「なあなあ、苗字って真ちゃんのどこを好きになったわけ?」
「え?」
「だって真ちゃんって意味わかんねーくらいおは朝信者だし飲み物と言えばおしるこだし偏屈だし勉強できるけどバカだし、バスケできるくらいしかなくね?」
「たしかに反論できない…」
「ブッフォ!どこが好きかもわからねーのにつき合ってんのかよ!苗字オモシレー!」
「オレは面白くないのだよ…!」
「ゲッ」


すべてはこの会話を緑間がきいたことから始まった。



間は振り返らない




面白くない、面白くなどないのだよ…!
元来た道を戻り自分の所属クラスへ帰ろうと足を進める緑間の頭の中では同じ言葉が繰り返されていた。面白くなどない。
自然と進める足は早くなり、自然とみけんにはシワがより、自然と身体からあふれ出るのは不機嫌オーラ。195センチの長身を誇る緑間が不機嫌な様は傍から見るだけでも圧巻であり、廊下を歩く同級生達が自然と道をあけてしまう程の威圧感を醸し出していた。
無意識にガラリと勢いよく教室の扉を開けた緑間は、その勢いのままドカッと自分の席へ座る。そのまま顔の前で手を組み黒板をにらみつけるように沈黙する緑間に、同級生たちはひそかに息を飲んだ。
(((触らぬ神に、たたりなし…)))
一瞬会話が止まった同級生達だがすぐまた元の話題へと気持ちを変換させる。どうかできるだけ早く緑間の機嫌がなおりますように。誰かがそう願ったのもつかのま、


「真ちゃんそんな怒んなって!」


(((爆弾投下決定…)))
またもや同級生一同の思いが一致したことはいうまでもない。
緑間の後を追うように教室へ入ってきた高尾は、周りには目もくれず黒板をにらみつける緑間の視界をさえぎるように立つ。しかし緑間は一度高尾へ視線を向けただけですぐ戻し、沈黙を守る。いわゆる無視である。「だあもう真ちゃん無視すんなって!」しかしそれでも食い下がる高尾に、経験上らちがあかないと判断したのだろう。緑間はため息を隠すことなく吐き出した。


「別にオレは怒ってなどいないのだよ」
「はあ?めっちゃ怒ってんじゃん!」
「怒ってなどいないと言っているだろう」
「じゃあなんでおは朝占いで最下位だった時みたいな顔してるんだっつーの」
「黙れ」


小さく吐き捨てた緑間に、高尾は内心ため息を吐く。(あーやっちまった、めんどくせえ…)高尾も経験上、一度へそを曲げた緑間が簡単に譲らないことは分かっている。ちょっと純粋な疑問があってちょっと真ちゃんからかってやろうと思ってそしたら苗字が予想外の答え出すから笑っちゃったわけでそこに真ちゃんが通りがかるとは…まあちょっと計算してたけど。高尾は考えを巡らせる。緑間が機嫌を損ねたままでは(主にオレの)生活に支障が出る。緑間に限って部活に支障をきたすことはないだろうが、不機嫌のままではまあもろもろ都合が悪い(ぜってー部活んとき先輩につっこまれるしぜってー移動のリヤカーもめんどくさいことになんだろ…)。それは何としてでも阻止したい。というわけでさっさと真ちゃんと苗字には仲直りしてほしいわけで、


「ほら苗字連れてきたから!なんか言うことあんだろ!な!」


緑間と高尾のクラスの扉の陰からちらちら顔をのぞかせていた名前を高尾のホークアイが見逃すわけがない。「ちょ、高尾くん!」小さく声をあげた名前をつかまえシュバッと勢いよく緑間の眼前に差し出せば、緑間の眼光がより鋭くなったことに気づき高尾は内心つぶやいた。やべ、オレやっちまった?


