みの連鎖


『揺らぐ、感情』続編
(夜一×砕蜂)シリアス







愛と憎しみは紙一重だと聞く。

信じていたからこそ許せない、信じていたからこそ。
貴方に置いて行かれた私の頭の中は悲しみが支配し、同時に裏切られたという失望と喪失感が泥のように思考を呑み覆った。それによって生まれた、憎しみ。
時間は容赦なく過ぎていき私を動かすものは憎しみしかなくなった。
貴方を憎み、貴方以上の強さを身につけて蹴りを付けると決めたのだ。
それ以外に、自分が生きていく理由が見つからなかった。強さを求めて日々を過ごしていたためか無意識のうちに自分に価値を求めていたのかもしれない。

なのに貴方はいとも簡単に私の想いを打ち砕いた。
貴方に追いつこうと鍛錬を絶やさず、血反吐を吐きながら毎日を過ごしていたというのに。

貴方にも届かず、戦いにも敗れた私に、

今、何が残っている?





二番隊の広大な敷地内、隊舎裏の森は隠密機動並びに二番隊の特別修練場でもある。
その森を抜けた最奥、密集した木々たちが集まる森とは違い風通しの良い開けた丘があった。広大な敷地を見渡せるそこは静かに吹く風の音以外聞こえるはずもなく、砕蜂はその場所が好きだった。



「………」



ゆっくり目を閉じ、風を感じる。
何も考えず、頭を落ち着かせる。
心をも、閉じる感覚。

それでも頭をよぎったのは敬愛する主君の笑顔だった。
屈託なくそれでいて自分の名を呼ぶ主は何と眩しいことか。

あの戦いの後、藍染の一行は取り逃がし護廷十三隊の隊長格に三つの空席ができるなど大きな問題は残ったが、夜一と砕蜂の関係は修復されつつあった。
実際夜一は現世へ帰った後も砕蜂の元へ訪れることはしばしばあった。砕蜂自身も隠密機動と護廷隊隊長という忙しい身分でありながらも夜一との時間は少ないながらもつくっていた。
その時間は砕蜂にとって安らぎでもあり、戦いの疲れを癒してくれた。


しかし―――


1人になれば考えてしまう。
貴方に会う度、キツく蓋をしていたはずの心が簡単に揺り動かされる。

そのため襲ってくるのは別の不安。

先日の任務であった、一瞬の迷い。

それはほんの一瞬であったが長年砕蜂の部下であり手足となって戦ってきた彼はその隙を見逃さなかった。


―――殺したく、ない


こんな感情を抱いたのは初めてだった。
瞬間見えた血は相手のものではなく、紛れもない、自分の血。
誰もがその光景に目を疑い、立ちすくんだ。少しの間をおいて自身の名を呼ばれたその瞬間にやっと、現状を理解したほどだった。
その後任務は砕蜂自ら負傷しながらも終わらせることができたが部下たちに与えた衝撃は大きかった。今では怪我も大分治り、書類仕事までだができるようになった。
が、いつまでも心に残るのはあの時の感情。


やはり―――


「…感情など、邪魔ではないか」



誰に言うわけでもなく口をついてでた言葉はすぐ風と共に消えていった。いつからこんな風に考えるようになったのか、わかりきった答えだったが口に出すことは自分にはできない。
キツく閉じていた目を静かに開けると、ふといつもの霊圧を感じた。


「―――砕蜂」


音もなく、静かに隣に着地した貴方はいつも通りなのに、何故だろう。手を伸ばせば触れられる距離に貴方がいるのに、あの頃とは違うのに、溢れ出す不安定な感情。


「…夜一、様」


俯いたまま、確認するように貴方の名を声に出す。今貴方の顔を見ては感情のままに言葉をぶつけてしまいそうで、恐かった。

不意に頬に暖かな手の温もりを感じて思わず顔を上げる。
貴方は私の考えなど見通しているのか、酷く困ったような顔をして笑っていた。

その後、何も言わず抱きしめられた。

壊れ物を扱うかのように、
酷く優しく―――


「…のう、砕蜂」


耳元で名を呼ばれ砕蜂は硬直する。

いつだって触れるのは貴方から。

わかっているのだろう。こちらから手を伸ばすことができない私の心の中も全て。


「――すまぬ」


「……ッ!」


「すまぬな…」


驚き顔をあげようとしたが夜一の顔は砕蜂の肩に預けられており顔を見ることは叶わなかった。
それから何度も、夜一は「すまぬ」と消え入りそうな声で繰り返し呟いた。




どれほどそうしていただろう。
しばらくして体は離された。


「夜一様?」


不思議と先ほどまでの不安感は消えていた。


「砕蜂」


金色に輝く貴方の目を見て、やはり貴方は神のようだと思った。私をこうも簡単に変えてしまえるのだから。


「帰るか!」


「?」


ぱっといつもの顔に戻り夜一は笑う。砕蜂は夜一の突然の代わりようについていけていないのか小首を傾げる。


「ここももう冷える。お主は病み上がりなのじゃから、しっかり休め」


がしがしとあの頃のように遠慮なく頭を撫でられる。砕蜂は自然と頬が緩むのを感じた。



「ゆくぞ」


「……はい、夜一様」



今はまだ、貴方についていける。



何もわからなかった、あの頃とは違う。
けれどまだ、不安は消えはしないだろう。
貴方か私か、どちらかが、本当に消えるまで。

こうやって考えてしまう自分が何とも愚かしく、情けない。
貴方に与えられた傷は貴方によってまた癒えるが、貴方が離れればまた開く。



永遠と繰り返されるこの痛みを知ったなら、貴方はいつものように笑ってくださいますか?




返事はしたものの立ちすくむ砕蜂の気配に気づいた夜一は足を止める。



「砕蜂?」



今はまだ、振り返ってくれる。

貴方の背を、追える。



砕蜂はぎこちなく笑った。











END.






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