ちっちゃい頃からお隣で、物心ついたころには幼馴染って呼ばれてた。
それは小学校に入っても中学校にあがっても変わらなくて、まるで何かの運命なんじゃないかって思うくらい順調に同じような道を歩き続けてきた私と高尾。しいて変わったことをあげるなら、中学生になってから呼び方がかずくんから高尾くんに変わったこと、年相応に成長して今じゃ高尾くんの方が背が高いことくらいだ。「同じ高校行くんだろー?秀徳ってレベルたけーからちゃんと勉強しろよ」高尾くんに言われるなんて心外だとかみついたのももう昔のことで、無事秀徳高校に入学が決まった、春。
入学式、HRを終えれば新入生部活勧誘があっちこっちで繰り広げられる。中学校では運動部だったから、高校では文化部でもいいかも。色々な部活をかじれる仮入部期間に経験値ためとこうと思ってたのに「もちバスケ部のマネージャーしてくれんだろ」もはや疑問形ですらない笑顔で言われれば、まあ特にこだわりのなかった私は高尾くんに流されてしまうのだった。中学校からバスケ部だった高尾くんはしろーとの私が見てもバスケが上手いと思う。なんか素早いしパス上手いしシュートも入るし。「間近でオレのカッコイーとこが見れるなんて幸せだぜ?」とりあえず腰に一発蹴りを入れておいたけど、「まあ高尾くんふつーにかっこいいしね」「ふつーじゃなくてめちゃくちゃかっこいいんだっての〜」まあそれに関しては同意なのだ。私はバスケ部マネージャーとして入部届けを出したのだった。


が!


「しんど…」


何の情報ももたないで秀徳高校バスケ部に入ったのが間違いでしたよね!?
秀徳高校バスケ部といえばインターハイ常連校で、王者とまで呼ばれるほどの強豪校らしいというのを入部してから知った私。そんな強豪校の練習が生半可なわけがなくて、平日も授業が終わり次第夜遅くまで、休日はそれこそ休み返上で朝から晩まで何コレどんだけ漬けるの?ってくらいの練習漬け。
こっちが見ていて吐きそうになるくらい、一番しんどいのは選手だってことは分かってるけど、マネージャーである私も、休日の今日、もう水道と体育館を何往復したか分からないわけってもんなのでした…。
びっくりするくらいの部員数と、それに半比例するようなマネージャーの少なさ。マネージャーってお茶とか作ればいいんだよね、っていうのがそもそも角砂糖100個くらい入れたココアくらい甘かった。もう砂吐きレベル。
何リットル入りだよっていう給水機は休憩中一瞬で空になる勢いだし、その他にもやらなきゃいけないことは山積みなのでした。休日は一軍選手のTシャツ洗濯もしなきゃいけないこともあります。「…はー…」とりあえず、今一番にやらなきゃいけないことは給水機に水をガンガン入れることだ。
予備の給水機は準備してあるけど、バスケっていうなんかもう全身から汗が噴き出しちゃう系スポーツでは水もといスポドリ作成は優先順位がバカ高いのでありました。


「よいしょ…ていうかなんで体育館から水道までこんな距離あるわけ…」


持ち上げた給水機を水道において、ぶしゃーっと勢いよく水を流し入れる。
体育館の近くに水道があればこんな苦労しなくてすむのに…行きは中身は氷だけなのでまだいい、だけど帰りは水がインしているわけだからすこぶる重い。一日に何往復するかもはや数え切れないこの行為のおかげでぷよぷよしてた二の腕がたくましくなってしまいました。どうせなら腹筋についてほしい…。
とかなんとか思ってる間に水が溜まって、準備しておいたスポドリの粉をいれてぐるぐるかき混ぜる。これまた持ってきておいた紙コップにいれて最後にちょっと味見して、うん、我ながら自信作。さー気合い入れ直して戻りますか…!「うなれ二の腕」「なんだそりゃ」聞きなれた声に顔を上げれば、いつの間に来たのか水道台の上に肘をついてる高尾くんがいた。