「…」
「…」
「…」


緑間は依然ぴくりとも動くことなくただただ黒板を、もとい目の前に立つ苗字の腹あたりをにらみつけている。名前は名前でひきつった笑みを浮かべている。高尾は高尾で(な…なんとかしねえとなー…)とりあえず必死であった。こうなった原因はオレにもちょっぴりあるわけだし。このままじゃ支障が出るし。
高尾は緑間に気づかれない位置で名前をこづく。そしてアイコンタクト。(いいか、まずは真ちゃんの機嫌をなおすことが最優先だ苗字)(了解です高尾クン)(つまりそれには協力が必要不可欠ってこと。分かるな苗字)(理解しました高尾クン)そしてお互い息を吸う。


「さっきのはただの言葉のあやだって!真ちゃんが気にすることねーし!」
「そうだよ緑間くん、お互いの好きなところなんてこれから知っていけばいいじゃんか!」
「苗字お前それ地雷じゃね!???」
「エッ」


反射的に高尾がつっこみ、名前が声をあげ、緑間の指先がぴくりと反応し、「し、真ちゃん…?」「み、緑間くーん…?」ズゴゴゴゴゴ、とまるで不機嫌オーラが意志を持ち雄たけびをあげているような。おまけに背後に黒いものまで見えるような。とにかくそんな錯覚を感じている2人に、緑間は知らず息を吐き出し、吸っていた。


「オレこそお前のことなど嫌いなのだよ!」


ガタン、立ち上がって教室を出て行こうとする緑間に(や、やば、)名前が声をかける。「みっ緑間くん、ちょっと!」バシッ。響いたのは乾いた音。慌てて学ランの裾をつかんだ名前を、しかし緑間は払いのけ。


「もう二度と顔も見たくないのだよ…!」


胸の奥から絞り出されたような言葉に、2人はそれ以上何も言うことができなかった。
緑間が教室から出て行ったところで、タイミングを合わせたように顔を見合わせた高尾と名前は、お互いの顔が引きつっていることを改めて知る。


「ねえこれやばくない、緑間くんめっちゃ怒ってた…」
「おいおいちょっとからかっただけだろって…なあ?」
「ねえ私ほんとは緑間くんの好きなとこあるんだよ」
「おう分かってる、その上でのアレだもんな」
「ねえ私緑間くんに顔も見たくないって言われた…」
「お、おう……ご愁傷、さま?」
「どうしよう高尾くん」
「お、おう?」
「今すごく高尾くんのこと回し蹴りたい」
「いってえ!」


昼休み終了まで、残り6分の出来事であった。


**



授業開始5分前には着席を心がけている緑間が戻る前にこの場は解散となり、放課後。
高尾としても名前としても、ちょーっと緑間をからかってやろうとしただけだった。しかしそれは予想以上に緑間を怒らせてしまった。緑間が怒ることはある程度予想していたが、まさかここまで大事になるとは思いもよらず。なんとか誤解を解きたい2人だったが、「緑間く「…」「真ち「…」緑間の無視ぶりは徹底されていた。普段ならば高尾がまとわりつくだけで「やかましいのだよ!」落ちる一喝もなし。名前が隣を歩けば心なしか落ちる歩幅も、いつも通り。あげく名前が歩くスピードを上げればギロリとにらみつける攻撃が落ちてくる始末。


「あー…オレ、これから部活だから、なかなかフォローできなくなるわ…」
「いいよもう…ほんとはさ、緑間くんはもともと私の好きなところなんてなかったんだよ」
「え?らしくねーじゃん、苗字が弱音吐くなんて」
「だってあれから一言も口聞いてくれないどころかオール無視だよ。普段なら優しい声で名前呼んでくれるのに…」


えっあの真ちゃんの優しい声ってどんなだよ気持ち悪ィ!
…と思ったことをそのまま口に出す場面ではないことくらいは理解している。高尾は色々こみあげてくる気持ちをグッとこらえて隣の名前を見下ろし、息をのんだ。普段は気丈にしているというかどちらかというと活発というかお調子者というか、楽しいことを楽しむ名前の表情が、歪んでいる。
自分たちが引き起こしたこと、まあとどのつまり自業自得とはいえ、名前が唇をかみしめうっすら目に涙を浮かべる様は、高尾としてもなんとも言えないものがあった。あー…。高尾はなんとなく天を仰ぐ。


「…オレら、やりすぎたな」
「いいよもう。緑間くんなんてしらないよ。緑間くんも私のこと嫌いって言ってたし、もういいよ、もう」
「だーから、弱音吐くなって。オレらだって一時の気の迷い?だったんだから、真ちゃんだって気の迷いだって」
「…もういいもん」


