「ごめん荒北かくまって!」

ただいま緊急事態につき、溺れる者は荒北でもつかみたいお年頃なのだ。走っている途中視界に入ったのは下まつ毛の三白眼。「ア?」とガラの悪い声をあげた元エセヤン荒北の腕をつかみ引っ張りそして足をまわす!全力で!

「ワケ分かんねえんだけどォ!?」

ばたばた廊下を走って教室の角を曲がってようやく「・・・チッ」観念したらしい荒北に連れ込まれたのはとある階段下だった。なるほど、壁と階段の角度によって死角になっているこの位置はたしかに隠れるのにはうってつけだがしかし。

「なんでこんな場所知ってるの荒北のスケベ」
「それが手を差し伸べてやった男に言う台詞かヨ」

ぎりぎりほっぺをつねられて「痛い痛い痛いごめんごめんごブス!」白旗にブスと書いて降参宣言した私のほっぺが飛び散りそうになったのは言うまでもない。

「なんで逃げてたんだヨ」

ブスって言うんじゃなかったとほっぺをおさえながら全力で後悔していた私にかけられたのは至極まっとうな疑問で、「あー・・・」「東堂か」さすが野獣さま!野生の勘は一級品だね!と言いたいところだったけどふざけてんじゃねえとほっぺを持っていかれる未来しか見えなかったので口をつぐんだ私を誰かほめてほしい。

「東堂があまりにも巻ちゃん巻ちゃんうるさいから、今週末とある男とデートの予定なんだって嘘ついたら追いかけられた」
「お望み通り嫉妬されてんじゃネ?巻き込むなバァカ!」
「いくら巻島が男だからって、顔合わせるたびに巻島の話される私の身にもなってみてよ!?もっとこう色気のある話だってしたいのに巻ちゃんのメッシュが何本増えたとかなんとかまるで興味がないんですけど!」

思ったより声を荒げてしまっていたらしい。場所がバレんぞ、とつぶやいた荒北の声色からは呆れやら同情やらがにじみ出ていて「同情するなら金をくれ・・・」「やらねえヨ」律儀につっこんでくれた荒北にお礼を言う。心の中で。

「つかいつまでここに隠れてるつも、」
「おーい名前!どこに行ったのだ!」

荒北の台詞が途中で切れて、代わりに聞こえてきたのは言わずもがな東堂の叫び声だった。
明らかに私を探している東堂の声と足音が近づいてくる。隣の荒北と目が合って(おいこれ見つかったらすっげえめんどうなことになんだロ!?)(絶対見つからないようにしてよ!?息吸わないでよ!?)(死なねえ程度に吸わせろ!)アイコンタクトをかわした私たちはじっと息をころす。す、すごいスリルー。

「むう・・・どこまで行ってしまったのだ・・・」

カツカツと東堂が階段をのぼっていく音がする。このまま上の階に行ってくれればいい。そしてタイミングを見計らって逆方向から玄関に向かって校門を出てしまえば私の勝利だ。逃げ切ったも同然。しかし勝利のビジョンに酔いしれていた私は東堂の足音が聞こえなくなっていたことに気づいていなかった。代わりにカチカチと妙な音が響いていることにも。荒北に「お前、携帯」切ってんだろうな。そう質問を投げかけられたことにも。


ピリリリリリリリリリ


その答えが鳴り響いた今、サアアと顔が青ざめていく音をききながら「あっほんとに血の気って引くんだね」「っせバァカ早く電源切れ!」慌ててポケットに手をつっこんだのもつかのま、

「見つけたぞ名前!まさか階段の陰に・・・」

ばたばたと音の鳴るほうへまわりこんできた東堂の自信満々の顔と目が合った次の瞬間、その表情がこわばった。私と視線の合わない東堂の先には、荒北がいる。は〜〜〜と盛大にため息を吐く荒北と同時に、東堂の大きな目がすぅと細くなった。

「おい荒北」
「ンだよ」
「手は出していないだろうな」

東堂の声ってこんなに低かったっけ・・・。声の低さの理由を噛みしめる私の隣で、荒北が「誰が出すかバァカ」ため息交じりに立ち上がり「・・・本当だろうな」念押しに「心配なら身体中くまなく調べてみればァ」余計なひとことを添えて立ち去っていた。案外あっさりと荒北を見送った東堂の背中を眺めていたら、勢いよく振り返った東堂にがしぃと肩をつかまれてびくぅと身体が跳ねる。ばっちり交わった瞳に気圧されて思わず一歩後ずさる。

「本当に本当に手を出されてはいないだろうな!?」
「いません!」
「身体中調べさせてもらってもいいか!?」
「本気にすんな!あっでも」
「でも、なんだ!?」
「ほっぺつねられた」
「なんだと!?」

荒北めオレのかわいい名前のほっぺになにを!
ごしごしごしごし。さするというよりは何かを拭い取るように、両手でほっぺをはさまれる。「痛い痛い痛いってば東堂!」私の声が東堂に届いたのはいい加減ほっぺが赤くなるくらい拭われてからで、ハッとした東堂はジッと私の目を見た後ふいにそらし、またジッと見つめてきた。

「・・・オレから逃げてまで、荒北といたかったのか」

いつもの凛とした声に交じって聞こえてくる小さな揺らめき。視線をそらさず言えるのは、さすが東堂だなあ。そんなことを思いながら、「違うよ」心をこめて否定すれば、揺らめきがすこし大きくなった気がした。

「逃げてた先にたまたま荒北がいたから巻き込んじゃっただけ」
「たまたま・・・」
「そうです」
「とある男とデートというのは荒北ではないだろうな!?」
「そもそもデートっていうのが嘘だから」
「なにぃ!?」

本当か!ほんとだよ。本当に本当か!ほんとにほんとだよ!
そんな押し問答を何回か繰り返したあと、肩から重みが消えたと思ったら目の前にいたはずの東堂が視界から消えていて、長いため息が聞こえてきた下を見るとしゃがみこんで顔を覆っている東堂がいた。

「東堂?」
「今はこっちを見てくれるな」
「そう言われると見たくなっちゃう・・・」
「オレは今ものすごく情けない顔をしているはずだ」

もごもご。顔を覆いながら喋る東堂は、いつになく歯切れが悪い。「・・・安心した」絞り出されたようなその声に、ちょっとやっちゃったかなと罪悪感がふつふつと自己主張し始めたのはいうまでもないことだ。

「・・・ごめんね東堂。でも東堂が巻島の話ばっかするから・・・」
「巻ちゃんのいいところはいくら言っても言い足りないくらいだからな」
「私のいいところも言ってほしいな」
「そっ・・・れは・・・」

ごくん。東堂の息をのむ音がきこえた気がした。

「恥ずかしくて、言いづらいな・・・」

顔を覆うてのひらのすきまから見える切れ長の瞳が熱っぽく、その熱に負けないくらい耳が赤かったので、私の顔も真っ赤になってしまったのはそれにつられたからだってことにしておいてほしい!


その男、純情につき
「ワッハッハこの前はすまなかったな荒北よく考えたら名前が荒北に心を許すなどあるわけがなかったな!名前が好きなのはこのオレなのだから!」
「・・・とかなんとか言っちゃってるけどオレもう巻き込むなつったよネ?」
「ごめんどうしても言いたかったみたい」
「おいそこ!2人でこそこそするんじゃない!」
「人に指指すなって教わらなかったわけェ」
「東堂〜」
「なんだ名前!」
「愛してる!」
「ムゥ・・・!」
「今更照れんなヨ」
「うるさいぞ!」