の午後 (夜砕+日番谷)








天気は快晴、雲一つない青空にゆらゆらと気持ちよさそうに揺れる木々たちの音に耳を済ませ、窓から入り込む透明で暖かな風を吸い込み息を吐いた。

忙しない自分たちにとって大切な穏やかな一時に自然と頬が緩む。


「じゃから、の」


昼食をすませた午後、いつもより少ない書類に安堵しながらゆったりとした時の流れを感じていると途端に眠くなってくる。


「あ、待てというのにっ」


気持ちのいい微睡みの中――…


「ほれ、こっちにこぬかっ」




だめだ、




「だぁぁああうるっせえぞてめぇらっ!!!!」



ダンっと人様の隊舎にも関わらず机に足を力強く乗せ、十番隊隊長日番谷冬獅郎は叫んだ。
ゆったりと穏やかな時間に浸かっていた思考は、目の前で走り回る二人の姿がチラついて問答無用に消え去った。

更に言えばそれは隠密に相応しい速度の見事な瞬歩で走り回るが故に、風圧で書類は散らばり、とてもゆっくりできる状態ではない。


「まぁ落ち着かぬか、あー…その、チビっ子よ」

「――日番谷だっ!!」


全く悪びれた様子もなく頭をかく、かつての隠密機動総司令官、四楓院夜一に日番谷が叫んだのはこれで二度目だ。


「て誰がチビだコラぁああああ!!」

「おぉ、律儀じゃな」


「すまんすまん」とこれまた先ほど以上に素知らぬ顔の夜一に日番谷は疲れた顔も隠さず、最早突っ込むのは止めて少し落ち着こうかと息を吸ったその時だった。



「日番谷っ!!」


忘れていた。


「貴様、夜一様に何という口の聞き方をするのだっ!!!」


吸い込んだ息が行き場を失い喉に詰まる。
そしてこれまたいつも通りなやり取りに日番谷は深いため息をついた。


「あぁー…わ、わりぃ…」

「私ではなく夜一様に謝れこのうつけが」


申し訳なさそうに眉を寄せる日番谷にいつも通り容赦のない言葉をぶつけるのはこの二番隊隊舎の主である砕蜂だった。


昼食をすませた後の午後の業務で十番隊隊長である日番谷は毎度の如く長い昼休憩を取っている十番隊の副官の代わりに書類を廻していた。
捜そうにもサボリの天才である彼女を見つけるのは至難の業であるため、真面目な日番谷は書類を廻しながら考えることに決めたのだった。

そこで最後に廻ったのがここ、二番隊だった。


「して、砕蜂」

「……な、何でしょう夜一様」


睨み付ける日番谷を華麗に無視して夜一は砕蜂に向き直る。
珍しく精一杯目を逸らしてそれに答える砕蜂に夜一は静かに歩み寄った。


「いい加減これを、着てみろと言うのに」


ポンと砕蜂の肩に手を置く夜一のもう片方の手には何とも高級感溢れた緋色の着物。

所々に繊細かつ優美に描かれた蝶の模様と白い小花柄がアクセントになっておりより一層の美しさを際立たせていた。
サイズも砕蜂に合わせたのか夜一が着るには幾分小さめなその着物は初めから夜一自身が彼女のために見繕ったと思える。


「見事な着物じゃろう、ほれっ」

「…しっ、しかし今は、職務中で…っ」

「お主に似合う着物がないかとわざわざ作らせたのじゃぞ」

「ぅ…っ」


渋る砕蜂に夜一は更に意地悪く追い討ちをかける。


「…そうか、儂の見繕った着物は着られんというのじゃな」

「!!…そ、そういうわけではっ」


しゅんとわざとらしく肩を落とす夜一に途端あたふたと慌てだす砕蜂の姿を日番谷は前にもこんなことあったなと記憶を巡らせ、どこか諦めたように茶を啜る。
ちらと密かに彼女らに視線をやれば肩を落としているにも関わらず盛んに砕蜂の顔を横目で窺う夜一の姿。

もちろん、物凄く分かり易く、物凄くわざとらしく。


「ならば着てみせろ」

「……っ」


びしっと眼前に指を突き付けてくる夜一に最早根負けする砕蜂。


「…っ、わ…わかり、ました…」

「おっ」

「着れば良いのでしょう!?着ればっ!!」


半ばやけくそとも取れる発言にも、夜一は心底嬉しそうに「そうじゃ」といつも以上ににかっと笑ってみせる。
それはもう悪戯っ子とかそういうレベルではない、砕蜂の性格を隅から隅まで理解した上での完璧な確信犯だ。