こいつもなかなか頑固だよなあ。
高尾はこっそりため息を吐く。普段は冷静ぶっている緑間があんなに感情的になったのも、普段はおちゃらけている名前が今そんな表情をしているのも、すべては、そういうことだろ?
根本は同じ。結果だってなんとなく分かってる。けれどそこにたどり着くまで曲がりくねってぐにょぐにょになってめんどくさいことになってしまっている。


「とりあえず、部活終わるまで待ってろよ」
「イヤ」
「おい苗字、頑固者は真ちゃんだけでいいんだって」
「…ちょっと私、急な用事思いついたから」
「日本語おかしくね?って、どこ行くんだよ」


そして返ってきた答えに、高尾はこめかみに激痛が走った気がした。
あー…こりゃ、まためんどくせえことになるわ…。
一筋の確信を覚えつつ、まあどうにかなるようになんだろ!とりあえず部活だ、部活!とりあえず考えにフタをして体育館へと向かった。


**



目的地までは、そんなに遠くない。
誰かに話を聞いて欲しい。でもそれなりに事情を知ってる人じゃなきゃ聞いてもらっても納得できない気がするんだもん。
そんな思いを胸に、名前は校門をくぐった。ひとりで他校の校門をくぐるのは初めてで、目的の場所は決まっているとはいえ、居心地は良くない。
他校の制服を着ているだけで嫌でも人目は引くし(カーディガンはおってなんとかごまかしてるけど)、先生に見つかったら怒られそうだし…。心配する名前の気持ちとは裏腹にトラブルなく目的地に到着したはいいが、いざ目の前まで来ると、聞いて欲しい!と思っていた気持ちがしおしおとしぼんでいくのが分かった。ごちゃごちゃしていた気持ちで抑えられていた冷静な頭の一部分が、今更活動を始める。
他校まで来て、何してるんだろう。相手にだって部活はあるし迷惑に思われるに決まってるよ…。でも聞いて欲しくて。そんな矛盾した思いを抱えながら、もしかして休憩時間ならなんとかなるかもしれないと自分を正当化もとい奮い立たせ、体育館の入り口前にこっそりしゃがんだところで、ガラリと予想外に扉が開いたものだから「ぎゃあ!」名前は飛び跳ねた。


「あれ?苗字さんじゃないですか。どうしてここにいるんですか?」


そして懐かしい声にもう一度肩を震わせ、


「く、黒子くぅううん…!」


会えて良かった!
衝動のまま名前が黒子に飛びついた光景はいつぞやの某高校某マネージャーが来た時を思い出させ、(((とりあえず黒子死ね!!!)))誠凛バスケ部の心がひとつになったことは言うまでもない。


「とりあえず休憩中は自由にしていいと言われました。ボクで良ければ、話を聞かせてください」
「ごめんね黒子くん、押しかけちゃって…」
「いえ、久々に昔の仲間に会えて嬉しいです。驚きましたけど」
「だよねえ、驚かせたよねえ…」


体育館の扉をあけたら中学時代の旧友がいる。そんな状況誰だって驚くに決まってる。ごめんねと思いつつ、相談したい誰か、つまり黒子ならきっと受け入れてくれるだろうという確信に近い甘えを持っていた名前はそれを自覚し自分に小さくため息を吐く。そんな名前を見て黒子は自分の隣に座るよう促した。階段の上に敷かれているタオルに名前は黒子の優しさを感じる。その優しさに今回は甘えさせてもらうことにし、名前は大人しく黒子の隣に座った。


「あ、あのね…」
「はい」
「くだらないことなんだけど…」
「聞かせてください」


なかなか話を進められない名前にも、黒子は優しく声をかける。(ああもう黒子くん優しい…!)何度も何度も黒子の優しさをかみしめたところで、名前は意を決して口を開いた。


「…緑間くんに嫌われたと思う…どうしよう…」
「どうしてそう思うんですか?」
「いやあのね、私が悪いんだけどね…」


黒子に問いただされ、名前は事情を説明する。
緑間をからかってやろうと、高尾とちょっと調子にのってしまったこと。それから緑間が予想以上に怒ってしまい二度と顔も見たくないと言われてしまったこと。それから、それから……。全ての話を聞き終えた黒子は、