「うそ、もう休憩時間?」
「お、この紙コップもらうぜ」
「答え0点ですけど」


さっきまで私が使っていた紙コップがたぷたぷになるくらい、給水機からスポドリをついだ高尾くんはそのままぐーっとスポドリを飲みほして「んー!冷えてんなー!」満足はしてくれたみたいだった。しかし高尾くん、間接キスとかそういうの考えないのかな。と思うだけ無駄なんだろうけど。いつぞやに同じようなことをされて同じようなことを質問したら高尾くんはきょとんとした顔で「え、そういうこと考えちゃう系の仲だっけ?」と、まあ、私の想いごとぶち壊してくださったのだった。なので期待はしていない。していないけど、ちょっとどきどきする。「おかわり〜」2杯目をつぐ高尾くんはカチューシャで前髪を止めていて、首からタオルはかけてるけどなんかもう汗でびちょびちょで、だけどその汗でほっぺにはりついた髪の毛とかがなんだか妙に色っぽさを出し……ってなにをかんがえているのだわたしは。


「おーい、大丈夫か?」
「え?あ、うん」
「外あちーからな、熱中症とか気をつけろよ」
「はいはーい」


ぼーっとしていたらしい私は高尾くんが目の前でぶんぶん手を振っていることにすら気づいていなかったみたいで、なんだかちょっとがっかりして空返事。「ほんとに分かってんのかよー」大の男がほっぺふくらますな。「心配ありがと」「倒れられちゃ困るからな」(バスケ部が)困る、って意味なのは分かってる。高尾くんの優しさは幼馴染っていうちょっとした特権があるかだってことも分かってる。でもどうしても期待を捨てきれない自分が物悲しい。このまま高尾くんを好きでいても、むなしくなるだけなのに。…なんて、部活中に考えることじゃなかった。


「そんじゃそろそろ戻らねーと」
「ていうか貴重な休憩時間なんだからちゃんと休憩してよ。なんでここまで来てるの、一軍レギュラーさま」
「そりゃお前がふらふら歩いてるからだっての。さっきも言ったろ、倒れられちゃ困るって」
「…」


そうですよね、バスケ部のために数少ないマネージャーに倒れられちゃ困りますよね。スポドリ係いなくなっちゃいますもんね。


「先戻って、私これあるから歩くの遅いし」
「何すねてんだ?」
「すねてないし。バカ尾くん」
「ひとこと余計だろ」
「いいから、レギュラーさまはちゃんと水分とって栄養とって休憩とって次の練習に控えてもらわないと」
「分かった」


はやく休憩に戻って欲しい。
ほんとはもうちょっとふたりで話もしたかったけど、逆にぺらぺら回る口。
これ以上無駄なこと考えて体力使うのもやだなって、高尾くんが了解してくれてよかったって、思ったのに。
水道台から身を乗り出した高尾くんの顔が何故かすぐそこに、……ちゅ。…ちゅ!??????


「栄養補給かんりょー」


ぽかんと、固まる私をよそに
水道台に手をついて高尾くんはぺろっと唇を舐める。「お、フリーズ」フリーズじゃないってばよ。だってこの前先輩にあいつはただの幼馴染で、そういうんじゃねーっスって言ってたじゃん。間接キスだってなんとも思わないって、ぶち壊してくれたじゃん。


「…ってえ!」
「どういうつもりだエロ尾…!」


とりあえず回し蹴りをいれてみれば、高尾くんは涙目でにらんできた。にらみたいのは私の方だってばよ!


「好きでもない女子にキスするなんていつのまに最低男子になったわけ…!?」
「この状況でそれかよ!」
「他の女子に絶対しちゃだめだからね。誤解しか生まないんだからね」
「名前にしかできねーっての」
「よし体育館戻ろう」
「え、きいてた?今のきいてくれた?」


やばい給水機重い。
よたよた歩く私の横をすたすたついてくる高尾くん。
ちょっと意味分からないことが多すぎて、理解に感情がおいつかないというか感情が理解においつかないというか。
とりあえずあれか。私高尾くんに、キスされたのか。


「…意味わかんない!くたばれ!」
「顔真っ赤だぜ」
「ふざけんな…」


聞きたいことも言いたいこともいっぱいあるけど、とりあえず給水機を運ぶのが先だ。「そんじゃ部活終わったら先かえらねーで待ってろよ!」「……」部活が終わってほしいのか、終わってほしくないのか、まだまだ自分じゃ分からなかった。
高尾くん、いったい何回ぶち壊してくれたら気が済むんだろう。ばか!