それでも闇は微笑んだ
(夜一×砕蜂)
ほのぼの後、シリアス
「そーい」
「ふぉんっ」
「……ッ!!」
二番隊、執務室で書類整理をしていたら聞き慣れた声。
「よ、よよよ夜一さま!!?」
突然の声にも驚いたがそれよりも間を置かず後ろからガバァッとそれこそ凄い勢いで抱きついてきた夜一に砕蜂は持っていた筆を危うく書類に誤作動させそうになったのを寸でのところで耐えた。
「相変わらず仕事熱心じゃな」
「い、いつから…そこに?」
「今しがた来たばかりじゃ、浮竹に酒の摘みを貰ってきての。食べるか?」
「い、いえっ…先ほど昼食を済ませたばかりなので」
申し訳なさそうに言う砕蜂に偽りはなさそうで夜一はさほど気にせず「そうか」とだけ言うと1人摘みを食べる。
「…あ、今お茶をお出しします!」
言うやいなや席を立ち部屋の奥へと向かった砕蜂。
相変わらず仕事熱心で生真面目な上にあの頃の癖が抜けておらぬのだな、と内心苦笑しながら夜一は中央のソファーに腰掛けると尚も摘みに手を伸ばす。
しばらくして砕蜂が帰ってきた。
盆の上には二人分のお茶。
「お待たせいたしました、夜一様」
「おぉ、すまんの」
渡された湯呑みを素直に受け取り一口飲む。
「それで、今日は何用でこちらに?」
同じようにソファーに座りお茶を啜りながら砕蜂は突然やってきた主に問う。
「ん?」
「?」
なぜか不思議な間が流れる。
「…あ、えと、どのようなご用ですか」
「用などないぞ」
「……?」
敬愛する主から言われた言葉の意味がいまいち理解できず固まっていると、主はいつものようにニッと歯を見せて笑う。
「じゃから用などないと言っておるのじゃ」
「…は、はあ」
夜一の言葉を言葉少なに聞いている砕蜂だったが目をぱちぱちと瞬かせているあたりまだしっかり理解できていないのであろう。
「…顔を見にきたのじゃ」
「え…」
「お主が無茶をしとらぬか、気になってな」
「ッ!」
そう言ってまた摘みに手を伸ばし茶を啜る。
当の砕蜂はやっと理解したのか僅かに頬が染まる。いつも夜一が自分のところに来るのは何かのついでか何かだと思っていたのもあり、それをあっさり用などないと、ただ単純に自分に会いに来てくれた、という事実に自然と頬が熱くなったのだ。
昔と変わらないその様子に夜一は悪戯に笑ってみせると砕蜂の隣にどかっと座る。
「なーんじゃ砕蜂、照れておるのか?」
「…て、照れてなどおりませんッ」
可愛いやつじゃのう!と相変わらずの笑顔で肩をバシバシ叩きながら砕蜂の赤く染まった顔を覗き込む。
かと思えばふっとその手が頭の上で撫でるように留まり聞こえたのは先ほどとは違う主の優しい声色。
「……お主はいささか、頑張りすぎるところがあるからのう」
「……?」
「自分で気づいておらぬあたり、それがまた心配なのじゃよ」
「………」
砕蜂が顔を上げれば、隣でいつもの笑顔でなく柔らかな笑みを浮かべた夜一の顔があった。
ほら、貴方はいつもそう。
黄金色に輝く月のようなその瞳で私を引き付け、太陽のように明るく照らしてくれる。黒と汚い濁った赤しかなかった私の世界に、強い光を与えてくれる。私がどんなに求めても手にとることができなかった明るい居場所を、簡単に。
いや、違う。きっと貴方が、
貴方の存在が、きっと、
私の、居場所だったのだ。
「……夜一様は、」
「んん?」
「本当に、灯りのような方なのですね」
はにかんで僅かに笑みをみせる砕蜂。
こういうとき、綺麗に笑えない自分に少し虚しくなりながら、それでも砕蜂は笑った。
その言葉と砕蜂の表情を見て、夜一は一瞬だけ複雑そうな顔を浮かべた後、同じようにはにかんで見せた。
「…………それでよい」
「…?よる」
「そうやって、笑っておれ、砕蜂」
「――ッ!」
少しずつでよい、少しずつ、笑え。と、同じような表情でそう告げた夜一に砕蜂は言葉に詰まった。
――お主は笑った方が綺麗じゃ
言葉にしなかったそれの代わりではないが、夜一は1つ大きく伸びをすると横長の大きなソファーに寝転がった。
「…、儂は寝る!適当な時間に起こしてくれ」
「…はい、…ってよ、夜一様!?」
先ほどとは打って変わっていつもの自由気まぐれな主の姿に思わず声が大きくなってしまった。「夜一様!」とまた呼びかけても、返ってきたのは気だるそうに右手をあげる仕草だけでこれ以上の言葉は期待できそうにない。
しばらくして静かな寝息が聞こえてきたのを聞いた砕蜂は諦めたように小さくため息をつくと棚から毛布を一枚取り出し、夜一の体に掛けた。
本当に、不思議な方だ、貴方は。
満月のように不気味で暗い狂気と、太陽のように明るく、冷え切った心に熱を与えてくれる。相反する二つを持ち合わせている、貴方。
けれど私には時々、
眩しすぎて、目を開けていられない時がある。
長く熱を受け続けては、いずれ限界が訪れる。
強くなる光には相応の闇が付きまとう。
不安になるのは己の中の消えない傷。
なのに貴方が離れれば私は、行く先のわからない子供のように途方にくれるだろう。
光を失えば、訪れる暗闇。
足元も見えないまま、生きる目的も見えないまま、生きていけるだろうか。
あのときの絶望が、また蘇る。
何て私は弱いのだろう。
いっそのこと、貴方の熱で欠片も残さず溶けてしまえたら。
砕蜂は眠る主の隣で、一人自嘲した。
END.
――――――――――――
砕蜂は一人であれこれ真面目に考えすぎて自分が泥沼にハマってるのに気づかないんじゃないかって思う。
そこを唯一見つけだして救い上げることができるのが夜一さん…な気がする。
救いの手を差し伸べることもできるし簡単に沈めてくこともできちゃうある意味コワい関係。