「それは苗字さんが悪いに決まってます」


バッサリ切り捨てた。
で、ですよねー…!分かっていた答えとはいえ、名前はぎゅっと唇をかみしめる。が、悟られたくない。その思いが名前に笑顔を命令する。


「だよね!ですよね!やっぱり私が悪いよね!」
「はい、悪いのは苗字さんです」
「だよね!だから緑間くんに二度と顔見たくないって言われても仕方ないよね!そうだよね!うん分かってた!もういいんだ、うん!」


矢継ぎ早に言葉を重ねる名前は、黒子が声をかけていることにも気付かない。「苗字さん、」「うん分かった、分かったよ!ありがとう黒子くん!」「最後までボクの話も聞いてください」「もう分かったよ、私が悪いんだよお…!」「苗字さん!」とうとう語尾が震えた名前の腕を、黒子は握りしめた。びくりと震えた名前に、黒子はゆっくり腕を解放する。「ボクはそんな顔を見るために、話を聞いていたんじゃないです」うつむいたままの名前に、黒子はゆっくりと話しかける。


「苗字さんがしたことは、緑間くんをすごく傷つけたと思います。だから、苗字さんは悪いことをしたと思います」
「うん…」
「でも、緑間君も言いすぎだとは思います」
「…そう?」
「普段は冷静ぶってる緑間君が、苗字さんに対しては怒鳴りつけてしまうほど感情をあらわにする。それが答えだと思いませんか?」
「こたえ…?」


黒子の言葉を繰り返し、顔を上げたと思えばきょとんと首をかしげる名前を見て、黒子はあからさまにため息を吐いた。


「苗字さんも肝心なところで鈍感ですよね。わざとですか」
「く、黒子くんひどい…!」


しかし言葉とは裏腹に表情をゆるめた名前に、黒子も自然と口角が上がっていくのを感じた。「つうかお前緑間の彼女なんだろ?なら直接緑間に言えばいいじゃねーか、めんどくせえ」なんとなく和らいだ雰囲気になったところで上から降ってきた声に顔をあげて、「なんてデリカシーのない二股まゆ毛…」名前のつぶやきに火神がぴくりと反応したのとその後ろから爆笑が響いたのは同時だった。「なんだと!?」「あ、ごめんなさい思ったこと言っちゃった」「すごく的を得ていると思います…ぷっ」「黒子てめえも笑いやがったな!」ぎゃんぎゃん騒ぎ始めた火神の横から、誠凛バスケ部一年である降旗がひょこりと顔を出した。「黒子、そろそろ休憩終わりだってよ…」申し訳なさそうな顔で言われれば、これ以上長いすることはできない。もともと休憩中だけ話を聞いてもらう約束だ。貴重な休憩時間をもらって、お礼を言わなければいけないのは私の方。それくらいの見境はとっくについていた。名前はすばやく立ち上がる。「ごめんなさい、すぐに黒子くんお返しします!」続いて黒子も立ち上がった。


「黒子くん、ありがとう!やっぱり黒子くんに聞いてもらえてよかったよ!」
「いえ、苗字さんがボクを頼ってくれて嬉しかったです」
「さつきちゃんに連絡しようとも思ったんだけど、さつきちゃん遠征中で…」
「桃井さんが遠征中でなくても、頼ってくれてかまいません」
「黒子くん?」


じっ……、透明感のあるような、けれど強い何かのこもった視線に、名前は動きを止めて首をかしげる。その何かに気づいてもらえない時点で、選んでもらえていないことは分かっている。けれど、せっかく頼ってきてくれたのだから、少しくらい。その思いが、黒子に手を伸ばさせる。


「またいつでも頼ってください」
「ありがとう黒子くん、す


黒子の手が名前の頭に触れようとした瞬間、名前が言葉をつむごうとした瞬間。
2人の間に影が落ち、黒子の手は止められた。ぜいぜいと、乱れた息遣いが上から聞こえてくる。名前の目の端に移るのは見慣れた、高校の、ジャージ。


「緑間君、タイミング良すぎです」
「うるさいのだよ」


ぱちぱちと、状況をつかめず瞬きを繰り返す名前を緑間は一瞥すると、そのまま制服の襟首をがしりとつかみ、「…フン、…黒子、こいつが迷惑をかけたのだよ」無理矢理名前の頭を下げさせた。「いえ」黒子の一言を聞いたのか聞かなかったのか、そのまま踵を返しずるずると名前を引っ張って校門へ向かう緑間に黒子は小さく手を振る。