「……、」

「ん?どうした、早く着てみせぬか」


手渡されたものの直前になって目をきょろきょろとさまよわせ躊躇する砕蜂に、気の長い方でない夜一は盛大なため息の後、とうとう強硬手段に出た。


「全く、しょうがないやつじゃのっ」


ギラリとその金色の瞳を光らせる夜一に、襲ってくるのは冷や汗を伴う嫌な予感で、砕蜂は思わず一歩後ずさる。


「……っ…?」

「じっとしておれよ」


言うや否や夜一は何を思ったのかその場で砕蜂の黄色の帯に手をかけた。

それはもう見事な速さで。


「―…っな!!!?」

「―…ぶーっ!!!」


我関せずを決め込んで、ゆるりと茶を啜っていた日番谷も事態を察して思わず吹き出した。

固まっていた砕蜂もさすがに己の主人が何をしようとしているのか察したらしく顔を真っ赤にして声を荒げるが、当の夜一は暴れる砕蜂をいとも簡単に抑えつけもう既に羽織りまで取っ払いあっという間に刑戦装束姿にさせられた。
余りの早業に焦るより先に呆気にとられるが何とか正常な意識を取り戻す。


「ちょ…、よ、よよよよ夜一さまっ!!?」

「何じゃ煩いのう」

「…こ、ここここで着替えるのですかっ!!??…ぇ、えと…や、やはりまたの機会に…っ」

「…と、お主この期に及んでまだ渋るか」

「…、ぅ…ぁの、え…と」


ずいっと長椅子の背もたれに追いやられ逃げ道を失う砕蜂。
腰に手を当て完璧に主人モードに入っている夜一に砕蜂は目を潤ませ言葉に詰まった。
こうなれば従順な元部下である彼女には絶対的な威力を有することを、もちろん知っての上で。


「――実はお主も見たいんじゃろ?」

「……っお、俺に振るなっ!!」


砕蜂同様真っ赤な顔で必死に顔を逸らそうとする日番谷の姿に夜一は「まだ刑戦装束じゃ」と安心させたいのか分からない言葉を投げかける。

少年、と言ってもいいぐらいだが仮にも男の前で普通に、しかも無理やりに脱がそうとする夜一のハチャメチャぶりに日番谷はある意味恐ろしくて仕方がなかった。

しかも目の前には刑戦装束姿で長椅子の背もたれに追いやられ涙目になっている砕蜂に、それを抑えつけ迫る夜一といった正直何かいけないものでも見ているかのような光景で気が気ではない日番谷は一刻も早くこの茶を飲んで逃げ出したいと切実に思った。


( 大前田の野郎、早く戻ってこねぇかな… )


唯一この状態をまともに止めてくれそうなここ二番隊の副官を思って日番谷はため息をついた。
それはもう蹴りの一つや二つは覚悟の上でこの惨状を止めてくれるだろうと性懲りもなく、というかもう寧ろ止めてくれというように。

そこまで考えて、自分は最後まで付き合ってやるほどお人好しでも暇でもない、という答えに行き着き、日番谷は既に温くなった茶を流し込み立ち上がった。

これ以上はさすがに、面倒なことに巻き込まれてしまうそうだ。


「…んじゃ、俺はここで失礼させて貰うぜ」

「いや、待て」

「………………は?」


どきっぱり制止の声をかけられ思わず足を止めた。
行く手を遮ったのはもちろん夜一だった。


「お主には着飾った砕蜂を看取るという義務がある」

「…いや、あー…とりあえずそれ色々意味間違えてねぇか、つか何で俺が」

「つべこべ言わずに、付き合え」


ほれ、と肩に手を起かれ先ほどまで座っていた長椅子へと半ば強引に座らされた。


「…いや、ちょ、待て俺は…っ」

「茶だ、飲むがいい」

「………」


いつの間にか目の前には湯気の立ったお茶。
夜一にでも言われたのか刑戦装束のまま出された茶に不覚にも手を出してしまった。

と、いうかこれ砕蜂が入れたのか、と思えば珍しい事のように思えて日番谷は暫くしみじみと何の変哲もない茶を眺めてしまった。


目の前ではまたいつの間にか初めと同じ攻防が繰り広げられており、舞い散る書類たちに最早ため息も出てこない。


落ち着いてみれば、砕蜂はともかく自分とはこれといった接点など皆無である夜一に何故こうも振り回されているのか、自分の苦労性に改めて悲しくなる。



一体いつになったら帰れるのやらと、日番谷は妙に自隊の隊舎が恋しくなった。








END.


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と、言うわけで祝2000HITありがとうございまーす!!!!
少し遅れてしまいましたがお礼小説更新です。
割と面白かったのでどこかで後日談書くかも。

というかやはり私の書く日番谷くんは苦労人にしかならない(笑)

では、駄文ではありますが囁かなお礼をばお贈り致しました。
これからも頑張りたいと思いますのでどうかよろしく見捨てないでやって下さいvvv







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