょっとしめってる。粘膜特有のぬるっとした感じもする。
…。
引っこ抜いた人差し指は、ちょっと濡れていた。それにちょっと興奮する私は変態かもしれない。
…。
よし、舐めよう。
もう私変態でいいや。うんうんとひとりで頷いて自分の人差し指をくわえようとして


「どういうつもりなのだよ」


電光石火のごとくしゅばっ!と伸びてきた腕に手首をつかまれて動けなくてあれれれれと思っている間に緑間の顔がすぐそこにあって眼鏡がぶつかった。がちん。痛い!けど同時に唇にやわらかくてちょっとかさついた感触も、あった。


「起きてたなんて趣味悪っ変態か」
「自分のことを棚に上げてよく言えたものだな!」


しゅぽしゅぽ頭からゆげを噴出している緑間は綺麗なおめめをぱっちりあけてまゆげをちょっとつりあげていた。


「え、なに、いつから起きてたの?」
「手を触られた時からだ」
「最初からじゃん!」


ええー、そりゃないよ!と叫ぶ私に緑間はため息を吐いてくださった。それも盛大なやつを。


「人のことを散々触っておいて、たいしたことないだのどきどきしないだの貴様という奴は…!」
「だってほんとだもん」
「オレがどんな思いで寝たふりをしてい……やなんでもない」
「ふーん」


言いかけてすっと顔をそらした緑間だけど、ちょっと耳が赤いのは隠し切れていないぞ。
むくむくむく
いたずらごころはまだまだ膨らむ。


「そうか…緑間は私にさわられて興奮したのか…」
「違う」
「口の中に指つっこまれて、どういう気持ちだった?」


ちょいちょい、と右手の人差し指を動かすと、まだ私の右手を握ったままだったことにやっと気付いた緑間はあわてて手を離した。おーおー、みどりまくん、動揺してますね。めずらしい。にやーと、口の端がつりあがってしまう。


「どうもこうもないのだよ」
「私はさっき緑間にちゅうされて、興奮したよ」
「っ…」
「ああいう無意識な勢いみたいなの、ぐっとくる」


ぺろっと、これみよがしに唇をなめてやる。緑間の視線は私の唇にむいていた。すこし噛みしめられた唇。さっきの感触、思い出してる?
もういちど、緑間の唇に指を這わせて。相変わらずちょっとかさついているそれは、だけどすこしだけしめっていた。


「緑間、もっかい」
「もう1回、じゃすまないのだよ」


くっつけられた唇があつい。ぬれてる。やわらかい。
いつのまにか頭の後ろにまわされた手はがしりと私を固定して。いつのまにはずされたのか机に置かれた眼鏡は光を反射してきらりと光っていた。


「…気にくわんな」
「んむうっ!」


眼鏡に気をとられたことが、目の前の緑間を見ていなかったことが、気にくわなかったらしい。
うわあごをなぞられて背中がふるえて、逃げる舌を捕まえられて、ぢゅう、吸われる。
やっと唇が離れたと思ったら、角度を変えて、また。
飲み込みきれなかっただえきがだらだらと口の端からこぼれるけど、今の緑間には関係ないらしい。「ふ…、っ、っは」「ちゅ…んん…、っ!」くっついて、離れて、離れて、くっついて。
やっと終わった時には、お互い口の周りはべとべとで、肩で息をしている…のは私だけだった。エース様は肺活量もエース級らしい。
ぐったりして机にうつぶせる私に緑間はまんぞくそうに「フン」吐き捨てて手の甲でぐいっと口元をぬぐった。あ、今のも色っぽい。


「ていうか緑間くん童貞じゃないんですか…」
「なっ!?」
「今のそれは童貞くんのそれじゃないですよ…」


私も真似して手の甲でぐいっと口元をぬぐう。あ、これ意外とのびるな…やっぱティッシュほしい。
でも見当たらないから緑間のシャツでぬぐおう。ふきふき。隣によってシャツで口元ぬぐうけど、緑間の手刀がふってこない。
おかしいなと思って顔をあげれば緑間はめがねをゆっくりかけなおしたところだった。そしてめがねごしに目が合う。すぐそらされた。


「え、なにその反応」
「なんでもないのだよ」
「童貞だけどキスはしたことあったの?」
「女子が下品な言葉を軽々しく口にするな」
「あんな下品なことしてきておいてよく言うわ…」
「下品とはなんだ。愛ゆえなのだよ」
「ときめいた…緑間好き」
「…ふん」


どこで覚えたのかしらないけど、まあ、とりあえず今はおいておくことにしよう。ぴとり。緑間にくっついて、顔を見る。ゆっくり伸びてきた手が、私の頭の上に乗る。あ、なんかいい雰囲気かも。


「もしかして高尾とキスの練習でもした?」
「ふざけるな」
「痛い!」