「また来てくださいね」
「誰がどこに来るというのだよ!」


緑間の声に、黒子は知らず笑みを浮かべる。「…いいのかよ、」「何がですか?さ、練習再開しましょう」そして体育館の扉が、閉められた。


「…緑間くん、なんで…?」
「オレだけ外周を命じられたのだよ。その途中たまたまお前を見つけただけだ」


ずるずると引きずられながら、純粋に思ったことを問いかければ答えは簡潔に返ってきた。でもそれは答えの半分にしかなっていない。誠凛高校の校門を越え、まだしばらくずるずると引きずられながら、名前はもう一度息を吸う。今ならちゃんと聞ける。いつも通りに聞ける。黒子くんに元気もらったし、何事もなく、いつも通りに!


「もう私のこと嫌いだって。顔も見たくないって言って…」


けれど震えてしまった語尾を、緑間が聞き逃すよう祈る。
ぴたりと足を止めた緑間は、振り返らずそのまま、つかんでいた名前の襟首から手を離した。「ぎゃ!?」どすん、予想していなかった事態に名前は尻もちをつく。「いっ、いきなり離さないでよお…!」文句を言いながら顔を上げた名前は、「…緑間くん?」動かない緑間の名前を呼ぶ。「…のだよ」「緑間くん、」聞こえなかった、その気持ちを名前にこめれば、緑間には伝わったらしい。


「…何故黒子のところになど行ったと聞いているのだよ」


緑間の言葉は、名前には顔も見たくないと言われた時の口調と似ているように感じた。それが何となく気に食わなくて「…黒子くんのこと、など、なんて言わないで」名前の言葉は、緑間の神経を逆撫でしたらしい。ぐるんと振り返った緑間は、こめかみに青筋を浮かべんばかりの表情だった。


「ふざけるな…!」
「ふざけてなんかないもん!」
「ほう、他校の人間を巻き込み部活中に迷惑をかけに行くことがふざけていないことだとでもいうのか?見上げた根性なのだよ」
「…!、緑間くんもう私の顔見たくないっていったくせに!わあ今私と緑間くん見つめ合ってるね!うそつき!」


図星だった。緑間の言っていることが正しいことは分かっていた。けれどそれを認めるには感情が追いつかなくて、口走った言葉は(あ…)「…」(緑間くんのこと、また傷つけた…)名前を自覚させるには充分だった。また、緑間の行動を止めさせるにも、充分だった。しかし緑間の行動を止めたのは一瞬で、「…そうだな」絞り出されたような声に、名前はびくりと身体を跳ねさせた。緑間くん、それ以上言わないで。思うだけでは、伝わらない。


「オレはお前が嫌いだったのだよ。顔すら見たくない。危うく忘れるところだった」
「み…どりまくん、」
「以後オレがお前と関わることはないだろう。黒子のところへでもどこへでも、行けばいいのだよ」


吐き捨てられたような言葉に、名前はただ緑間の背中を見つめることしかできない。
違うのに。ほんとは違うのに。そんなこと言ってほしくないのに。最初はちょっとからかっただけなのに、こんなことになるなんて、私、私…!


「ごっ…ごめんなさいぃいい…!」


全力で走って、飛びついていた。


「離すのだよ!」
「いやだ!」


緑間の腰辺りにまわした腕に、これでもかというくらいに力を込める。


「いいから離すのだよ…!」
「い、や!」


ぎゅうううと力をこめる名前を無視して歩き出した緑間はそのままずるずると名前を引きずるが、「あら青春ねえ」「道端であらあら」数メートル進んだところで「…!」足を止めた。確かに腰に名前をぶら下げて歩いているこの状況、はたから見れば異常極まりない。道行く主婦達からの視線や会話に緑間の思考が一瞬鈍った瞬間。(……チャンス!!!!)名前はここぞとばかりに息を吸う。


「緑間くんごめんなさい私が悪かったです私は緑間くんのことが大好きですだから嫌いになんてならないで!」
「なっ…!?」


あらあら。名前が叫び終わった瞬間聞こえた声に緑間が慌てて周りを見回せば、買い物途中だろう主婦らしき数名が自分と名前を見てなにやらにやにやと話しこんでいる様子がうかがえた。「…いいから離せ!行くのだよ!」「ぅえっ」ばりっ、と音が出そうなくらい無理矢理名前を引き剥がした緑間は、そのまま名前の腕をつかみ足を進めた。名前はこっそり後ろを振り返る。おばさんたちのおかげだ…!ありがとうおばさん達、タイムセールに間に合いますように…!ちょびっと現実から目をそらしながら。


「あのね緑間くんごめんね、ちょっとね、緑間くんのことからかおうとしただけなの、緑間くんがこんなに怒るなんて思わなくて、私もムキになっちゃって、ごめん、ほんとにごめんなさい…」


すん…鼻をすすった名前。足を止めない緑間。緑間は前を向き歩いたまま、言葉をつむぐ。


「…何故黒子のところに行ったのだよ」
「…またそれ?」
「いいから答えるのだよ!」
「えっ えっと、さつきちゃんがいなかったから、黒子くんに相談しに行きました、そしたら私が悪いって言われました、自覚しました、ごめんなさい…」
「………お前は黒子が好きなのか?」
「私、まだ緑間くんの彼女だよね…?」


いきなり足を止めた緑間に、「うわっ!」名前は数歩たたらを踏む。顔を上げれば緑間が自分を見下ろしていて、


「当たり前なのだよ」


ぶわっと、目の前が歪んだ。


「うっ…うえっ、みっ、どりまくっ、」
「な…何故泣く…!」


ぼろぼろ涙をこぼす名前の顔に、緑間は慌ててハンカチを押し付ける。「なっ…なんでキティちゃん…ぐすっ」「…今日のラッキーアイテムなのだよ…!」断じて自分の趣味ではない。そう主張しごまかすように眼鏡をかけなおす緑間を見て、名前は知らず口元がゆるむ。そして自覚するのだ。


「やっぱり私、緑間くんのこと大好き…」
「フン」


緑間は吐き捨てるように


「そんなこと知っているのだよ」


息を吐く。
本当は気づいていた。またいつものように、高尾と名前が自分をからかっているのだろうということに。しかしからかわれていることを知りながら、名前に言われた言葉は、聞き逃せなかった。そして聞き逃すことのできなかった自分、名前が誠凛に向かったと伝えられた時の焦燥感、すべて、根本はひとつにあることを。怒りと、焦りと、色々な感情がごちゃ混ぜになって、でもそんな自分を認めることができなくて、無駄なプライドが心無いことを口にしてしまったことは、少なからず緑間の心に苦々しげに残っていた。


「…悪いのは、苗字、お前なのだよ」
「ご、ごめんなさい、緑間くん!」
「だが、オレも…言いすぎた…とは、思わなくも…ない、のだよ…」


言いきって、目線をそらした緑間に、「…うぅええええ」涙が、溢れる。すぐ戻ってきた視線は、焦りの色を浮かべていた。


「だから…何故泣くのだよ!」
「う、嬉し泣きぃいい…!」


緑間は、ぐすぐす鼻をすする名前の腕を、しっかり握る。


「緑間くん大好きー!」
「み…道端で叫ぶことではないのだよ!」



間と仲直り

「いやあ苗字が誠凛に行ったってきいてからの真ちゃんの荒れ様ったらなくってさあ…いやそりゃバスケのプレイに問題はないわけよ、ただ雰囲気というかさー、先輩たちもいらついちゃって、そんで頭冷やせって外周命じられたわけ。それが誠凛までだなんて、先輩たちも粋っつーかなんつーか…な、真ちゃん」「高尾、お前はぺらぺらぺらぺら喋りすぎなのだよ。そんなにシュートをくらいたいか」「エッ真ちゃん、バスケットボールは撲殺用の道具じゃねえよ?」「そっかー私緑間くんにそんなに愛されてたのにすごい酷いことしちゃったんだね…反省…」「そんじゃオレも反省…っと」「…色々と気に食わないが見逃してやるのだよ」「緑間くん好きー!」「オレも真ちゃん好きー!」「高尾貴様!」「ちょっ、タイムタイム!」